俺、探検する
密林探索二日目。
「これで通算……えーと……もうどうでもいいか」
俺は相変わらず、ジキの指示に従って付近の魔物を処理し続けていた。
取り回しの難を考えなければ、ツヴァイハンダーの圧倒的な攻撃力は実に頼もしい。触れた先から獲物を粉微塵に変えていく。
おかげで腐るほど金が貯まった。
「ジキ、目的地まではまだなのか?」
「あと少しだ。一度喉を潤す時間を取ろうか」
「や、その前にだ」
気になる点があった。
戻ってきたジキは一メートル強の木の枝を杖代わりにして握っている。
「なんだよ、その汚い枝」
「これは古木の枝だ。レア物を拾ってきた」
マジか。普通にゴミだと思った。
「でもそれ、ただの木じゃん。全然珍しいものには見えないけどな」
「どの木かは関係ない。古びていることが肝心なんだ」
解説するジキ。
「古木の枝は折ることでは決して手に入らない。一本の老樹が死に、朽ち果てて自然に落下したものでなければ実用レベルの魔力は蓄積されないからだ」
「へー、こんなボロっちい枝がねぇ……」
持たせてもらったが水分が完璧に抜けていてびっくりするくらい軽い。
そのくせまったく折れそうな気配がなく、叩くとカンカンと金属質な音がする。
なるほど、こりゃそうそうは手に入らなさそうだな。
「細々したものはオレの資金源にさせてもらうが、最も長かったこれをお前にはやろう」
「いいのか? ありがたく受け取っちまうぜ?」
「約束だからな。これだけの尺なら価値も高い。通常、市場に出回ることはまずないだろう。売りさばくなり加工するなり好きにすればいい」
ふむ、これはいい品をもらったな。
当然売却なんて無意味な使い方はスルー。
そのまま杖に仕立てるのが王道だが、裂いた繊維を服に編みこんでもらうのも悪くない。
が、しかし、長さがあるためカバンには突っこめない。
仕方ないので、逆に枝にカバンをくくりつけて肩にかつぐことにした。
「止まれ、シュウト」
先頭のジキが手をかざす。
「また魔物か?」
「ああ。それも大物だ。耳を済ませてみろ」
今回は俺にもはっきりと聴こえた。みし、みし、という大地を踏みしめる足音が。
「まず間違いなく、クジャタだろう」
「なんだそりゃ?」
「牡牛によく似た魔物だ。要注意指定まではされていないが、凶暴な魔物で知られている。油断はするなよ」
凶暴、というワードに少し尻込みしてしまうものの。
「っても、先に進むためには倒すしかねぇからな」
俺は一人クジャタの居場所へと忍び寄る。
果たして、そいつは待ち構えていた。
体型といい、ツノといい、鼻と口の突き出た面といい、確かに牛そっくりだった。問題はそれが三周りほどでかく、異常に興奮しているというだけで。
気配を察知したクジャタは俺が武器を構えるより先に突進を開始。
……速い!
反応が追いつかなかった俺はモロに直撃をくらう。ベストのおかげで致命傷には至らなかったが、それでもダメージは緩和し切れず、全身に痛みが走る。
「ごほっ……!」
一瞬呼吸が止まった。ふざけた推進力だ。
「バ、バケモンめ」
「シュウト、こっちだ!」
衝突音を耳にしたジキが俺を呼ぶ。
戦闘には干渉しない、というスタンスを貫いていたが、さすがに窮地を察してそうも言ってられなくなったらしい。
「この道を通って逃げてこい、早く!」
手招きするジキ。
一太刀も浴びせずに尻尾巻いて逃げられっかよ、とは思うが、ここは一旦体勢を整え直したほうがいいだろう。
あれだけ強烈なぶちかましをこの身に受けておきながら「じゃあもう一度」と工夫もなしに真正面から挑むのはアホくさいし、痛いのも勘弁だ。
「分かった、一度退く!」
後ろからクジャタが追ってくる足音を聴きながらも、俺はジキのところへひとまず退避。
それから振り返り、応戦しようとする……が。
「……あれ?」
クジャタはなぜか、木と木の間で動きを止めていた。ただ止まっているだけでなく、苦しそうにもがいている。
よく見ればクジャタの馬鹿でかい図体には糸が絡みついていた。
糸は縦横だけでなく、立体的に張り巡らされている。
「まさかとは思うが……あれがジキが言ってた罠なのか?」
「他に何がある」
どうやら俺がクジャタに向かっていっているうちにひっそりと仕掛けておいたらしい。にしても、あのサイズの魔物を抑えこめるくらい周到な罠ってお前。
「なるほど、そりゃあんなのに追い回されても逃げられるわな」
さすがは逃走のプロである。
「だが、そう長くは捕まえていられない。一時的な処置に過ぎない。あの膨大な膂力をもってすれば、すぐにでもすべての糸を引き千切るだろう。そうなれば奴は自由だ」
「ならチャンスは今しかないってことか……」
「なにも倒す必要性はない。このまま戦闘から離脱することもできるが」
逃げる。簡単で魅力的な選択肢ではあるが。
「やられっぱなしでいられるかよ。この剣はダテじゃねぇ」
と、その前に。
「……危ないから離れていてくれ」
念のためジキに避難を命じておく。
まあ身を案じているとかではなくドロップ品がバレないようになんだが。
俺は再び魔物へと接近。身動きの取れないクジャタは、巨躯を誇っている分狙いやすい的としか呼びようがない。
間近で改めて眺めたクジャタはありえないほど毛深かった。多少の衝撃なら吸収してしまうだろう。
ま、俺はそんなヤワじゃない。
思う存分ツヴァイハンダーの刃を叩きこんでやった。
報奨として五万Gと、焦げ茶色の毛皮をゲット。
この距離なら、ギリギリ背中に隠れて見えていないだろう。金貨をパパッと拾い上げている間にジキが近づいてくる。
「これが噂のクジャタの毛皮か。幾度となく遭遇している魔物だというのに、実際に目にしたのはこれが初だな」
「毎回逃げてるからだろ」
「無茶を言うな。オレごときが戦って勝てる相手じゃない。とはいえ他の冒険者を雇った時も討伐までには至らなかったから、シュウトが特例なんだろう」
「お、おう、そうか。その口調で褒められるとムズムズするな」
中々レアな一品とのことなので、これも町に戻ったら合成素材に使ってみるか。
密林のヌシ的存在を撃破した俺とジキは、更に前進。
途中から通路を外れ、生い茂った草むらをかき分けて進んでいく。
「こんなところを通らないと着かないのかよ……」
「弱音を吐いている余裕はないぞ、シュウト。踏破は近い。もう一息だ」
そうはいっても、そこらじゅうに伸びている背の高い植物の葉が俺の頬をかきむしってくるのがウザすぎるんだが。
不平不満は尽きないが、我慢して歩く。
やがて。
「見えてきたぞ」
立ち止まったジキが指を差す。うっすらとだが、口元には達成感からくる笑みが滲んでいた。
「遺跡だ」