俺、贈答する
依頼が満たされるのはかなり先になると踏んでいたが、どうやらそうではなかったらしい。
「お前は本当に運に恵まれてるよ。ちょうどデルガガ帰りの冒険者がいてな」
金策に励むかたわら何気なく斡旋所に顔を出してみると、望外にも注文していたブツの納品はとっくに済まされていた。
何個かあるうちのひとつを譲ってもらえたという。
採掘依頼を張り出してから四日目の朝のことだ。
「ほれ」
おっさんがカウンターの上にレアメタルの鉱石を置く。
サイズは十分。ただ。
「……これ、本当にレア物なのか?」
くすんだ黄土色をしたそれは、希少品であるという自覚がまったくなさそうな、なんとも威厳に乏しい外観をしていた。こう言っちゃなんだが、泥の塊っぽい。
「見た目小汚いんだけど」
「鑑定書をつけさせたから間違いないぞ。目を通しておきな」
おっさんが俺にペラ紙を一枚押しつける。
鑑定結果がやたら長々しくつづられており、正直流し読みするのもめんどくさいくらいなのだが、偽物にしては手が込みすぎてるから多分本物なんだろう。
文面の最後には、『土竜鉱』とある。
「竜か。中々いいじゃねぇか」
第一印象ではそう思ったが、ん? 待てよ。
「おい、土竜ってモグラだろ。全然かっこよくないんだが」
「そう外見や名前につっかかるなよ。これはかなり凄い代物だぜ。土竜鉱はちと重いが、極めて丈夫で温度変化に強いレアメタルだ。宿っている魔力は地属性。防具に適している素材だが、武器に使っても面白いだろうな」
「重いのかよ……」
贅沢になるが、できれば違うものがよかったな。
「シュウトみたいなモヤシにはこのくらいのほうがいいだろ。振ってるだけで筋トレになるからな。どんどん鍛えて立派な冒険者になれることを祈ってるぜ」
おっさんは腕を組んで愉快そうに笑っている。目にかけてくれてるのは分かるが、ありがた迷惑もいいとこだ。
とはいえ最上級の品質であることは確からしい。
使いこなせれば凄い戦力にはなるだろう。
「よし、次はこいつの加工だな」
ズシリとくる鉱石を抱えながら俺は浮かれ気分で鍛冶屋を訪ねたのだが。
「すぐには無理だぞ。冶金して製鉄して鋼にして、そこからようやく鍛冶の工程に入れるんだからな。明日の夕方取りに来い」
「そんなかかるのかよ!」
「当たり前だ。これでも魔力炉の助けを借りてるから短縮されてるほうだぞ」
少なくとも今日持ち帰ったりはできなさそうだ。
「それにしても、どういうルートでこんな上物を手に入れたんだ?」
「俺にもいろいろあるのさ。くだらない詮索をしてる暇があったらすぐにでも作業を始めてくれ」
「調子づきおって。まあ、きっかり金が支払われるんなら喜んでやるがね。それより武器の種類は決めてあるか? 様式は?」
「剣だ」
金属製の武器なんて他に握ったこともない。
「慣れてるものが一番だ。剣を作ってくれ。どういうデザインかはおまかせで」
「剣か……剣と一口に言っても……おい、戦闘中に盾は装備しているか?」
「いや、使ってないな。使う気も起きない」
かさばるし、使い方もよく分からんし。
「なのに片手剣か。もったいない真似をしやがる」
おっさんは俺の腰にあるカットラスを一瞥する。
「武器に望む要素はなんだ?」
「そりゃ、威力だな。今の武器の切れ味に物足りなくなったからここに来てるんだし。あと軽いこと。どっちかっていうとこっちのほうが重要だな」
俺の挙げた注文を逐一メモに取っている。
無骨なナリをしてるくせに、仕事に対しては真摯だな、このおっさん。これが職人気質ってやつか。
「……よし、分かった。お前にはツヴァイハンダーを作ってやる」
「ツヴァイハンダー?」
な、なんてオシャレな響き。
「両手剣だ。柄を含めるとお前の背丈よりも長くなる、特大の剣だな」
「ちょい待て。軽いのがいいって俺言ったよな? そんなでかい武器扱えないんだが」
ただでさえ重量のあるレアメタルだってのに。
危ない危ない、語感のカッコよさに騙されるところだった。とんだ地雷じゃん。
「ツヴァイハンダーは見かけの印象ほど重くはない。リーチに優れているし、両腕の力が伝わるから威力も折り紙つきだぞ」
「だからってでかすぎるわ。見かけよりはってだけで絶対重いだろ。それに俺は取り回しの悪い武器を使いこなせるほど器用じゃないぜ」
「仕方のない奴だな。なら削れるところは極限まで削って軽量化してやるよ」
「長さも頼む。俺の身長以上ってのはやりすぎ」
「要求が多いな……刀身の規格も変更しておこう」
こういったやりとりを経て、新しい剣の方向性は決まった。
「忘れるなよ、明日の夕方だ。手間賃持って受け取りに来い」
早速作業に入ろうとするおっさんは、そう釘を刺してから俺を送り出した。
しかし、明日か。
今日一日が暇になってしまったな。
当初の予定どおり今からオークを狩りに行ったんでもいいが、斡旋所で依頼の成功を知った時点で思考がオフに切り替わっている。
外部まで出歩く気になれない。
というわけで俺は一旦自宅に戻り、魔術書の勉強中だったミミを気晴らしに連れ出した。
「どこに行くのですか?」
「町中をぶらぶらとな」
もっとも、まったくの無計画かと言われれば答えはノーだ。
「ミミ、二冊の魔術書は覚えられたか?」
「回復魔法の本はおおむね理解しましたけど、でも完璧ではありません。まだ身近に持っていないと実戦の時は不安です」
「うーん、やっぱりか」
「申し訳ありません」
「いや、いいんだ。まだまだ始めたてだしな」
むしろ快調すぎる成長スピードじゃなかろうか?
だが魔術書では魔力は強化されないとのことなので、現状のミミをこの先戦力として計算するのは少し厳しい。早く杖を持てるようになってほしいのだがそうトントン拍子にはいかない。
となると、武器以外で稼ぐしかないだろう。
ヒントは俺が肌身離さずつけている熊革のチョーカーにあった。
こいつは非常に地味だが、俺の筋力を補助してくれている。
装飾品にもそうした効果があるのは判明しているから、所持金に余裕もあることだしミミの分も買ってやろうと俺は考えた。
「アクセサリーだなんて……もったいないです」
ミミは案の定謙遜したが、今後戦闘でも活躍してもらうためだと説得した。俺からすれば主人としてプレゼントのひとつくらいは贈らせてくれ、って想いもある。
で。
俺たちは装飾品店を訪れたわけだが。
「……めちゃくちゃいづらい……」
というのも、バイトっぽい立ち位置の娘が入店以来ずっとこちらを凝視し続けているからだ。ライトグリーンの髪をしたそいつはそこそこ顔立ちは整っているものの、柄が悪いというか、ヤンキーみたいな雰囲気なので、ぶっちゃけびびってる。
なのに店の感じは女子ウケするファンシーな内装と品揃えなので、俺とは裏腹にミミは純粋に胸躍らせている。
「気に入ったものはあったか? さっさと買って帰ろうぜ」
「ミミの好きなものはたくさんありました。ここは夢の中みたいなところですね。ですが、どれが魔法に影響があるものかは分かりません」
う、それもそうだな。
値段が高いものはなんとなくレアな品だと分かるが、秘められた効果までは予測できない。
店員に尋ねるしかないか……店員といえば……。
「……ミミ、聞いてみてくれ」
「分かりました。すみません、少しお話をうかがってもよろしいでしょうか」
ミミは無愛想なヤンキー娘を呼び寄せて品定めを始める。
俺は後ろのほうで空気になるよう徹した。
それでも会話は聞こえてくる。
「この辺にあるのは大体魔術師向けだよ。好きなンを買ってけばいい」
「わあ、綺麗なネックレスがあります。つけてみて構わないでしょうか」
「ん」
店員の許可を得て、ミミは金細工がきらびやかなネックレスを装着する。
あまり美的センスのない俺でも唸るくらいの傑作だった。ミミが身につけているからそう見えているだけかも知れないが、豪華さとかわいらしさを兼ね備えている。
中央に据えられた紫の小石がおそらくレア素材だな。
「シュウト様、どうでしょうか?」
「似合ってるぞ。そいつを買って帰ろう。うん」
そそくさと店を出ようとする俺だったが、財布を握っているのが自分であることに気づく。
さすがに支払いを奴隷にやらせるわけにもいかない。ってことは。
「勘定。八万と5000Gね」
「お、おう……」
妙に緊張感のある精算現場だった。
これならおっさん相手のほうがよかったな。すまんおっさんたち、いい加減他の人間が接客してくれとか失礼なこと考えちゃって。
「とてもとても素晴らしいアクセサリーばかりです。王都で仕入れたものなのでしょうか」
「ほとんどアタシが作った」
「えっ?」
聞いてもいない俺のほうが思わず声を漏らしてしまった。
まずい、めっちゃ睨んできてるし。
「何がおかしいんだよ。アタシはこの店に正式に雇われてる彫金細工師だ」
「あ、そうなのか……」
バイトじゃねーんだな。
俺はてっきり町のゴロツキが更正目的にお務めさせられているんだとばかり。
「だったらあんなにジロジロ見ないでくれよ。ちゃんとした職人なのに怖ぇよ」
「そ、それは」
なにか後ろめたい感情でもあるのかヤンキー娘は若干たじろぐような仕草をしてから。
「こ、こんな店に男が来るの、珍しいなって」
とぶっきらぼうな口ぶりのまま、伏し目がちに頬を赤らめた。
こ、こいつ。
実はかわいい奴なのかも知れない……。
とはいえ長居は無用。俺とミミは店を出て帰路につく。とりあえず、あの店に行くのに気兼ねはいらないってことは学んだ。
おっさんたち、悪い、俺はまた女っ気になびくとするわ。