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俺、破壊する

 翌朝、昨夜の酒も抜け切らぬうちに宝石鉱山に再訪する。


 編成に変更はなし。昨日同様大部隊での乗りこみだ。


 標的は撤退前とまったく変わらない体勢で待ち受けていた。ケツを高く上げて伏せた姿を遠目に眺めた俺は、グラビア雑誌に載っていたポーズを思い出す。


 無論欠片もエロくはない。


 構築物に興奮するほど俺は性欲溜め散らかしてないからな。


 それはともかくとして、だ。


「この状態でまだ反抗できんのかよ、本当に」


 俺は坑道内にそびえるカイザーゴーレムを見やり、今更ながら疑問を抱く。


 見てのとおり、こいつは四肢のうちの半分がズタボロになっていて、おまけに天井に阻まれて立ち上がることもできない。


 これで一体どう攻撃するのやら。


「気ィ抜くんじゃねェぞ、お前ら! 来るぜ!」


 最前線に立ち続けるおっさんは危機の前触れを嗅ぎ取ったのか、全員に一時避難を命じた。


 魔物が特大の上半身をグイッと持ち上げている。背筋を鍛えるような挙動だ。


 そのまま勢いよく地面に叩きつける。


 位置エネルギーを最大限利用した、豪快極まりないボディプレス!


 凄絶な地響きが坑道全体に鳴り渡った。そのけたたましさを表すのに、ドスンとかズシンだなんてありがちな擬音をあてがうのは生温い。あえて言語化しようとするなら「ガ」と「ザ」の音を合計百回くらい連ねる必要がある。


 なるほど、これなら腕がなくたってワラワラと群がってくる人間を押し潰せるわけか。


 むしろ威力に関していえば向上してさえいる。


 その分、反動も凄まじい。プレスをかけた自分自身の体からもポロポロと石の破片が剥げ落ちていて痛々しい。まさに捨て身の攻撃だな。


 スケールの大きな攻撃を前にして足が竦んでいる新米討伐隊員たちを、おっさんが力強く叱咤激励する。


「手負いの獣が一番危険だからなァ、詰めの段階だからって油断はすんなよ! 俺たちジェムナの底力も見せてやろうじゃねェか!」


 決してびびるな、と迫力に満ちた声で締めくくる。


 おっさんの言うとおりである。冷静になって分析してみれば、モーションが分かりやすい上に最接近しなければ当たることもない。慎重に挑めばさほど脅威にはならないだろう。


「だったらシュウトさんも前に出て加勢してくださいよ」

「いや危ねぇよ。逃げ遅れたら一巻の終わりじゃん」


 ヒメリがもっと積極的に来いと催促してくるが、中の下程度の運動神経しかない俺がそんなキビキビ動けると思ったら大間違いだ。


 衝撃以上に重さがやばい。下敷きになろうもんなら確実に死ぬ。


 消極性こそが安全への第一歩だと過去から学んでるからな。ここは細心の注意を払わせていただく。


「それに今日の俺の役割はサポートだぜ」


 やるべきことは前回の戦闘で分かっている。


 俺はミミと同じラインにまで下がっていた。魔法を専門にするミミの横ということは、当然接近戦は捨てている。


 ブロードソードから放たれる風だけが今日の俺のすべてだ。


 逐次風向きを変えて、おっさんの斧が吐き出す煙を各員に分配する。ポジションとしては自軍の強化役といったところか。


 赤黒い煙を帯びた武器は、ほとんどが平凡な合金でできているにもかかわらず、カイザーゴーレムの頑丈な体を容易に削り取っていく。


「効率やべぇな……魔法撃ってるより早いんじゃないか、これ」


 手数が圧倒的だ。物理抵抗という難関を克服しているおかげでサクサク進められている。


 にしても、すげー楽だな。


 煙は五分ほどで持続が切れるので効果を絶やさないよう気を配る必要はあるが、いったら手間になるのはそれだけなので楽勝も楽勝。


 距離を置いてあるからこっちにまでプレスの影響が及ぶこともなし。


 もしかしなくても近距離ゴリ押しよりも遠距離射撃中心のスタイルのほうがこの世界では生きやすいんだろうか。


「……といっても、大人数だからこれだけ余裕を持ててるってのもあるか」


 普段の三人で考えてみた場合、これまで壁を兼任していた俺が後ろに下がるなら、代わりに不器用なホクトを前に出さないといけない。


 さすがに無謀すぎる。


 まあそのへんの台所事情は追々考えていけばいいか。


 まずは目先の敵に集中。


「また例の一撃が来るぞ! 総員下がれ、下がれェ!」


 おっさんが号令をかける。カイザーゴーレムが上半身を叩きつけた時には、とうに冒険者たちの影はなく、石の砕ける音だけが虚しく響いた。


「なるほどな」


 その光景にううむと唸る俺。


 ……当たってないからいいものの、あのド派手な攻撃にどれほどの威力が込められているか想像もつかない。


 揺れがこちらにまで伝わってきている。


 それにしてもおっさんは予備動作を見分けるのが早い。これが経験のなせる技か。


「へへっ、なんか順調すぎるくらい順調じゃないか」


 後ろまで下がってきた冒険者のうちの一人が、手応え十分といった口ぶりで呟く。並の剣ですらボス級の魔物に効果抜群なんだから、そう思っても不思議じゃない。


「この煙は半端じゃないな……ガードナーの強さの秘密って、結局あの武器が凄いだけなんじゃねーか?」


 誰かが発したその言葉は、とっくに前線へと復帰しているおっさんに聴こえるような音量ではなかった。


 ――けれどイェルグの耳には届いていたらしく。


「貴様、どういう了見だ!」


 宝石にまみれた右手でそいつの胸倉をつかんでいた。


 眉毛が急角度で吊り上がっている。


「ど、どうもなにも、ちょっと思っただけじゃないか。別に本気で言ったわけじゃ……」

「思い上がるな。貴様にガードナーさんに成り代われる資質はない。なぜ避けられる? 的確な指示があるからだ。なぜ戦える? 奮起をうながされているからだ。人に従うだけの兵が、人を率いる将になれるはずがなかろう!」


 イェルグは思ったよりずっと激昂していた。こんなに熱い男だったとは。


 熱いっていうか、信者の部類だな、もはや。


「まあ落ち着けよ。軽口くらいで目くじら立てんなって」


 俺は間に入ってなんとかなだめ、「仲間割れしてる暇なんてないだろ」と告げて二人をカイザーゴーレムへと向かわせた。


 もっとも俺から言えることは他になにもない。装備が強いだけ、というのは俺にこそ当てはまっているからな。


 逆にガードナーのおっさんにはこれっぽっちも該当しない。イェルグの話だとあのラブリュスとかいう諸刃の斧に使われている金属は、ひたすら重く使いづらいものだそうじゃないか。それを軽々と振り回せる所以はおっさん自身の筋力あってのこと。


 煙だけを都合よくレンタルさせてもらってるから勘違いが起きてるんだろう。


 なにより、イェルグが語ったように、おっさんの状況判断力や精神的なタフさ、リーダーシップといったものは武器云々で備わるものではない。


 羨ましい、という感覚はない。


 別に嫉妬するようなことでもないし、こいつはそういう奴なんだな、で終わりだ。


 ただしもどかしさは感じる。


 内面の強さとかはともかく、俺も自在に武器を使いこなすとかやってみたいんだが。


「や、しかしだ」


 ここだけの話、アイディアはもう浮かんでいる。俺だってただぼーっと戦況を流し見ていたわけではない。ちゃんと頭はひねってある。


 あとは発想を実行に移すタイミングだけなのだが……。


 その機会は数分後に訪れた。


「さあ、来たぞ! 急いで下がれ!」

「やっと来たか。待ってたぜ」


 おっさんが号令を出した瞬間、離れた位置にいる俺は剣を突き出して風を吹かせる。


「それであいつの体を持ち上げようってか? 兄ちゃん、そいつはさすがに無理があるぜ!」

「違ぇよ」


 風速は遅めに設定したままだ。ハナからそんな気はない。


 俺が風を浴びせた対象はカイザーゴーレムではなく――避難してくる全員の武器にだ。まとわりついていた煙がすべて剥がされ、坑道の地面へとへばりつく。


 プレスの着地点となる区画に。


「たまには当たってくれよ、俺の勘!」


 若干の緊張と共に成り行きを見守る俺。


 加速しながら落ちてくるカイザーゴーレムの肉体が、地面に接触した瞬間……。


 その上半身が盛大に砕け散った。


「やったか?」


 俺は露骨なフラグを立てるが。


「……やったな」


 それすらも叩き割られた。


 ガシャガシャと次から次に積み石が崩れ落ち、無残にもガレキになっていく巨像を眺めて、俺は人知れず指を鳴らした。


 衝撃の余波は下半身にまで伝わっている。亀裂が走り、そこからも崩壊が始まる。


 全壊は時間の問題だろう。


 この場にいる全員が呆気に取られていた。どう見ても自爆したようにしか見えないからな。


 だが策をしかけた張本人である俺は理由が分かっている。


 プレスのたびに無視できないレベルの反動が生じていたからもしやと思ったが、どうやらうまくいったらしい。


 あの煙は付着した武器の性能を一段も二段も底上げする。ならば地面自体が魔物にダメージを与える超ド級の武器だと考えて、それを強化してやれば……。


 結果がこれだ。


 カイザーゴーレムの上半身は完全に瓦解した。


 やはりブロードソードを握っている時の俺は冴えている。


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