俺、相乗する
町を歩く俺と二人。
「ホクト、引いてみた感じはどうだ?」
「問題ないであります! これはいい車輪を用いてありますな、実にスムーズであります」
荷馬車を引くホクトにはまだまだ余裕がある。実際、そんなに量積んでないしな。今後旅の中でどんどん荷物が増えていくんだろうけど。
まずは通行証をもらいに斡旋所へ。ミミとホクトには外で待機してもらう。
室内にはあまり人がいなかった。それなりに関わりのあったヒメリがいれば軽く挨拶でもしていくかと思ったが、不在なら仕方ないな。
「待っていたぜ。ほら、もう作っておいてやったよ」
仕事が早いな。俺は完成済の通行証をおっさんから受け取る。
カード状のそれには、俺の名前、所属、冒険者ランク、発行日付、そしておっさんのサインが入っている。
「お前もサインしておけ。筆跡で本人確認するからな」
当たり前だがICチップみたいなハイテクはないらしい。その代わり、筆跡鑑定は魔法を用いて完璧な精度で行えるそうだ。
指示通り俺もサインを書きこむ。
「そいつはよそのギルドを訪ねた時、お前のランクを証明する手立てにもなるからな。今までは俺がお前の情報を管理してやったが、これからは自力でやるんだぞ。他の町の冒険者ギルドとのネットワークだって完璧じゃないんだからな」
「了解。覚えとくよ」
まあ、聞かれたら見せりゃいいだけだし。
「そういやこれ、更新って必要なのか? あとなくした時の再発行とかも」
「ランクが変動した時は新たに発行する必要があるが、そうでない場合は基本的に永続利用できる。それと、再発行は自由だ。近場のギルドで申請すればいい」
すげー。普通免許よりストレスフリーな身分証明書じゃん。
「だからって適当に扱うなよ。紛失したら信用が下がるからな。そうなればランクも降格になるし、発行までかなりの時間を要するぞ」
う、それは嫌だな……。見知らぬ土地でDに落とされて、そこでまた名声稼ぎに走らないとならないとか最悪すぎる。
「分かった。大事にしとくわ」
「それと、こいつもだな」
おっさんが取り出したのは、大陸全土を記してある地図。もうちょい縮尺考えとけよって言いたくなるくらい、広げるとかなりのサイズになる。
「海を渡れば王都のある大陸まで行けるが、まあそれはまだ考えるようなことじゃないだろう」
「え、こっち側にはないのかよ」
正直、真っ先に行きたい町だったのだが。
「ってか、ここ港あったよな。船でさっさと行ってやろうか……」
「そう焦るな。どうせ全部の土地を回るつもりなんだろ」
「まあな」
「それならまず西に行け。湖畔よりも更に先にだ。そこにある検問を抜けたら、アセルという町が見えてくる。俺たちの町フィーから一番近くにあるのはここだから、まずはここから訪れるといい」
「ふーん。じゃあそうするよ」
「おう。で、それからだな」
おっさんがなにやら改まった顔つきをする。
「お前が田舎者だと思われないために、ひとつアドバイスをしてやろう」
「なんだ?」
「こういった施設は、ちゃんと正式にギルドと呼べ」
「そんなことかよ。いや、俺にも言い慣れた呼び方があってだな」
「ダメだ。ギルドだ」
「……じゃあ職安は」
「ギルドだ」
このままだといつまで経っても出発できそうにないので、やむなく呼称を矯正した。
俺はおっさんに「じゃあな」と手を振り、あっせ……ギルドの玄関を抜ける。
それにしても、随分と世話になったな、この場所には。
なんだかんだで寂しさはなくもない。
けれどまたここに来るかどうかは、ちょっと今の段階じゃ分からないな。
「行こうぜ」
荷馬車の前で待ってもらっていた二人と合流し、いよいよ町の外へ。
「ついにですね。ミミはどきどきしています」
「だな」
平原を横断するこの一般道自体は過去にも通ったことがあるのだが、旅立ちとなるとやはり特別な感慨があるな。
……と言いたいところだったが、すぐに見知った顔を目撃してしまった。
「ようやく来ましたね」
フフンという微妙にイラッとする表情をして待ち構えていたのは、ヒメリだった。
ブロンドの髪はそのままだが、まとっている鎧が真紅のものに変わっている。
「……というか、また女の人が増えてません?」
荷馬車を引くホクトを眺めながら呆気に取られるヒメリ。
「装備品といい、この人たちといい……シュウトさん、あなた一体どれだけ裕福なんですか?」
「黙っていたが、俺は大富豪だったんだよ。荷物もほとんど金だから漁るなよ」
町も離れたことだし、適当にフカしておく。
どうせこれからはナチュラル金持ち設定で押し通す予定だしな。
「むむ、主殿のご友人でありましたか。自分は運輸作業を請け負っておりますホクトという者であります」
「ホクトさんですね。覚えました。ですがひとつ、語弊があります。私たちは友人などではありません。あえて語るなら……そう、宿敵とでも申しましょうか」
「おお、それはなにやらただならぬ因縁がありそうでありますな」
大してねぇよ。勝手に話広げるなっての。
「それにしても、こんな真面目そうな方にまで……ど、どこまでもハレンチな!」
「だからなにを想像してるんだよ。全然違うぞ」
これはマジなのできちんと弁解しておく。
「それよりだ、なんでこんなところにお前がいるんだよ」
また湖畔に行く途中か? と続けようとした矢先、ヒメリが何かを突き出してきた。
個人情報とギルドの許可が載せられたカード……通行証だ。
「私、昨日ついにCランクに昇格したんですよ! 長い道のりでした。コツコツと依頼達成を積み重ね、装備を新調し、賞金首を苦難の末に撃破して……」
「おっ、ついにやったのか」
「そうです。そのために何度も湖畔まで遠征しましたからね。その結果がこれです!」
またしても自慢げに通行証をかざす。
手練の剣士であるヒメリは俺が登録されるまでは一番の若手有望株だったらしいから、別にCランクになってもおかしいことではないが。
「そんなドヤられてもなぁ。俺も一昨日昇格して、さっき通行証もらってきたし」
「そう、それです!」
ヒメリはビシッと俺の鼻先に向けて人差し指を突き出した。
「昨日サダさんから話をうかがいました。それもう震え上がるほどのショックでしたよ。タッチの差で今回もまた一歩先を行かれてしまったんですからね」
「うん」
そこそこの姿勢で聞く俺。
「あなたを超えるためにはあなたの足跡を追わなければなりません。常に情勢を知っておく必要があります。シュウトさん、私もあなたの旅についていかせていただきます」
「はあ?」
俺は唐突な申し出に口をあんぐりと開けてしまった。
「勘違いしないでください。パーティーを組むというわけではありません。私は私自身の手で功績を重ねなければいけないのですから」
「ん? じゃあ探索はバラバラでいいのか?」
「いかにもです。ただ、シュウトさんと同じルート同じスケジュールで移動をするというだけです。これは私にとっての修行の旅。現地についたら別々に行動しましょう」
要は道中だけご一緒させてくれ、ってことらしい。
「そんな話を急にされてもな……」
口ではそう言ったが、冷静になって考えてみるとだ。
こいつもなんだかんだでCランクまで来たってことは、かなり腕を上げているはず。カットラス装備状態の俺程度と考えたら、移動中の戦闘は十二分に任せられる。多くの金を運ぶことになるんだし、強盗から身を守る戦力は多いに越したことはない。
ポイントポイントを結ぶ道には魔物は出てこないから、俺の隠し通しているスキルが発覚するおそれがないのも好都合。
うむむ、これは利点も多いな。
俺よりはヒメリのほうがこの世界についての知識も豊富だろうし。
一度ミミとホクトにアイコンタクトを取ってみる。二人とも特に拒否は示していない。
じゃあ、いいか。
「分かったよ。別に人数が多いことで損はしないしな。むしろ俺の負担が減るから得だ」
「その返事を待っていました」
「ただしお前の分の食費は一銭も出さんぞ」
「う。わ、分かってますよ」
密かに期待していたような顔をしている。こいつの考えていることは本当に分かりやすい。
俺はアセルという町を目指していることを伝え、ヒメリを一行に加えた。
「まさかとは思うが」
「なんでしょう」
「勢いで『私も旅に出る!』とかおっさんに言っちゃったけど、心細くなったとかじゃないだろうな」
「ハハハ、私に限ってまさか」
ギクシャクした笑い方だった。表情が左右非対称になっている。
ま、深くはツッコまないでおくか。
「華やかな旅になりそうですね」
検問へと続く道を歩きながら、ミミがどこか楽しそうに言った。