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俺、登山する

 およそ二時間ほどで山道の入り口には到着した。


 道の両端は木ばかりだ。葉がほのかに色づいていて、郷愁を誘われる。


 緩やかな傾斜のそこは登頂に六時間はかかる……と、立て看板に書いてあるが。


「しんどすぎるわ」


 俺は別にハイキングをしに来たわけではない。当然頂上まで行くつもりもないので、ダラダラと中腹くらいまでを目指す。


 にしても、風が強い。ミミが手にしている魔術書のページがバタバタとめくれている。


「ん、その本は……」


 ミミが持っている書物には『初級促進のグリモワール』とある。これは最初の二冊の後から追加で購入したものだが。


「回復と攻撃の魔法は身につけられました。こちらも、もう少しで覚えられると思います」

「早いな。最初の魔術書はかなり時間かかったのに」

「一冊理解すると、コツ、というんでしょうか。要領が分かってきたんです」


 ほう。どうやら魔術書は読破すればするほど魔法の基礎力が高まるらしい。


 ミミは暇さえあれば本を開くほど勉強熱心なので、これからも定期的に買い与えていくか。


 いやいや、それよりだ。魔術書なしで魔法を使えるようになったということは、そろそろ杖を作る頃合いではなかろうか。


 アセルにいる間にでも仕立ててみるか。


「む」


 山道を進む俺たちの前に、ガサガサを音を立てて木陰から何者が出現する。


 入り組んだ形のツノを持つ、鹿のような魔物だ。黒い体毛に赤い瞳という邪悪な、というか中二病チックなカラーリングのそいつは、前足で地面を蹴って今にも突進してきそうな体勢をとっている。


 ここが山道のエンカウント地帯だな。


「ミミ、サポートしてくれ」

「分かりました……フィジカルアップ!」


 習得中の強化魔法が俺を対象に唱えられる。


 俺の上半身が赤いオーラに包まれるのが分かった。


 おお、ツヴァイハンダーが劇的に軽く……はなってない。強化されたとはいえ腕力自体が跳ね上がったりはしないらしい。


「上昇するのはあくまで物理攻撃力と物理防御力……だそうです」

「実感しにくいな……攻撃するかされるかしないと分かんねぇか」


 ということで、早速ダークジカ(今さっき命名)に剣を直接ぶつけてみる。


 向こうから馬鹿正直に走ってきてくれたので狙い自体はつけやすかった。重量感に満ちた刃がクリーンヒットし、瞬く間に魔物は煙へと姿を変えた。


 報奨として鹿の毛皮と、十八枚の金貨が残される。


「シュウト様、もう一体が来ています!」

「どっちだ?」

「ひ、左です!」


 ミミの警告を受けて俺は体の向きを入れ替える。


 斜面を猛烈な勢いで駆け下りてきている魔物が俺の視界に飛びこんできた。


 今度は鹿ではない。猪だ。これまた全身黒ずくめでガイアに囁かれている感じの風貌。


「……って、速くね!?」


 シャドウイノシシ(同上)は落ち葉を吹き散らしながら先ほどの魔物を遥かに凌駕するスピードで突撃してくる。


 落ち着け俺。


 こうやって突っこんでくる相手にはちゃんと対処法があったろうに。


「よく考えりゃそんな慌てることでもなかったな……おりゃっ」


 俺はまず剣先を二回接地させ、出現した泥と岩石の柱を強固な盾にする。


 ブレーキをかけられない魔物はあえなく激突。土塊も衝撃に耐えられずガラガラと崩れ落ちたが、魔物も反動で豪快に転倒し、仰向けになってピヨる。


 怯んだところを俺は剣本体で突き刺す。


 ドロップ品はまたしても毛皮。そしてちょっぴり多めに二十枚の金貨が。


「お見事です、シュウト様」

「俺も段々戦術ってやつが分かってきたよ。さすがにな」


 身体能力はともかくとして、ちっとは頭を使えるようにはなってきたか。


 少なくとも武器の特性は把握していないとな。俺の強さは装備依存なわけだし。


 さて装備といえばだ。


「小回りはともかくとして、やっぱパワフルだぜ、こいつは」


 相変わらずのツヴァイハンダーの攻防一体感にうんうん唸る俺だったが、肝心の強化魔法の効力はというと……。


 うーん。


 よく分からんな。


 おそらくだが魔法の影響がなくとも一撃で葬れただろう。


 しかも持続は一分程度で切れた。これは現状だと使いどころが難しい。懸賞金付きの奴に出くわした時だけ頼らせてもらうか。


 ってことでミミにはいつものように回復と疲労軽減に専念してもらうとして、俺はサクサクと魔物を狩り続ける。


 強さ的にはフィー周辺にある湖畔の、やや上くらいか。


 鹿や猪を模した魔物ばかり出てくるので、本当にハンターになった気分だ。武器が猟銃なら完璧だったな。


「ミミは攻撃しなくても構わないのですか?」

「その分の気力がもったいないからなー。回復だけでいいよ」


 雑魚しかいないし。


 そんなのより、なだらかとはいえ坂道を歩き続けることによる疲労のほうが辛い。


 ミミの再生魔法で疲れを癒やしてもらいながらでないとすぐに音を上げてしまいそうだ。


 三合目くらいに差しかかってきた頃。


「おっ」


 下山中の冒険者が見える……って、ヒメリかよ。


「あっ、シュウトさん。あなたも狩りですか?」

「そんなところだな」

「まあここが一番出没する魔物のレベルが高いですからね。Cランクの私たちが足を運べるとなるとここくらいです」


 だろうな。他は駆け出し向けっぽいし。


「頂上まで行ったのか?」

「行くわけないじゃないですか。時間がかかりすぎます。早朝出発して中腹までは頑張ってみましたが」

「よくやるよ」

「ただ、この町は羽は伸ばせても滞在には不向きですね。シュウトさんはお金があるからいいでしょうけど、手ごろな依頼がありません。探索がてらに魔物を倒して素材も売って、ようやく一日5000Gくらいでしょうか……諸経費も馬鹿になりませんし、貯金も残さないといけませんからカツカツですよ」

「食う量減らせよ」

「それは無理な注文です」


 ヒメリのカバンが膨らんでいるが、どうせ半分以上がパンであるのは目に見えてる。


「物価が安いのがせめてもの救いですね。とりあえず、今日のノルマは達成しましたから私は戻ります。進言させていただきますが、早めに次の町に移ったほうがいいですよ」


 と言い残して下っていくヒメリ。


「いかがなさいますか?」

「俺はもうちょいのんびりしたいんだけどなー」


 矢継ぎ早に移動を繰り返すのはきつい。


 まあ最悪、飯をおごってやればあいつは手なずけられるだろう。


 結局俺は山道を登ることはそこでやめ、魔物の出現する場所だけを行き来した。四時間ひたすらに戦闘だけをし続け、やっと目標の五十万Gに到達する。


「よ、ようやくか。坂を往復するのは疲れるぜ、まったく」


 ミミにヒールをかけてもらいながらその場にへたりこむ俺。


 ここで稼ぐなら、最低でも荷物だけは代わりに誰かに持っといてもらわないと……。


「となると、やっぱりホクトの助けは必要だな」


 ここで俺は、はっとする。


「……ミミ」

「なんでしょう?」

「いや、そのだな、宿は三人一緒だし、明日からはホクトも金策に参加するわけだから……二人きりというのは今しかなくてだな……」


 しばしきょとんとしていたミミだったが、俺の発言の意味が分かったらしく、少しだけ恥ずかしそうにうつむく。それからコクリと首を小さく縦に振った。


 俺はこの日、動物になった。



 山道で活動したのは四時間少々とはいえ実際にはそれと同じだけの移動時間を費やしてるわけで、俺たちが町に戻った頃には夜になっていた。


 疲弊しきった足でまず向かったのは防具屋だ。


 営業時間には間に合ったらしく、三十路くらいの男性店主に対応してもらう。


「鎧はいいですよ。伸縮性はてんでない代わりに、防御性能はピカイチです。一般的な鉄製のものですらレア素材で作られた服と同程度の頑丈さがありますし」


 ふむ、そのへんの品でも俺くらいの防御力があるんだな。


 や、むしろ、布でできてるくせに金属並に身を守れるのが凄いのか。


「鎧には多くの種類があります。布鎧、革鎧……おっとこれらは別にしましょうか」

「全部言わなくていいぞ。一番丈夫なのをくれ」

「となれば、やはりプレートメイルでしょうね。非常に重い分機動性は大きく損ないますが、耐久力はダントツです」


 さすがに重いのか。まあホクトなら大丈夫だろう。


 俺は三万と2000Gを支払い、プレートメイルを購入。重すぎて持ち帰るのは困難だったので明日取りに来ることにした。


 あとうまそうだったのでパン屋に寄って晩飯も買っていった。


「主殿、ミミ殿、お疲れ様であります!」


 宿では直立不動の姿勢でホクトが出迎えた。


「今朝方の失態、心より恥じ入っております。能のない自分には謝意を示すことくらいしか……」

「そういうのいいからさ……ほら、これ」


 俺はホクトに紙に包んだパンを手渡す。


「晩飯。一緒に食おうぜ」

「ですが」


 ホクトはためらいを見せる。


「自分は本日なにもしておりません。働かざるもの食うべからず、身に余る賞与であります」

「いや食っとけよ。腹ごしらえしといてくれないと俺が困る」

「どういうことでありましょう?」

「明日からお前にもついてきてもらうんだからさ。防具も用意しておいたし、頼むぜ」


 バターのたっぷり入ったお菓子みたいなパンをかじりながら俺はそう返した。


 ホクトは「おお……」とじんときているかのような表情を浮かべて、パンを口にした後。


「誠に美味であります!」


 と言った。


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