俺、奮闘する
翌朝、ちゃんとサボらずウサギ狩りに出向いた俺だったが、途中であることに気づく。
もしかして自分、生産性低いんじゃないかと。
ウサギを倒して得られる200Gは難易度を考えれば破格の額。
だがこいつらは弱すぎる。
もっとサクサク稼げるんじゃないか? という考えが芽生え始めた。こいつらより若干強い代わりに、資金を多めに落とす魔物はいくらでもいるはず。
危険は嫌いだが手間も同じかそれ以上に嫌いだ。安全と効率と天秤にかけた結果、俺は別の獲物を探しに森の奥に踏み入ってみる。
で、そいつはいた。
ぶよぶよとした水の塊、スライムだ。
いかにも雑魚っぽい見た目だが、奥手にいたということはウサギより強い可能性が高い。油断せずにかからないとな。
「うりゃ!」
棍棒を振り下ろす。動きがトロいので当てやすかったが、てんで手応えがない。
「衝撃が吸収されてんのか?」
アクアベッドかよ、という感想を漏らす前に、今度はスライムが体当たりをしかけてくる。
たまらず腕で顔をかばう……が、ぶつかってきたはずなのに全然痛くない。どうやらこいつ、体が柔らかいせいで攻撃力もろくにないようだ。
しかし困った。切れ味鋭い刃物ならスパッといけるのかも知れないが、生憎俺の武器は叩いて殴るだけの棍棒。スライムとは相性がよろしくない。
何度も何度も攻撃し続けてようやく倒すことができた。
落とした資金は500G。た、確かに一体あたりの価値はウサギよりは上だが……。
「時間かかりすぎて逆に効率悪いわ」
別の場所へ。
道中コウモリの群れを見かけたが、あいつらは飛んでてまともに戦えそうにないので放置。
俺が求めているのは虫っぽい魔物だ。虫なら棍棒の一撃で潰れてくれそうだしな。
森の各地を巡って、ようやく行き当たる。
「蜘蛛か……」
ただでさえキモいフォルムなのに、サイズが犬くらいまで膨れ上がっているから尚更キモい。
とはいえ所詮は蜘蛛。見た感じ特別硬そうでもないし、殴ればぺしゃっといくだろう。
そう楽観視していたのも束の間。
「おわっ!?」
蜘蛛は糸を吐いて先制攻撃をしかけてきた。粘ついた糸が俺の足に絡みつき、動きの自由を奪う。その間にも蜘蛛はじりじりと距離を詰めてくる!
「ぐっ、デカグモめ……こいつはやべぇな……」
とその場の雰囲気でそれっぽいことを口走ってみたものの、よくよく考えれば糸に巻きつかれているだけでダメージはまったくない。しかも向こうから勝手に近寄ってきてくれているおかげで動けなくても手を伸ばせる。
冷静になると大してピンチでもなかった。
「えいっ」
一発脳天に棍棒を叩きこむと、デカグモ(採用)は気色の悪い汁を出しながら即死した。
絡んでいた糸ごと煙となって消え、例によって所持していた硬貨が残される。
ただ今回はそれだけでなく真っ白な毛玉も落ちていた。どうやら蜘蛛の糸らしい。これが素材アイテムってやつか。
もらえるものはもらっておこうと背負っていたカバンの中に放りこんだが、問題はこっち。
金だ。蜘蛛が落とした硬貨はたった一枚――しかしそれは美しい輝きを放つ金貨だった。
「お、おお……!」
どうせ混ぜ物をしてるだろうから純金製ではないだろうが、そのレートは一枚で1000G。ウサギよりやや手こずる程度でこれだけ稼げるなら、万々歳だ。
「他の冒険者連中はこんなの倒したところで端金にしかならないんだろうなー」
そう思うと優越感がふつふつと湧いてくる。
さておき、棍棒を装備している俺にぴったりの狩場は見つかった。俺はウサギ狩りから蜘蛛駆除へと切り替え、次々に金貨を拾っていく。
狩りを楽しむ貴族から益虫を虐殺するサイコパスになったのは悲しいが、そうも言ってられない。
優雅さは金には勝てないのだよ。
買っておいたパンとワインで昼食を済ませた後も、黙々とデカグモを退治し続ける。
戦闘に慣れてきたせいか手際も段々よくなっていた。まったくアテにしていなかった俺自身の力だが、少しはついてきてるんだな。
結局、日の出から日没までの間に五万G近くを稼ぎ出した。
ボーナスかかった状態でこれなんだから、まともに一から冒険者やって稼ぐのはどんだけしんどいんだよって話である。
俺はヘトヘトになりながらも町に帰還し、その足で予約を入れていた武器屋に向かった。
「おっさん、例の剣の代金持ってきたぜ」
布袋に入れていた金貨を積み上げる。
「十枚、二十枚、三十枚、四十枚……ちょうどあるね。はい、じゃあこれ」
鞘に納まった状態で渡された高級カットラスを、そのまま腰に装着してみる。
うむ、悪くない。
鞘といい柄といい豪華かつ細やかな装飾が施されている。武器を腕時計感覚で語っていいかは知らないが、俺という男のステータスがワンランクアップした気分だ。
「それにしてもこの金額をポンと出せるだなんて、お客さんは見た目によらず気風がいいんだな。よっぽどの冒険者と見た」
「まあな」
異世界に来て三日目なことは黙っていよう。
さて。
次に俺は裁縫職人がいるという工房を訪ねてみた。
大量に集まった蜘蛛の糸を使って防具が作れないかと考えたのだ。
「蜘蛛の糸ねぇ」
名うての職人だというオネエっぽいおっさんは、毛玉を手の中で転がしながら語る。
「確かにポピュラーな素材ではあるわ。うちでも既製品をいくつか販売してるわよ」
そう言われて持ってきてもらった上下揃いの衣服には、蜘蛛の糸を編みこんでいることを証明するかのように小さく蜘蛛の刺繍がされている。
「なんだ、よくあるものなのか……」
「そう落ちこまないの。蜘蛛の糸はしなやかな上に耐久性も兼ね備えてるから、お手頃価格な割には実用的よ。一着買っていきなさいな。あなたの持っている分を下取りしてあげるから、その差額だけでいいわ」
服はセットで4800G。別に手持ちでも買える値段だが、持参した素材を相場で買い取ってくれるとのことなので、せっかくなのでそうしてもらった。
「糸は全部で四十六個……凄い数ね……一個50Gだから2300Gになるわ」
足りない分の2500Gを金貨と銀貨で支払う。にしても、一個でたった50Gか。金銭感覚が麻痺してしまってるからイマイチありがたみを感じない。
「蜘蛛はいいわよねぇ。持ってるお金は大したことないけど、素材を売って足しにできるもの」
「だな」
俺の場合は前者のほうが遥かにうまいけど。
工房を出た俺は、首の骨を鳴らすついでに夜空を見上げる。
これで支度は整った。今日はもう遅いから休むとして、明日は試し斬りついでに近隣に出現する魔物と片っ端から戦ってみよう。
どいつがどれだけ資金を落とすか気になるところだしな。
その勢いで討伐依頼も……まだ早いか。死ぬかも知れんし。
若いうちから貯蓄して四十代でリタイア、なんて考え方してる奴の気持ちが今なら分かる。この世界で俺が目指してるのはまさにそれだからな。