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俺、乾杯する

 想定外のことにいささか面食らった俺だったが、立ち止まるわけにもいかないので意を決して町の中に足を踏み入れる。


 直接体感してみて確定した。


 アセルはおろか、フィーなんかよりも全然繁栄している町だ。


 そもそも人口が多い。


 町内を歩いているのは、武器を担いだ格好からして、ほとんどが冒険者と見て間違いない。


 冒険者が多いということは、当然武具やアイテム類の店も多く立ち並んでいるわけで、ストリートはどこも大賑わいだった。


 宿も選り取り見取りだ。あらゆる価格帯に対応している。


「これです、これですよ! 私が求めていたのは」


 外の景色から連想する無骨さなど欠片もない町の様子に、うずうずし出すヒメリ。


「これぞ、宿場町! という趣がありますね。冒険者のためにあるような町ですよ」

「それはいいんだが、なんでこんなに活気づいてるんだ? 鉱山でまかなってる町、っていう割には穏やかじゃないぜ」


 軽く物色しただけで判明したが、この町の武器屋は品揃えがいい。


 値段も相応の額がついている。


「疑問点はありますが、それはギルドで尋ねてみないことには始まりませんよ。おっと、いけません。ここからは別行動ですね。また後日落ち合いましょう」


 そう置き台詞を残してヒメリはどこかへと走り去ってしまった。


 が、ギルドのある方向ではない。


「また飯屋か」


 この別れ方も二度目なので慣れたものだ。


 俺たちはセオリーどおりに宿を探した後、事情を聞くべくギルド本部へと立ち寄る。


「ようこそ、ジェムナのギルドへ」


 オールバックでまとめた、ダンディな雰囲気のおっさんがいた。


「私はここでギルドマスターを務めている……」

「いやいや、その前にだな」

「いかがなさいました?」

「ここのどこがギルドなんだ?」


 看板が出ていたから入ってみたが、仕事の斡旋所というよりは酒場と呼んだほうが正しい内部のしつらえだった。


 俺がこうして立っている受付のカウンターもバーのようだし、ラウンジでは多くの男たちが昼間から浴びるように石油じみたドス黒いエールを飲んでいる。


 できたてアツアツの料理も運ばれてるし、副業にしては本格的すぎる。


 現代社会の職安がこんなことになっていたら、失業率は脅威的な数値を叩き出すのではなかろうか。


「ああ、今は一階のテーブル席は満席ですが、そちらの階段を上がれば二階がありますので」

「見たら分かるよ。吹き抜けになってるからな」


 そっちでも当たり前のように宴会が繰り広げられていた。


「なにがどうなってこうなった」

「元々冒険者同士の情報交換の活性化を目的に始めたんですよ。情報の行き交う場所といえばやはり、酒場じゃないですか」

「そりゃそうかも知れないが、酒くせーよ」


 俺は今日はまだ紅茶しか飲んでいないのでシラフだ。


「や、それよりだな、なんでこの町はこんなにも冒険者が多いんだ?」

「それはもちろん、名物の宝石鉱山で一攫千金を目論む方が多数おられるからに他なりません」

「宝石鉱山ってのはそんなに稼げるのか?」

「ええ……といっても、採掘は必ずしも行わなくてよいのですが」


 理解不能なことを喋ってきた。


「鉱山なのになんで採掘がいらないんだよ」

「魔物自身が溜めこむからですよ。宝石鉱山にはゴーレムという強大な魔物が出現しまして、こちらが素材として稀に宝石類をドロップするのです」

「へえ」


 素材ということは俺のスキルで増やせたりはしなさそうだな。残念。


「もちろん、クズ石であることがほとんどですがね。ただし、通常の採掘では手に入らないような希少度の高い宝石を落とす場合もあるとか、ないとか……」

「どっちだよ」

「それはあなた自身の目でお確かめください」


 うまい文句で締めやがって。


 だが俄然宝石について気にはなってきた。


 激レア物の売却価格もそうだが、こめられた魔力にも関心がある。


「私からお伝えできるのはこのくらいです。詳しい話は、一杯やっていらっしゃる方々からおうかがいください」

「そうさせてもらうか……ミミ、ホクト」


 俺は後ろに控えていた二人に声をかける。


「なんでありましょう?」

「酒を注文するから、お前らもなんか頼め」


 俺はメニュー表から蜂蜜酒のレモン果汁割りをオーダーした。


「ええ? 自分たちもでありますか?」

「そうだ。酔ってないと雰囲気悪くするからな、郷に入っては郷に従うぞ。そっちのほうが円滑に会話がしやすくなる」

「ええと、それでは……ミミは甘口のロゼでお願いします」


 案外いけるクチのミミは飲む気満々だ。かわいらしいピンク色の液体が注がれたグラスがカウンターに置かれると、山羊の耳がうっとりしてタランと垂れる。


 一方でホクトは職務中に遊興目的で飲酒していいのかと逡巡している。


「まあいらないってんなら無理に飲まなくてもいいけどな。『上司の杯が受けられないのか』とか、そういうパワハラはやりたくねぇし」

「い、いえ、主殿のお誘いを断るわけにはいかないであります!」

「いいのか?」

「是非!」


 ということでホクトには樽入りのエールをジョッキで与えた。


 それぞれのドリンクを手に俺たちは二階へ。 


「おっさん、相席いいか?」


 六人がけの円卓に、どういうわけか一人で座っていた恰幅のいい男に許可を求める。


 周りが少しざわついた気もしたが、特に何か干渉してくるわけでもないので無視。


 それにしてもガッシリした男だな。ラガーマンかよ。巨大な諸刃の斧を座席下に置いているあたり、このおっさんも冒険者だろう。


「おう、好きにしな」

「サンキュー」

「後ろのお嬢さんたちもこっち来て座りな。遠慮するこたァない」

「構わないのか? こいつら俺の奴隷だぜ」

「気にしねェよ」


 おっさんは赤ら顔をくしゃくしゃにして「グワハハハ」と豪快に笑った。


 テーブルの上には大量に空きのジョッキが並んでいる。相当酔ってやがんな。


 まあミミとホクトも一緒していいとのことなので、ありがたく厚意に甘えさせてもらう。


「早速だが、聞きたいことがあってだな……」

「その前に乾杯しようじゃないか。おーい、店員さん! もう一杯エールをくれ。そう、ジョッキで」


 丸太のような腕を上げておっさんは酒の追加注文をする。


「んじゃ乾杯すっか。今日の出会いに、乾杯ィ」


 オヤジくさいノリにはついていけないが、一応の礼儀としてグラスをぶつける。


 俺が一口飲む間におっさんはジョッキの半分を飲み干してしまった。


 どんだけウワバミなんだよ。


「……で、質問ってェのはなんだ? どんなことでも答えてやるぜ」

「宝石鉱山についてだ。ちょっと宝石ってのに興味があってな」

「宝石か。ありゃミステリアスだぜ。高く売れるだけじゃなく、宝石でアクセサリーを作ればいろんな追加効果が見こめるからな。なぜなら……」

「魔力があるからだろ。そのことは知ってる」

「おっ、勉強してきてんじゃねェか」

「俺も欲しくてね。掘るか、ゴーレムを倒せば手に入るってところまでは聞いてるんだけど」


 入手法について詳細を尋ねる。


「ま、その二つのやり方しかないわな。宝石が欲しけりゃ地道に採掘するのが一番だが、腕に自信があるならゴーレムを狩ったほうが早ェ。大半がゴミでも、十体に一体か二体は宝石を落としやがるからなァ、あいつらは」


 確率ひっくいな。


 そこから更にレアドロップとなるとどれだけ小数点以下に0が並ぶのか。


 まあ俺の場合、潤沢な予算を活かして誰かが拾ったのを買い取ったんでいいが。


「宝石の原石は、まあバラつきはあるが一個五万から二十万くらいが相場だな。これがゴーレム産限定の珍しいモンだと十倍近くに跳ね上がるがね」


 クソたけーな、おい。


 とはいえ宝石目当てでゴーレムを狩りまくればそのうち資金も貯まってくるだろうし……。


 ……だがおっさんの次の言葉は俺のワクワクを一気に奈落の底へと沈めた。


「ゴーレムの奴はロマンの塊だからなァ。一切硬貨を落とさないくせにレア宝石を落とせばデカい稼ぎになるんだから、夢しか詰まってねェぜ」

「はあ!?」


 衝撃の事実に思わず唖然としてしまう俺。


「マジかよ。ゴーレムって金を落とさないのか?」

「そんなに驚くようなことか? あいつらは硬貨の代わりに、宝石を溜めこんでるからな」


 なんて最悪な敵だ。森のウサギより倒し甲斐のない魔物がついに現れてしまったか。


「レア物が生まれる理由も、ゴーレムの成分と反応した結果突然変異を起こすから、ってのが通説だ。あいつらの体は石でできてやがるからな」


 ふむ、そういう理屈か。


 金貨を落とさないという情報の余波がでかすぎるせいで今ひとつ頭に入ってこないが。


「まっ、俺から教えられるのはこんくらいかな。……ん? なにをぼーっとしてんだ?」

「……あ、ああ、悪い。酒が回っててさ。話のお礼に一杯おごるよ」

「それには及ばねェ。俺もこれから用事があっからな……よっと!」


 おっさんは床に置かれた斧を軽々持ち上げ、それを背負うと。


「宝石取りにいくんなら、しっかり準備はしておけよ。お前さん、装備を見た感じ中々やりそうだが、気なんて抜けないからな。ゴーレムは馬鹿になんねェぜ?」


 と言ってフラフラの足取りで階段を下りていき、酒場……ではなくギルドから退席した。


 残された俺は、まだ先ほどのショックが拭えていない。


「ゴーレム、金落とさねぇのかよ……」


 同じことを何度も何度も呟いていた。


 とはいえ、そういうことになっているのだとしたら仕方あるまい。


 とりあえずレア宝石の募集だけ出しておいて、早めにこの町を去るとするか。


 ここじゃ金策にならないからな。ゲットした宝石で自身を強化して、より効率を上げた状態で次のスポットに望もう。


「……シュウト様」

「どうした?」


 ほろ酔いのミミが俺の腕をつっついてくる。


「ミミたちは宝石鉱山には行かなくてもいいのですか?」

「うーん、それなんだよな」


 納品が済むまでの間はかなり暇になる。


 それなら一応鉱山に出向いてみて、自力での発見も狙ったほうがいいだろう。


「明日依頼を出したら、俺たちもゴーレム狩りに行ってみるか。ホクト、運搬は任せたぜ」

「了解しちゃでありはす!」


 ホクトはかなりできあがっていた。


 顔全体が上気している。


 とはいっても一杯だけだから明日に引きずるほどではないので、気分よく酔わせといておくか。日頃相当働いているし。


「ああ、それから、明日は防具屋にも寄るからな。磐石の態勢でいこうぜ」


 おっさんにゴーレム相手は気を抜くなと忠告されたことだしな。


 良品があればいいんだが。


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