俺、新調する
前進、だなんてポジティブなことを言ったはいいものの、企業戦士に休息が必要なのと同様に、冒険者にもたまの休暇が必要だ。
ジャングルから帰ってきた翌日に出勤しろだなんて鬼にもほどがある。
現代人には癒しと潤いがないとな。
「大分お疲れのようですね。お休みになられますか?」
と帰宅直後に癒しと潤いの化身であるミミも気遣ってくれたので、甘えさせてもらうことにした。
いろいろと。
で、その明くる日のこと。
俺は日程をまるっきりオフにして、新たな装備品の作成に着手することに決めた。
もちろん使用素材は密林で獲得した二つの品々である。古木の枝にクジャタの毛皮。どちらもめったに手に入らない良素材だという。
ジキの置き土産、ありがたく有効活用させてもらうか。
「魔法は覚えられたか?」
「回復魔法はもう大丈夫だと思います。ですが、他二冊は……」
ミミは「不勉強ですみません」と謝ったが、別に責めるようなことでもない。むしろこの短期間で一冊理解してくれただけでも喜ばしい成果だ。
となれば古木は防具に使うか……ただ、繊維なら短い枝の寄せ集めでも用意できる。
せっかくの一本モノなんだから立派な杖に昇華させてやりたいところだ。
古木の枝はしばらく保留にしておくとして、次。
「毛皮か……」
濃い茶色が特徴的なクジャタの毛は、やたらモサモサとしている。羊ほどではないがバッファローのそれでもない。
革をなめすのには時間がかかると口酸っぱく言われたので、紡いで毛糸にしてもらおうか。
アウターはベストがあれば十分だろう。ごく一般的に流通してる蜘蛛の服だといい加減キツくなってくるし。そろそろ買い替え時だな。
というわけで服を作ってもらうことに決定。
「だとしたら、あの工房に行くしかねぇな」
久々にオカマに頼るとしよう。
裁縫職人のおっさんの店は町のド真ん中にある。
おっさんの腕が評判なのか知らないが店内は大層繁盛していた。しかも女性客の比率高め。まあこれは男物の防具の主流が鎧だからというのもある。
「デザインがいいからよ」
とおっさんはウィンクしてきたが俺はそれを素早く回避。即座に体勢を立て直す。
「それより、たまげるようなものを持ちこんだわねぇ。これ、クジャタのでしょ? 南のジャングルの奥深くまで行かないと出会えないはずだけど」
「やり遂げてきたってことだよ。それよりだな」
「分かってるわ。これでベストの下に着る服を作ってほしいんでしょう」
おっさんは俺の委託内容をサクッと言い当てる。
「そのベスト、いいものじゃない。着替えるのはもったいないわ」
プロの目からすれば良品は一発で見極められるらしい。
「服にしてもらいたい、ってのはそうなんだけど、うまくできるのか? これ、結構硬いぜ?」
「伸縮性のない素材だけど、ウールのシャツに編みこめば問題ないわ。ズボンも同じね。身体機能を高める魔力があるから薄く軽く仕上げても効き目はバッチリよ」
「ほう」
「ただし、肌触りはちょっと落ちるけどね」
多少ゴワゴワするくらいなら許容範囲。貧弱な俺のボディを守ってくれることが最優先だ。
俺は正式に服の注文を行う。
「それじゃ、寸法を測るわね。一度こっちに来てくれる?」
オーダーメイドなのでおっさんに採寸してもらう。一瞬も気が抜けなかった。
「はい、これでサイズチェックはおしまい。後は任せておいて。今がちょうど十一時だから……午後の二時にはできるかしら」
ん? 随分早いな。
剣は一本作ってもらうのに二日はかかったのに。
「機織機も紡績機も今時は魔力でチョチョイのチョイよ」
「鍛冶や革細工とは違うんだな」
「単純に動作スピードを上げるだけだもの。でも最後の仕上げは私がやらないと細かいニュアンスが出ないから、その分の時間だけちょうだい」
ふむ。なら全面的におまかせするとするか。
手の空いた俺は、これといって目的もなく市場をうろつく。
密林で稼ぎまくったおかげで資金にはかなり余裕がある。
一泊二日のサバイバルで百万G。過酷ではあったけど涎が出そうになる見返りだ。なんか治験みたいなことをやった記憶もあるが、百万Gの前では霞む。
「なにか、お宝でも転がってねーかなー」
謎肉の丸焼きの切り落としを挟んだパンを頬張りながら、手当たり次第にその辺の店を見て回る俺。ごく稀に掘り出し物が埋もれているかも……という淡い希望を抱いて。
ま、そんな都合よくあるわけないんですけどね。
これといった収穫もなく三時間ぶらぶらしたのち、裁縫工房へ。
「できたわよ」
できていた。
「お、おお……こいつはすげぇ」
まず最初に見せてもらったシャツは、ほんのり色あせた白。大人の色合いである。
蛍光ブルーの刺繍が腕の部分に施されている。中々カッコよろしいが原理が謎すぎる。
「これ、どうやってんの?」
「クジャタの毛はテンションをかけると青く光るのよ。そこで性質を固定したの。あとはそのまま刺繍したってわけ」
手がこんでるな。
刺繍そのものもかなり緻密で、高級感に溢れている。
一方でズボンは元の毛皮と同じ、焦げ茶色の野性味溢れるデザインになっている。見るからに頑丈そうだが、いざ試着してみると案外柔らかい。さすがに蜘蛛糸並とはいわないまでも、支障なく膝の曲げ伸ばしができる。
「上はウール多め、下はクジャタ多めにしたわ。でもその分、シャツは刺繍用の糸で増強してあるから、トータルだとトントンってところかしら」
「そんな一手間かけなくても、普通に均等にやったんでいいんじゃねぇの?」
俺が率直に尋ねると、おっさんはチッチと人差し指を振った。
「同じ色味だと面白くないし、染めるのも安直じゃない。自然の色彩が一番よ、一番」
オシャレに仕立てつつ性能も確保。うーむ、職人芸だ。
「体温調節の得意なクジャタの毛だから、暑い時は涼しくて、寒い時は暖かいわよ」
「そいつは嬉しいオマケだな。重宝させてもらうぜ」
製作料金の8300Gを支払い、その場で着用する。
これで俺はついに、すべての装備をレアで統一したことになった。
完璧なコーディネートとなった俺は鼻高々に帰宅。
待っていたミミに自慢する。
「素敵な召し物ですね。シュウト様によくお似合いです」
手を合わせて微笑むミミを目にした俺は、着替えたばかりだというのに無性に装備を解除したい気持ちに襲われる。
勇敢な俺は鎧を脱ぎ捨て剣一本で勝負を挑むことにした。
休みの日にまでフルアーマーなのは野暮ってもんだろう、うん。