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俺、助演する

 目の前で起きている出来事を摩訶不思議現象で片付けるほど俺は無知ではない。


 いや摩訶不思議現象であるにはあるのだが、理屈は分かっている。


「レアメタルか」


 としか考えられない。この具合の悪そうな色をした煙がおっさんの武器に秘められている追加効果なのだろう。


 だがそれは魔物に向けて放たれはせず、おっさんのゴツい右腕と斧にまとわりついていた。


 大男は煙を揺らめかせたまま接近。


「オラッシャア!」


 斧による、打撃とも斬撃ともつかない一発をカイザーゴーレムの手首にくらわせる。


 密度の高い質量同士の接触。


 金属質の轟音は……奇妙にも鳴り響かない。


 だが被害を負っているのは明らかに魔物の側だった。手首を構成する石材がいくつか欠けてしまっている。


「もういっちょう!」


 おっさんが再度斧を振り回して追撃。


 そこで俺はハッキリと、いかにして手首の損傷が行われているかを知る。


 とても石とは思えないような壊れ方をした。割れる、砕けるといった感じではなく、溜まった水が飛び散るような――そんな絵図が広がっていた。


 刃があまりにもスムーズに入っていき過ぎている。だからこそ目立った衝突音も上がらなかったのだろう。


「グワーハッハッハ! イイ気分だ! さあお前ら、露払いは済んだ! 続け、続けィ!」


 拳を作った左腕を大きく突き上げ、これまで控えていた物理組に後詰めを命じるおっさん。


 その発令を契機に、ヒメリを筆頭として次々に剣を携えた冒険者たちがカイザーゴーレムの懐へと飛びかかり始める。


 更に防護役に徹していた連中も得物を握り直して加勢。


 壮観だった。


 十を超える武芸者が一斉に巨人に襲いかかっている。更には魔法による援護射撃。


 見てるだけでいいとはなんて楽なんだ。


「いいわけないでしょう! シュウトさんも続いてください!」


 ヒメリがぷんすかしながら言ってきた。


「ちっ。やっぱ俺も戦わないとダメか」

「当然です! 今はもう様子見してる場合じゃないですからね。一気に攻め立てますよ!」


 このまま観客気分でいられると淡い期待を寄せてたんだが、やむなし。


 ゴーレムの子分のあしらいをやめて、親分の元へと進軍する。


「今更だが……クソでけーな、おい」


 間近で眺めるとその圧倒的なスケールが如実になる。首を九十度に持ち上げなければご尊顔を拝むことすらできない。


 根から絶つ、じゃないが、まずは四つんばいの姿勢を支えている両腕に照準を定めるというのは理に適ってるな。


 ここさえ崩してしまえば大きくバランスを損なうだろう。


 俺もおっさんの真似をしてブロードソードを手首へと叩きつけた。


 ミミの呪術が効いているからか、手の平に跳ね返ってくる反発は少ない。俺の攻撃によって石の一部が削り取られる。


 ――そこにヒメリが追い討ちをかけに跳躍。


「はぁっ!」


 両手にしっかりと握り締められた長剣が更なるダメージを重ねる。


 振りが鋭くなっている……かどうかは正直よく分からないが、当の本人が満足げな顔で手応えを感じているので宝石の影響力は確かなんだろう。


 もっとも、こと破壊力に関していえば……。


「ウオラァ! ガハハ、相変わらずしぶとい輩だ!」


 レアメタル製の斧を、その豪腕をもって振り回すガードナーのおっさんがずば抜けている。煙に包まれた刃を怪力に任せてブチ当てるだけで、硬い石がぷるぷるしたスライムであるかのように弾け飛んでいくんだから、痛快としか言いようがない。


「凄い……あれが『壊し屋』の異名の正体なのね」


 後ろにいる女魔術師がそんな感嘆の言葉を漏らした。


 俺の冠についている『ネゴシエイター』とかいうしょーもないアレと同じようなもんだろう。


 ただこうして観察を続けていると、おっさんが楽々解体作業を進められている原理がなんとなくつかめてきた。おっさん自身の腕力もあるだろうが、一番はあの瘴気じみた赤黒い煙。あれには摩擦や抵抗を限りなくゼロに近づける効果があるに違いない。


 虚弱の呪縛にちょっと似ているな。


「あれが噴煙鉱のラブリュスの真価だ」


 ジャンプの勢いを乗せた槍を投げつけたイェルグが、俺の真横に着地しつつ語る。


 今回は解説役が多いので非常に助かる。


「属性は火。極めて重く扱いづらい金属だが、ガードナーさんの類稀なる筋骨をもってすればなんの障害にもならない」

「はあ。そりゃ頼もしいことだ」

「だがシュウトよ。お前も希少な武器の持ち主であるからには、ガードナーさんに近い働きを期待させてもらうぞ」

「無茶言うなよ……俺は雑魚を吹き飛ばすのがせいぜいだぜ」


 槍を拾いに行くイェルグの背中に俺はそう返答した。


 とはいえ、これだけの人数がいる。俺一人にのしかかる負担は軽いだろうから、マイペースにやっていけばいい。


 そう楽観的に考えていたのだが、討伐に一週間を要するとされる魔物だけあって、その耐久力は尋常ではない。


 戦闘開始から三時間は経過したと思うが、まったく手首が崩壊する気配がない。


 部分部分で見れば損害は間違いなく負わせられているものの……。


「いい加減くたばれよな!」


 俺はブロードソードの刀身を叩きこむと同時に積もり積もった苛立ちをぶつけた。


 ここまでの戦局を見通した感じだと、一撃の威力はどうやら、魔法を含めたとしても俺が二番手であるらしい。


 常時カイザーゴーレムが呪縛にかかり続けていることもあり、武器での攻撃も有効打になっている。だというのにちっとも倒れそうにないんだからタフにもほどがある。


 一方でこちらは少しずつではあるが消耗している。


 敵も能無しではないから、反撃をしかけてくるに決まっている。指先で軽く突いただけでそのへんの魔物が突進してくるくらいの衝撃があるんだから堪らない。


 これが大きめの動作になってくると、そのダメージはシャレにならない。両手を叩き合わせて押し潰そうとする攻撃には相当肝を冷やされた。予備動作が長い上に大振りなおかげで俺ですら回避は容易だが、直撃しようものならマジで死んでもおかしくないだろう。


 地面を叩けば一帯に震動が起きて足元をすくわれそうになるし、腕を真横に振っての薙ぎ払いは範囲が広く避けづらい。


 無駄に行動パターンが豊富でムカついてくるが、その分隙を作ってくれるので、なんとか冷静さを保って臨む。


 それから更に二時間。


 全員が躍起になって攻め続けたことで、手首へのダメージは着実に累積している。が、しかし、それでもまだ瓦解寸前で踏みとどまっていた。


 加えて、やはり自軍の被害ゼロ、というわけにもいかない。


 何発かの攻撃を受け、要回復状態で一時的に戦闘から離脱する者が出始めている。


 アイテム入りのカバンを持つホクトが救護班として戦場をあくせく駆け回っているが、このままだといずれ回復薬は尽きる。それまでに終わってほしいんだけど……厳しいか?


「さすがにきつくなってきたなァ、こりゃ。こいつと初めてやり合う奴が多いから仕方ねェがな」

「ここで退却、とか言わないよな、おっさん」


 宝石ガチャをすぐにでも再開したい俺としては、一日で片付けたいのだが。


「ハナから三日を目途に考えてたんだがな。これでもかなりのハイペースだぞ」

「……じゃあ、間を取って二日だ。今日やれるとこまでやろうぜ」


 できることなら他人任せで終わらせたかったのだが、こうなっては仕方ない。この俺も人並以上の努力をする場面がきたようだ。


「やっと本気になってくれんのか? そいつァ嬉しいこったな」


 おっさんはニヤッと口角を片方だけ上げた。


「だったら一段落させておこうぜ。奴の手を一緒にぶっ壊そうじゃないか」


 その部位さえ破壊すれば、移動を完全に阻害することができるらしい。坑道内でのこれ以上の進攻は防げるってわけだな。


「俺は右の手首を狙う。お前さんは左を担当してくれ」

「分かった。あー、でも、その前にだな」

「どうした?」

「今思いついた。ちょっと右腕を前に突き出してみてくれ。斧を持ったままで頼む」


 おっさんは特に疑う様子もなく、俺の言ったとおりにする。


 どうもこの剣を持っている時は頭が冴えてくるな。パワーでゴリ押しできない分、工夫しようって意志が湧いてくるんだろうか。


 俺は剣をかざし、おっさんの丸太めいた腕に狙いをつけて緩めの風を吹かせる。


 緩め、といっても斧が吹き飛ばない程度であり、十分に強風の部類だ。事実、おっさんの右腕全体に絡みついていた煙は風で流され……そのまま前にいたヒメリの剣に居場所を移す。


「ぎゃ!? な、なんですかこれは!?」


 突然の事態に慌てふためくヒメリ。


 そりゃ、いきなり自分の武器がまがまがしいオーラに包まれたらこうなるわな。


「ふー。成功してくれたか」

「シュウト、こりゃあどういうことだ?」

「煙をちょっと拝借させてもらったんだよ。それにやるのは俺だけじゃない。こいつもやる」


 言いながら、俺はヒメリに目配せする。


「この煙があればヒメリのフツーの剣でもかなりの破壊力が見こめるだろ」

「ふ、普通とは失礼な。これでも上等の鉄を鍛えた業物でしてね……というか、それよりです。私がやるってなんの話ですか。あなたたちのやりとりなんて聞いてませんでしたよ」


 反論と質問を同時にしようとするヒメリだったが、おっさんがご機嫌で大笑いし始めると、その努力も無駄になった。


「こいつは面白いことをしやがる。俺の煙を剥がすなんざ、並の風じゃできやしねェ」


 愉快そうにおっさんは斧を一回転させ、新しく煙を生成する。


「レアメタルの風だからかァ? ま、そんなのはどうでもいい。これで三人がかりだな。手際よくいこうぜ、お二人さん」


 おっさんが魔物へと再接近を開始した。


 俺も向かうとするか。


 や、俺『たち』か。


「そういうことだ」

「どういうことですか。私、巻きこまれただけですよね? というか、シュウトさんの剣に煙をまとわせればいいじゃないですか」

「どうやって俺の剣にくっつけるんだよ。風はこの剣から出てるんだぞ」

「急に正論で来ましたね……何も言えなくなるじゃないですか」

「あまり深く考えるな。チャンスが巡ってきたくらいに思ってくれ」

「むっ……分かりましたよ。功績を挙げることは私の本願でもありますからね」


 こいつの扱いやすさは驚異的ですらある。


「そうと決まれば、ぐずぐずはしてられません。行きますよ、シュウトさん!」


 おう、と俺が答えるよりも先にヒメリは疾駆を始めていた。


 行き先は当然、城砦めいたカイザーゴーレムの左手首。


「いざっ!」


 煙をなびかせながら、両手剣を袈裟懸けに振り下ろすヒメリ。


 本家であるおっさん並とはいかなかったが、威力に不足はなし。石の破片がさながら水滴のように弾け飛んでいった。


 ヒメリが何度も何度もラッシュを繰り出す中、俺も密かに追撃を入れる。損傷の激しい部分を思いっ切り幅広の刀身で殴りつけてやると……。


「おわっ!? ぜ、全員魔物のそばから離れろ!」


 警告を発しつつ急いで後方へと避難した。


 その箇所が唯一残されていた支柱だったらしく、最後の砦までも失った石像の左腕は、ガラガラと騒々しい音を立てて崩れ落ちた。


 魔物の体勢がガクッと左に傾く。


 しかしそれは一時のことだった。


 すぐに右側でも同じような崩落が発生したために他ならない。斧を肩にかついだおっさんが、「どうだ!」とばかりにドヤった表情を見せている。


 両腕を失ったカイザーゴーレムは這うことすら不可能になった。


 頭をダラリと垂らした姿勢で、まるで廃墟化した巨大建築物のようにその場に佇んでいる。ようやく出た目に見える成果だが、五時間以上かけてまだこの程度かよ、という気がしないでもない。


「す、凄い……まるで剣聖にでもなったような気分がしてきます」


 一方レアメタルの効果を疑似体験したヒメリはいたく感動しているようで、数多の破損箇所を見つめながら目を輝かせている。


 なんにせよ、これでひとまずの区切りはついたか。


「よォし! 動きはこれで止まった! 一旦町に戻るぞ! こいつはしばらくここに釘付けだ、入念に打ち合わせて、明日じっくりカタをつけようぜ!」


 おっさんは大声で号令をかけ、疲弊しきった討伐軍を撤退させた。


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