俺、勧善する
休みすぎると働きたくなくなる病気が発症するので、俺は翌日からきちんと斡旋所に足を運んだ。
装備もかなり整ったので、万全の状態で依頼に臨める。付近の探索をするにあたってはなんの問題点もなくなっていた。
というか攻撃面が強すぎて、新たな防具の真価はまだ発揮できていないのだが。
そんなある日のこと。
「しっかし、まあ……」
俺は受付で依頼一覧表を見せてもらいながら、音を上げそうになった。
どれもこれもめんどくせー。
バッサバッサ敵を倒すだけで終わり、みたいな依頼はなく、採取に採掘、調査に運搬、といった単純作業を要求するものばかりだ。
だがこういう仕事をこなさないと俺のランクは上がっていかないのが実情。
人の評価を金で買うことはできない。一個一個コツコツと達成していく以外に名声を高める手立てはなく、さっさとステップアップしたい俺にとってネックになっていた。
金は天下の回り物、とはいうのに、金で解決できない問題が多すぎるわ。
いや、やろうと思えばできなくもない
以前こんなアイディアを考えついたことがある。
たとえば今出ている求人広告だが。
『薬草三十個募集! 報酬300G 薬屋店主まで』
『規定量の鉄鉱石の納品 報酬1000G 製鉄所一同』
『湖畔にいる仲間に食料を宅配してきてくれ 報酬3000G とある冒険者A』
こんな具合になっている。
ではここで次のような依頼が出たとしよう。
『薬草三十個募集! 報酬500G byシュウト』
『鉄鉱石の納品 報酬1500G byシュウト』
『湖畔にいる仲間に食料を宅配してきてくれ 報酬4000G byシュウト』
どうなるか。当然、同じ仕事内容で給料の高い下に冒険者は飛びつくだろう。
その間に俺が上記の依頼群を受注する。
要するに、俺の代わりにやってきてもらうわけだ。
冒険者は多めに金をもらえてハッピー。
俺は金を名声に変えられてハッピー。
依頼者は特に問題なく頼みごとが遂行されるからもちろんハッピー。
幸福の連鎖である。
金を犠牲に名声を二重取りするという画期的な手口。この逆中間搾取とでも呼ぶべきシステムは一見完璧に思える。
が、しかしだ。それは全部が機械処理されているなら、の話。
実際は欠陥しかない。
こんな意味不明な金の使い方をする俺が周りの人間から不審に思われないはずがないだろう。斡旋所内での地位を高めないといけないのに、逆に不信感を抱かれる結果になる。
なにより、俺の昇格決定権を持つサダのおっさんに悪印象を持たれたらすべて終わり。だというのに既にあるものとかぶりまくった依頼を俺が出し続けたら、いくらなんでも怪しまれる。
重ねて言うが俺は奴隷のミミ以外にはスキルのことを明かしていない。
なんで平気で無駄遣いができるんだ、という話になったら資産家の息子設定を追加しない限り答えようがないのに、アホみたいなバラ撒きなんてやってる場合じゃない。
結論。
真面目に働け。
「シュウト、どれを受ける予定だ?」
こっちの思惑を知らないおっさんは「好きに選びたまえ」とでも言いたげなニヤケ面をしている。
「ええと、そうだな……」
仕方ない、今日は森に行くついでに薬草採取でお茶を濁すとして……。
その時。
バタン! という盛大な音と共に斡旋所の扉が開いた。
次いで、ドサッ、と力なく倒れこむ音。
人だ。傷を負っている。ざわざわという動揺の声が段々と室内に広がっていく。
「ケビン、どうした!?」
おっさんが名前を呼びながら慌てて駆け寄った。その様子を見る限り、倒れた男はここに登録された冒険者であるらしい。
だがその装備は剥ぎ取られていた。
「……盗賊だ、剣と盾を奪われた」
ケビンという男は声を絞り出してそう言った。
「ゲホッ、湖畔からの帰りで消耗しているところを襲われた……しくじったぜ」
「じゃ、じゃあ、強盗ってことか?」
傍観していた俺も思わず聞いてしまう。無茶苦茶やりやがるな、盗賊ってのは。
「あ、いや、この傷は湖畔で鳥の魔物にやられたものだ。……元々弱っていたから武器を差し出せと言われても抵抗できなくて」
「へっ? だったら盗賊にはやられなかったのか?」
「ああ。刃物で脅されはしたが」
「金は?」
「無事だ」
なんかキナ臭くなってきたぞ。
ケビンの傷はよく見たら、そんなに深手ではなかった。血もとっくに止まってるし。
「……まさかとは思うが、入り口でぶっ倒れたのは腹が減ってたからじゃないだろうな」
おっさんが指摘すると、ケビンはぎくりとした表情を作る。
「し、仕方ないだろ! いつまで経っても食料が送られてこないし……だから帰ろうとしたんだからな! そのせいで運悪く盗賊と出くわしちゃったしよぉ!」
ああ、表にあった宅配依頼の受取先ってこいつだったのか。
あの依頼、人気なさそうだったからな……わざわざ遠い湖畔にまで行きたくないし。
「お前なぁ、だったらあんなに派手に倒れるなよ。俺もギルドにいる連中も余計に心配しちまっただろ」
「うっ……ちょ、ちょっと同情を買いたかったんだよ。俺地味だし……こういう時くらいしか目立つ機会ないし……」
皆呆れる。俺も。とはいえ、盗みにあったというのは紛れもなく事実らしい。
「まあしかし、大した怪我がなくてよかった。それにしても金も命も奪われなかったということは……賊は賊でも盗賊ギルドの仕業と見て間違いないな」
思い悩んだ顔つきをするおっさん。
「盗賊ギルド? なんだそれ。ってかそんないかにもやばそうなのが野放しにされてるのか」
「勝手にギルドを名乗ってるだけで認可はされてないけどな。だから横の繋がりなんてものはなくて、各地方ごとにバラバラで存在している」
それだけ聞いたらカラーギャングとか暴走族みたいだな。
「うちの地方にいる奴らは……確か、『モノを盗む』以外のことはやらない主義とかだったか。隙をついて武具や貴重品を奪っていくだけで、それほど暴力的な手段には訴えてこないはず」
怪盗かよ。いやどっちかっていうとスリか。
「ただ被害が出ていることには変わりないからな……天災みたいなもので、頭痛の種だよ。できることならさっさと解体してやりたいんだが」
「ふーん。でもまあ、武器を取られる以外に何もされなかったんだからマシじゃないか。今回はツキがなかったと諦めて、また明日から頑張るしかねぇな」
俺なりに慰めてみたのだが、当事者であるケビンの怒りはさすがに収まっていない。
「よ、よくなんてあるか! あの剣と盾には俺の三ヶ月分の食費を注ぎこんでるんだぞ! せっかく奮発していいものを揃えたのにそう簡単に諦められるか!」
「取り返す気か? お前一人で?」
「うっ……そ、それはちょっと難しいけども」
おっさんの言葉に口籠もるケビン。
「そもそも、連中は根城をコロコロ変えているからなぁ。取り返しに行こうにも今どこにいるかなんて分からないじゃないか」
「それは足をつかめてる! 去り際に『洞窟まで帰ろうぜ~』とご機嫌で喋ってた奴がいたからな」
とんでもないマヌケだなそいつ。よくこれまで悪党やってこれたな。
「洞窟? このあたりで洞窟というと……鉱山近くにある縦穴か。なるほど、あそこは坑廃水が流れ込んでくると噂だから、誰も近寄らないわな。ちゃんと補修さえしてしまえば身を隠すにはうってつけってことか」
一人納得するおっさん。
対して、俺はあることを考えていた。
「そうか。よし、ケビン。お前今から奪還依頼を出せ。俺がそれを受けて行ってくる」
「はあ?」
俺の言葉に、まずおっさんが驚いた。
「正気か? シュウト」
「俺はふざけてなんかいないさ。ってか、そんくらいやらないと俺はいつまで経っても評価が横ばいのままだろ。たまには同僚の役にも立ってくるぜ」
スキルをひた隠しにしている俺は、ここの人間とはほとんど交流を持っていない。
信頼を勝ち取るなんて行動で示すくらいでしかできないからな。
稀にしか来ないチャンスを逃していたら、いつまで経っても下っ端のままだ。それに俺の性分的にもコツコツやるより一気に稼げるほうが合っている。
「急いだほうがいいだろ、ケビン。早く出してくれ」
「でも報酬が……」
「いらねぇよ。そんなの払うくらいならお前も買い戻すだろ? だからいらねぇ」
善意でもなんでもなく、マジでいらないからな。
渋々……というほどでもないが依頼人となったケビンは形式として10Gだけ報酬を設定し、俺がすぐに受注した。
「……危険だぞ」
「分かってるよ」
念を押してきたおっさんにそう答えた。
危うい賭けかも知れないが、よくよく考えてみれば、弱った冒険者しか襲撃できない時点でそんなに戦闘力に長けた集団じゃないだろう。
大体強かったら普通に冒険者としてやっていけてるだろ。そう恐れるもんじゃない、はず。
ま、今の俺はなんといってもフル装備だしな。
「そうだ、取り返してくる、とは言ったけど」
現場に向かう俺は扉の前で一旦立ち止まり、こう置き台詞を残してやった。
「別に潰してきてもいいんだろ?」
カッコよく決めたつもりだったが、頻出のフラグ発言だったことに後から気づいた。