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俺、騎乗する

 次の次の日。


 俺は練習とテストを兼ねて、宿の裏手にある路地で朝から走りこみを敢行していた。


 正確にはホクトと合体した俺、であるが。


 合体といってもジョイントしているわけではない。ただおんぶしてもらってるだけだ。


「主殿、自分の乗り心地はいかがでありますか?」

「乗り心地って言うな乗り心地って」


 そういう卑猥に聞こえる表現を堂々と口にするのはやめていただきたい。俺はこれでも内心で留めている。


 で、その乗った感じはというと、鎧越しなので柔らかいとかそういうのはない。多分ホクトもなんの感触も覚えていないだろう。いろいろと無機質である。


「これ、本当に走れんのか?」


 俺の体重を抜きに考えても鎧だけでかなり重そうだが。


「加えて俺は大剣を背負った状態だぜ」

「大丈夫であります! でえやああああああ!」


 ホクトは気合一喝走り出す。


「おおっ」


 はえー。俺が自力で走るよりも断然速い。


 しかも安定していて持続性もある。パワー、スピード、スタミナ、バランス、いずれも申し分ない。


「このペース配分でいつまで持つんだ?」


 背中越しに語りかける俺。


 先に山頂にまで到達したほうが圧倒的に有利なのは明白。となればスピード勝負を挑むのがもっとも分かりやすい正攻法だろう。


「は、八分ほどでしょうか」

「え、そんなもんなのか?」

「これは全力疾走でありますから。数時間もは保てないであります」

「ふーむ」


 まあ全力で走って八分もスピードを維持できるんなら凄まじいことではあるんだが。


「息が続く速度で走ってみてくれ」

「了解であります!」


 ランニング程度までペースを落としてもらう。


 これでも十分に速いな。風を切る爽快感はなくなったが、俺がとことこ歩くよりも遥かにいい。


 ただ鎧を着こんでいるからガッシャンガッシャンうるさい。まあそれはいいにしても、やはりというべきかホクトが走りにくそうにしているのが難点だ。全身に合板がまとわりついているせいで実際の重量以上に負荷がある。


 その上本番は斜面だ。今のように平坦な道と同じ感覚では臨めない。


 二時間ほど走ってもらったところでホクトの呼吸が荒くなってきたので、今度はジョギングくらいにまでペースを下げさせる。


「期待以上の結果を残せず申し訳ないであります……」

「鎧つけてこれだけ走れるなら上出来だよ。あまり気負うなって」


 ホクトはやっと俺の役に立てる機会が来たとモチベーションをマックスまで高めているのだが、張り切りすぎるのが玉にキズだ。


「万全ならもっとスピードを出せるのでありますが……軽い服に着替えましょうか?」

「うーん、それだと魔物に遭遇したときに不利になるからなー」


 三日後に控える決戦の舞台となる山道は、低ランクでは足を運べない、それなりの難所。


 俺なら大抵一撃で葬れるとはいえ油断は禁物だ。速度ばかり重視して守りをおろそかにするわけにはいかない。


「理想を言えば一切戦闘せずに突破できればいいんだが……」


 難しいな。


 ってか、無理だろ。絶対に魔物の出没地帯を通らないといけないわけだし。


 とりあえずホクトの背中に乗ってるのが楽しくなってきたので、そのまま町に出てもらった。


「もう昼か。腹減ったな……どっかでパンでも買うか」

「では、お運びいたします!」


 市場までダッシュしてもらったのだが、途中。


 数人が言い争っている光景が目に入った。入ったというか、横に広がって進路をふさいでるので邪魔になっている。


「だから私がもっともふさわしいって言ってるでしょ!? ヤンネ様が山道に向かう時はいつもお供しているもの!」

「そんなの関係ないわ! 一番ヤンネ様のためになってる人がなるべきよ。それは間違いなくアタシだわ。だってこの中で一番多くの依頼を達成しているんだから」

「数じゃないわ。仕事の難儀さで測るべきよ。あなたなんて薬草採取しかしてないじゃない。私は鉱山まで採掘に行ってるのよ!? どれだけ疲れて帰ってきてるか分かる?」

「そんな感情論はいらないの。金額で見るのが客観的だわ。わたしがこの前山林で拾ってきた古木の枝なんて凄く高値で取引されて……」

「これまでどれだけ貢献したかなんてどうでもいいじゃない! その日一番活躍できる人がなるのが合理的だと思わない?」

「それなら私ね。私はこの中で一番年下なのに、同じCランクだわ。皆より才能がある証拠でしょう」

「ねえ、今若さって関係ある? あまりふざけないで。わたくしはあなたたちとは過ごした時間が違うの」

「一番古株だから一番偉いっていうの? そんなの押しつけよ。ヤンネ様の気持ちを無視してるわ」


 やかましい上にかしましい。


 あー、これは。


 ヤンネのパートナーの座を巡って内輪揉めしてるんだな。


 お前らが長々と議論したところで、結局選ぶのはヤンネ本人なんだから意味ないのに。


「というか、こいつら報酬献上しまくってたんだな……」


 まるでアイドルに群がるファンだな。


 今後ヤンネファンクラブと呼ぼう。


「悪い、ちょっとどいてくれ」


 俺は一旦ホクトの背中から降り、道を開けてもらうよう頼む。


 なんとなくそんな予感はしていたが俺の存在は認識されていたらしく、その場の全員から敵意を向けられた。


「あら、あなたは確か……シュウト、でしたっけ? ちょうどよかったわ、いつか伝えておきたかったのですけど、ヤンネ様に気安く話しかけるのはやめてくださるかしら?」


 気安くって、ヤンネは王族かなにかかよ。


 でもこいつらなら「はいそうです」と答えかねないな。


「本当に、なんであなたみたいな何の変哲もない人にヤンネ様は興味を持たれたのかしら……」

「とてもじゃないけれど通行証をもらえるCランクには見えないわ」

「その点ヤンネ様は、実力、威厳、気品すべて揃っていて……はあ、本当に、なんであなたなんかに」


 言いたい放題だなおい。いいからどけっての。


「主殿の悪口は聞き捨てなりませぬぞ」


 ホクトが毅然とした態度で立ち向かう。


 獣人に指図されたのがよほど腹立たしかったのか、ヤンネファンクラブの一人が吐き捨てるようにこう告げた。


「なによ、奴隷の分際で。金で買われた信頼関係のくせに」


 ホクトの顔がみるみる赤くなる。その面持ちは怒りに震えているようにも、羞恥に堪えているようにも見えて、どちらにせよ沈痛なものだった。


 まあ奴隷に対する世間一般の認識なんてこんなものなのかも知れないし、実際俺も金で手に入れたわけだけども。


「……自分への侮蔑で気が済むならこれに勝る喜びはありませぬ。これをもって主殿の悪口はやめていただきたい」


 俺は歯を噛みしめるホクトの肩を叩き。


「ほっとけよ。俺は金で忠誠心を買ったかも知れないけど、忠誠心で金を貢いでるこいつらよりはダサくねぇよ。俺は俺の利益のために金を使っただけだからな」


 そう言ってやった。


「早くどいてくれよ。俺以外にも邪魔になるからさ」


 無理やりに道を開けさせる。


「ヤンネ様のメンツがあるから今日はなにもいたしませんが、これだけは言い残しておきます。あなたの口の汚さは天下一品ですわ」

「生憎俺は名家に生まれた人格者なんかじゃなくて、性格の悪いタイプの金持ちだからな」


 俺はホクトの手を引いて通り過ぎた。 


 あいつらを失望させられるなら、ヤンネを負かすのも悪くない。


 それはともかくとして、目的は飯だ。俺は市場でパンを複数個買い、そのうちの一個をくわえながら歩く。


 残りは宿に戻ってからミミも含めた三人で食うか。


 と、その前に。


 ギルドへと立ち寄る。


「遅かったじゃないですか」


 ラウンジのテーブル席にヒメリが座っていた。疲労困憊の様子で。


 というのも、俺がヒメリを直々に指名してビッグムラサキの調査依頼に出向いてもらったからに他ならない。一応こいつの立ち位置的には「俺とは別パーティー」なのだが……。


「よく行ってきてくれたな。感謝するぜ」

「感謝もなにも、さすがに報酬五万Gは受けるに決まってるじゃないですか。山頂で二泊もした甲斐がありましたよ」


 くたびれている割に口元だけニヤけているが、どうせ晩飯をどのくらいリッチにするかでも考えてるんだろうな。


 それをともかく、ヒメリは俺にメモを手渡す。


「どこに聞き耳が立っているか分かりませんから、口頭では伝えないでおきます。貴重なマル秘データですので」

「気が利くな」

「シュウトさんが日頃迂闊すぎるだけです」


 澄まし顔でピシッと人差し指を立てるヒメリ。


「それより本番に向けての準備はどうなんですか? ホクトさんに背負ってもらうにしても、あの上り坂を一定のペースで走り続けるのは不可能でしょう」

「それなんだよなぁ。防具の軽量化も考えてるんだが」

「自分にもっと戦闘力があれば……面目ないであります」

「いや別にホクトの責任じゃないけどな。重力とかいう融通の利かないシステムのせいなだけで」


 椅子に深く腰かけ、腕を組んで考えこむ俺。まあ考えこんでるふうなだけで特にアイディアが出てくる気配はないんだが。


 その時、ギルドの扉をゆっくりとくぐる人影が見えた。


 青のポニーテールが揺れている。


「リクか。今日も鉱山に行ってきたのか?」

「いえ……」


 どうやら違うらしい。


「じゃあこれからか」

「今日は探索に行く予定はありません。えと、シュウトさんに用事があって」

「俺に?」


 あと、様子もちょっと違っている。いつもは人懐っこい表情を浮かべていることが多いが、そのあどけない顔から、今日はなにやら決意めいた心情がのぞいている。


「シュウトさんだから話せることです。一度、僕の家にまで来てくれませんか?」


 リクの瞳には静かな炎が灯っていた。

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