俺、激闘する
ままま、落ち着け。
森の魔物に大した奴はいない、多少見た目が違うだけで実際には……。
『ダッ!』
……ん? なんだ今の音は。
「いでぇっ!?」
その音の正体がレッドウルフ(仮称)が大地を蹴った音だと察した時には既に、俺の左腕はそいつに噛みつかれていた。
なんて速さだ。これまでの魔物と比べて別格じゃないか。
いやそれより、痛い。とんでもなく痛い!
牙の鋭さも蛇とは比べ物にならない。蜘蛛糸で編まれた布を突き破り、その下にある俺の肉にしっかりと喰らいついている。
滲み出てくる血を前に、俺は「雑菌とかどうなってんだ」なんて考える余裕もなく動転する。
とはいえ自分の防御面がいまひとつな点は折りこみ済み。俺の装備の真価は武器にある。
「く、くそっ、馬鹿犬の分際で……! おらっ!」
カットラスを横腹に突き立てる。
血飛沫が噴き上がるがしかし、都合の悪いことに一撃ではくたばらなかった。こんなケースはカットラスを手にして以降初めてだ。
おまけに骨かどこかに挟まってしまったのか、中々刃が抜けない。
その間にも残りの二匹が俺に向かって疾駆してきている。
……どうする?
どうする、どうする、どうする!
俺は錯乱状態にあった。
噛みついている奴は依然として離れようとしないし、更にここに二匹追加されつつある。全てに対処しなければならない。腕に走っている激痛は治まる気配もないっていうのに。
こうなったらやるしかない。やっていくしかない!
「どこでもいいから、当たってくれーっ!」
力任せにカットラスを引き抜き、そのまま向かってくるレッドウルフにぶつけようとした。
最早やぶれかぶれ。おみくじを引いているようなものである。
だが強引に抜いた刃から舞い上がった雫は狼の生き血だけではなかった。キラキラと光る、美しい――。
「水?」
そう、水だ。水の粒が日光を反射して輝いている。そしてそれは間違いなく、カットラスから溢れ出ているものだった。
前触れもなく起こった奇妙な現象はそれだけじゃない。
三日月を横倒しにしたような形状の何かが二匹の狼を押し返している。『何か』とは言ったが、それが衝撃波の類であるのは明白だった。現に、狼の体表に切り傷を作っている。
幅にしておよそ二メートルから三メートル。厚みは極めて薄い。色は透明だ。
透明ということはつまり、水でできているのか? 水といえば……。
「……この剣から放たれたのか?」
だとしか考えられない。
ならば。
「頼む、今の奇跡がもう一回起きてくれ!」
そう念じると、剣は応えてくれた。またしても水圧のカッターが振り払った刃から発射され、数メートル先にいる二匹に命中する。
幅だけでなく、射程もそれなりにあるらしい。
今度は剣を縦に振ってみる。なんとなく予想はしていたが、出てくる衝撃波も刃の軌道に合わせて縦型になった。
威力自体は直接斬るより低そうだが、離れた位置から攻撃できるんだから素晴らしい。
窮地が一転、優勢になる。
「でやあっ!」
まとめて巻きこめるように剣を横薙ぎに振るう。生み出された衝撃波は地面に水平に飛んでいき、二匹のレッドウルフを同時に切り裂く。
やったか? ……やったな。
「っと、こいつもだった」
俺はふと我に返り、腕に喰いついている奴に視線を戻す。
呆然とするあまり痛みごと存在を忘れるところだった。胴体めがけて再び剣を突き刺し、ようやく息の根を止めた。
やっと左腕が解放される。ひどい出血だ。もっとも返り血も相当浴びているから、どれが俺のなのかよく分からない。
どっと疲弊感が押し寄せてきた。俺はその場にへたりこみ、今回のピンチを救ってくれた英雄であるカットラスを見つめる。
「これ、どうなってんだ……?」
単なる武器のはずなのに。
けれどそんな疑問以上に、俺の腹の底から沸き起こってくる素直な感情があった。
「……よ、よかった」
生きててよかった。本当に。
俺はしばらく体を休めた後、落ち着いて成果を確認する。
「すげぇな、マジで……」
報奨として転がっていたのは、赤褐色の毛皮と、数えるのも面倒くさいくらいの大量の金貨。
確かに強敵だったし、俺のスキルなしでも金貨の一枚くらいは落としたであろう。
だが現実には俺は幸運の女神に愛されているわけで、これだけの枚数になったというわけだ。
もしかしたらこいつらが噂の懸賞金つきモンスターなのかも知れない。ということは毛皮を持っていけば更に追加の儲けになるのでは。
「行ってみるか」
俺は帰りの足で斡旋所に寄ることにした。