俺、監督する
選挙期間初日。
公示された司書候補者はパウロと、そしてシルフィアのみだった。
すなわち、一騎討ちである。
限られた時間を余すことなく使い切りたい俺たちシルフィア陣営は、寝ぼけ眼をこすりながらも早朝から時計台前の広場にやってきていた。
まるで早番でシフトに入ったような気分だ。
どれだけダルくても出勤時間には間に合わせるという、俺の数少ない真面目な部分が出てしまったな。バイト根性ともいうが。
さておき、ポッと出のシルフィアなど歯牙にもかけていないのか知らないが、パウロの宣伝が行われている気配はない。
余裕をこいていられるのも今日までだからな。
こっちにゃ秘策がある。
「始めるか」
俺は情報収集に奔走しているフラーゼンを除いた四人に声をかける。
まずは名前を広めるためのビラ配りから。
一枚一枚が本に使われるような羊皮紙でできている。
印刷業者のおっさんは羊皮紙を広告なんかに使うのは無駄だと本気でキレていたが、その分の金は払っているんだから文句は言わせない。
ボロ紙だと平気で道端に捨てられるが、品質がよく保存性の高いこれなら自宅までは持ち帰ってもらえるだろう。
さて。
到着時こそ人通りはまばらだったが、ミミとホクト、それにネコスケがビラ配りを始めた頃には、あれよあれよという間に人だかりができていた。
「よろしくお願いします。ビザール前司書の後継者、シルフィア候補に清き一票を」
「お願いしますにゃ!」
主に男どもで。
「まあ、妥当な結果だな」
道具やらなんやらを積んだ荷車のへりに腰かけ、その光景をプロデューサー気分で眺める俺は、想定どおりに進んでいる作戦の順調さに力強く頷く。
公示まで二日の空きがあったので、その間にビラ以外にもなにかと準備をしておいた。
そのうちのひとつがコレ。
我が軍の誇る女性陣が身に纏っている選挙活動用の衣装だ。
一言で表してしまうとワンピースタイプのチュニックなのだが、その大きな特徴としては、男に媚びまくったデザインにある。
一応よくある清廉潔白アピールのためにカラーは明るめのホワイトにしているけれども、胸元はザックリ開いているし、スカート部分の丈も短い。
はっきり言って、白より肌色のほうが断然多い。
足とか膝上まで露出してるし。
おまけにキツめに作ってあるから体のラインがよく分かる。発育の止まっているネコスケは、まあ、うんって感じだが、ミミの腰周りの優美な曲線なんかはグッとくるものがある。それより更に凄いところまで知っている俺でさえそう思うのだから、他の連中は辛抱たまらんだろう。
ネコスケとコネのある裁縫職人に発注したのだが、中々人目を引いてよろしい。「なるべく布面積少なめで」とデザインに口出しした甲斐があるってもんだ。
快く着用を引き受けてくれたネコスケたちには感謝しかない。
なにせこれこそが票の獲得を狙った最初の一手だからな。
この世界の女物の服はとにかく露出度が低い。太ももや膝小僧どころか脛すら拝めないっていうんだから、そのガードの固さが分かるだろう。
その中にあってこれだけ魅力的な格好をしているんだから、そりゃウケる。
男という生き物は突き詰めるとアホしかいないからな。
ゴッソリ男性票をいただかせてもらうか。
もっとも俺もアホの一員なので、あまり冷静には客観視できない。
ミミの自然体なエロさも最高だが、ネコスケの健康的なかわいらしさも捨てがたい。
「うーむ、素晴らしいコンパニオンだな」
というかアイドルユニットみたいだ。
獣人だから三人とも容姿も整っているし、世が世なら天下取れたな。少なくともビザールのジイさんは絶頂するに違いない。
「しかし主殿」
「どうした?」
「やっ、その、自分にはさすがに似合っていないのではありませぬか?」
ビラを補充しに来たホクトはどこかそわそわとしていた。
無骨で勇ましい鎧からフェミニンな服に着替えたホクトは特にイメージが激変している。
「そんなことないけどな。ホクトはスタイルがいいから見栄えは抜群だぞ」
「ですが、その……であります」
「その、なんだよ」
「じ、じ、自分のような脚の太い者はっ、あまり殿方に好かれるとは思えないでありますっ!」
ホクトは赤面しながら早口で言った。
ふむ、確かに、衣装越しに見える太もも回りはムチムチを超えてパンパンである。
「バッカ、お前、それがいいんだろ。分かってないなー。立派な武器だぜ?」
「そう……なのでありますか?」
「俺は好きだぞ」
と言ってやった。
「真でありましょうか? 主殿にそう言っていただけるのであれば……」
「そうだ。かわいいぞ、ホクト」
「ななな!?」
「かわいいぞ、ホクト」
なんか面白くなってきたので復唱してしまった。
「し、失礼するでありますー!」
追加のビラを脇に抱えて小走りで現場に戻っていくホクト。
ますます風呂上がりみたいに火照った顔を手で扇いでいたが、少しは引け目がなくなったのか、投票を呼びかける声のボリュームは増していた。
うむ、やはり三人並んでいるほうが収まりがいい。身長もバランスが取れている。
他方、これから街頭演説に臨むシルフィアが着ているのは三人とは対照的に、ハーブ依頼の報酬にもらった旧デザインの司書のローブだ。
親ビザールをアピールするにはこれ以上ない勝負装束だろう。
ここ数日の町の声を聞く限り、まだまだビザールの時代は懐かしまれていた。
シンパであることを強く打ち出せばそういった層からの支持が期待できる。
といっても別にビザール本人から直々に譲り受けたものではないのだが、そんな裏事情なぞ誰にも知る由はない。
世の中フカしたもん勝ちである。
幸い、ジイさんは身の回りのことは全部ネコスケに任せて外出を控えているしな。見咎められる心配もないから自由にやれる。
それに……。
「いかがなされましたか、シュウトさん」
「いやちょっと、どうでもいい考え事」
シルフィアもまたお世辞抜きにかなりの美人だ。
しかし喜怒哀楽が現れた表情よりは、感情を押し殺してキリッとしている面構えのほうが切れ長の目をしたシルフィアにはよく似合う。
そういう意味ではこの知性と品格に溢れた司書のローブはこいつにうってつけだろう。
ミミたちのように華やかな格好をしていないのに、負けず劣らず魅力的に映る。
これはあれだな。
巫女やシスターに興奮するのと同じ理論なのではなかろうか。
「シュウトさん、また様子がおかしいようですが」
「あ、悪い。また脇道にそれちまってた」
「しっかりしてください。私はあなたを頼りにしているのですから。……そろそろ街頭演説を行おうかと思います。司書様のイシを継ぐ意向をはっきりと伝えるつもりです」
「ん? お、おう」
俺は真剣ながらも悲壮感のあるシルフィアの顔つきのせいで意志なのか遺志なのかイマイチ区別できなかった。
ともあれ、いよいよ演説本番。
お飾りであることを承知で大役を引き受けたシルフィアだったが、こいつもこいつなりにアピールポイントを考えてきたらしく、何度もメモに目を通している。
こういう堅く深い話に及ぶと俺が意見できることはない。
シルフィアにおまかせするとしよう。
それにしたって、ネコスケは愛想がいい。
緊張がほぐれていないホクトや常にマイペースで表情に動きの少ないミミと違って、弾けんばかりの笑顔を男女問わず振りまきまくっている。
ウェイトレスもやっていたという話だから、その経験が活きているんだろうか。
おかげでいいアピールになっているが、それ以上に。
「ネコスケ、そろそろ」
「にゃっ? ……あっ、そうでしたにゃ。今のうちに行ってきますにゃ」
シルフィアの主張が始まったのを見計らってネコスケに耳打ちする俺。
あらゆる職業を渡り歩いてきたネコスケが仲間にいる最大のメリットは商人たちとの繋がりだ。町の見取り図とちょっとした『手土産』を握らせて商業ギルドの本部に走らせる。
大衆に向けて投票を訴えるシルフィアの姿は立派だった。
使っている言葉が難しいのでぶっちゃけ内容にまでは頭が追いつかなかったのだが、理知的な声のトーンや手ぶりなんかを軽く拝見した感じだと、その優れたルックスも相まってか様になっている。
俺みたいなロクに判断基準のない人間からしたら、心情的には風体の冴えないパウロなんかよりこっちに票を入れたくなるものだが……果たしてどうなるか。
「……っと。ぼーっとばかりしてられねぇな」
時計台が示している時刻を確認し、荷車から尻を浮かす。
広場に集った通行人には一人だけシルフィア陣営でサボっている奴がいるようにしか見えなかっただろうが、まあ待ってほしい。俺にも重要な仕事がある。
むしろ一番の鉄火場だ。
シルフィアに注目が向いている間に俺は広場を抜け出し、気が引けながらも着々と目指す。
多数の学術機関が立ち並ぶウィクライフ南部――昨夜命名した通称『鬼門』へと。