俺、支度する
翌日、ミミと一緒に旅で必要となる物資の買い物をあらかた済ませた俺は、夜中に一人奴隷市場へと出向いた。
ままま、そう萎縮するようなことでもないだろう。今回俺が求めているのは純粋な労働力、長旅の負担を軽減してもらうための奴隷であって、そこに他の意図を差し挟む意味はない。実用性、ひいてはコストパフォーマンスを考えて……。
「男女どちらをご希望でしょうか?」
「女で」
でも気づいたらそう返事していた。
展示室に通してもらうまでもなく、俺は奴隷商人にこう伝える。
「馬の獣人を雇いたいんだ。荷物の運搬を手伝ってもらいたいからな」
一番最初にここに来た時に、旅のパートナーに最適と聞いたことを覚えている。
まあ馬力というくらいだしな。
「馬でございますか。それでしたら一人まだ残っております。いや馬の獣人はその高い機能性から人気の種族ですからね」
「予算なら十分あるぞ。即決で買おう」
「心強いお言葉です。では早速、フロントまで連れてきましょうか?」
「おう、頼む」
しばらくして、奥にひっこんでいた奴隷商人がぴしりと立った馬の耳を生やしている獣人を連れて現れた。
「ホクト、こちらがお前の主人となるお方だ。ご挨拶しておきなさい」
ホクトという紹介を受けた獣人は、背の高い女だった。
具体的にいうと俺よりでかい。
獣人の例によって容姿も美しいが、なんかこう、それ以上にオトコマエって感じがする。
凛とした表情が印象的な、とても勇ましい顔つきで精悍さを感じさせる。が、髪の色はライトブラウンで女子力が高い。なるほどこれは栗毛だな。
髪よりもやや濃い茶色の瞳が俺のほうを向く。
そして、すたんとひざまずいた。
「紹介にあずかったホクトであります! これより我が主のために、誠心誠意努力していく所存であります!」
な、なんか堅苦しいな。やる気に満ち溢れてくれているのは嬉しいけども。
「ホクトはしなやかな筋肉と優れた体力の持ち主です。多くの荷物を運び、お客様の順風満帆な旅を約束するでしょう」
ふむふむ、言われてみれば着衣越しにも引き締まった身体をしているのが分かる。その分胸は控えめなのだがそれはそれで嫌いではない。
「いい子だな」
いろんな意味で。
まあでもこの実直な性格だとミミみたいにはいかないだろうな。女の奴隷を望んだのは単純に旅の彩りにもなってほしかったってだけだし、そういう下心は一旦どっかにやっておこう。
「本来百六十五万Gの値をつけておりますが、お客様の門出を祝して百六十万Gでの提供とさせていただきます」
こいつ毎回割引してんな。
パンパンに膨らんだ布袋から金貨をすくい上げ、ジャストの額を支払う。
これで売買契約は成立。ホクトが俺の配下に加わった。
「シュウトだ。今日からよろしくな」
「はっ! よろしくであります!」
ホクトを連れて外へ。
「明日はお前に引いてもらう荷馬車を買いに行くからな。今日買っても俺の家に置くスペースないし。それが済んだら、この町を離れる。長い旅になると思うから頼りにさせてもらうぜ」
「拝承しました。本日は船出に備え、しっかりと気概を磨かせていただくであります」
うーむ、こうして慇懃な口調のホクトと会話していると自分が責任ある立場の人間になったかのように錯覚してしまうな。
それにしてもホクトはスタイルがいい。筋肉質な上に手足も長い。
戦闘要員として雇ったわけじゃないが、これなら武器を持たせてもいい線いくんじゃなかろうか。多分だけど鎧も装備できそうだし。
俺が使っていて頭打ちになったものはホクトに渡していくとするか。
そんな計画を立てながら帰宅し、先輩であるミミに会わせる。
「わあ、とても格好いいお方ですね」
ミミはホクトの風貌を見るなりそう呟いた。
「ミミといいます。今日からよろしくお願いしますね」
「これはこれは、自分なぞにはもったいない丁寧な挨拶を。おっと紹介が遅れましたな。我が名はホクト。共に主殿を盛り立てていきましょうぞ!」
真面目すぎるきらいはあるが、案外コミュ力が高いほうだな、ホクトは。
もし奴隷二人のソリが合わなかったらどうしたもんかと内心案じていたのだが、杞憂だったか。
「さあ主殿。明日からの旅路に備えて休みましょうぞ。今日の睡眠は明日の精気。よき眠りがよき一日を作るのであります」
今日はもうやるべきこともないし、そうするとしよう。
「あー、でも、ホクトの寝る場所がないな……」
「いえいえ、お気遣いなく。自分には毛布があればそれで十分すぎるほどでありますよ」
ホクトがそう言うので、探索に出る時に使っている毛布を渡す。どうやら床で寝るらしい。
木板の床に寝転がるホクトを見てると、なんかめちゃくちゃ申し訳ない気分になるな。今日一日だけ我慢してもらうか。泊まる宿は大きめの部屋を取らないと……。
「む、主殿はミミ殿と同じベッドで寝るのでありますか」
「そうだけど」
いつものように一枚の布団に入る俺とミミの様子を眺めたホクトは、なにやらぽかんとした表情をして、それから慌てふためき始めた。
「い、いえ、これは失礼つかまつりました。自分は石になっておくであります…」
と言って、毛布に包まって背中を向けるホクト。一瞬覗いた顔は赤くなっていたように思える。
「……ええと、なしで」
気まずくなった俺はミミにそう小声で伝える。
「分かりました。それでは、シュウト様、おやすみなさい」
ミミが俺の肩だけを抱いて眠りにつく。
これは頻度を下げざるを得ないな。
悶々としながら寝た翌朝。
「や、これは快晴でありますな! 出立の日にふさわしい天候であります!」
自宅を出た途端にホクトがそう快哉を叫ぶくらい、雲ひとつない晴れ模様だった。俺は日光を浴びても大して元気にならないタイプだが、ミミとホクトはどちらも気持ちよさそうにしている。
まず向かった先は各種牽引車を販売している業者の店だ。
町の南端にあるそこには木製車両がズラッと並べられている。管理しているおっさんのところに、俺は商談を持ちかけにいく。
「荷馬車を買いたいんだ。これから旅に出るんだよ」
「軽々と口にするがな、馬は維持が大変なんだぞ? それよりは人の力で引っ張れる荷車のほうが……」
「いや、馬っていうかこいつが引く」
俺はかたわらに立つホクトを指差した。ホクトは表情、というか眉をより一層キリリとさせ、俺とおっさんの両方に気力のみなぎりをアピールする。
「獣人か……本物の馬よりは劣るが、それなら荷馬車を引けなくはないな」
「そんじゃ、ちょうどいいのを売ってくれ。見た目は気にしないぞ」
おっさんに選んでもらった荷馬車は数ある中でも一番小ぶりなものだった。小さい、といってもそれは馬で引く場合を基準にしただけで、フルに積んだ状態のこれを人間一人が引っ張るにはかなり厳しい。
ホロとそれをかけるための柱がついており、雨風にも耐えられる仕様になっている。
「言っておくけど、積載重量に余裕があるからって荷台には乗らないほうがいいぞ。野盗に遭ったら対応が遅れるからな。最低一人は護送役としてついたほうがいい」
「む……じゃあ少なくとも俺はちゃんと歩くしかないか」
後方支援が主な役割のミミではダメだろうから、剣を武器にした誰かが前に出ていないとならない。
かといってホクトに武装させるのは一人で背負いこむ仕事量が多すぎる。
しんどいが、仕方ねぇな。また気を抜いて下手こくわけにもいかないし。
他にも荷馬車の使い方を簡単に教わった後、俺は料金の九万と3000Gを払って出発前最後の買い物を終えた。
一度自宅に戻って荷物を積みこむ。
金と食料はもちろんのこと、溜まっている未使用素材やら探索用アイテムなんかも。
家具類はすべてそのままにした。しばらく家は空けるだけで売却するわけじゃないしな。ベッドがあれば野宿で便利だろうけど、さすがにかさばりすぎだわ。
「で、問題はこいつだな……」
俺はツヴァイハンダーを手に取り、悩む。
正直これを背負い続けて長々と歩くのは辛い。
一般道には魔物は出てこないし、移動中は武器とか積んでおけばいいじゃんと考えていたが、そうもいかないらしい。規則があるから同業者に襲われることはなくても、野盗に対する自衛手段は常に用意しておく必要がある。
となれば、久々にあいつの出番だな。
「頼むぜ、久しぶりによ」
俺は護身用としてカットラスを腰に差すことに決めた。
うわ、軽っ。
数週間ぶりだからか感動するな、この軽さは。
威力はツヴァイハンダーには負けるが、遠距離攻撃もできることだし、魔物相手でなければまだまだ現役でやっていけるだろう。
ツヴァイハンダーは荷台の前方に載せておき、キツそうなら機を見て持ち替えるとするか。
「んじゃ、行くかー」
もうちょいこの部屋でダラダラ過ごしたかったという気持ちもなくはない、というか相当あるのだが、引越しを決めたからにはやらないとな。
それに大した娯楽もなく過ごすよりは、旅でもしてたほうがマシだろう。
狭い家より広い屋敷。その目標と共に俺はミミとホクトを連れ、自宅を後にした。