俺、対面する
かなり意外だった。心細さに打ちひしがれるようなタイプには見えなかったけど。
「ヒメリ!」
名前を呼ぶ。
「だ、誰……シュウトさん!?」
ヒメリは助けに来たのが俺だと気づいた瞬間、凄まじい勢いで涙を拭い始めた。
「もう遅いっつーの」
「いや、これは……そ、そんなことよりです、どうしてシュウトさんが湖畔まで?」
「お前の救助要請が出てたんだよ。感謝しろよな、マジで」
へたりこんでいるヒメリの足には目立った外傷はないが、身動きするのも困難ということは捻挫でもしているのだろう。
ともあれ命が無事ならば、それに越したことはなし。
「しかしまあ、お前みたいな気の強い女がおっかなくて泣いてるとは予想だにしなかったな」
「ちっ、違います! 私はただ……その……」
「なんだよ」
「……お腹がすいてることが辛かったんです!」
ヒメリは顔を真っ赤にして告げた。
「はぁ?」
「これ……」
気まずそうな表情でカバンの中身を見せてくるヒメリ。
地図、コンパス、水筒、ランプ、ナイフ、ロープ、毛布、ピック……ありきたりな冒険アイテムが詰まっている。着替えのパンツもさりげなく入っていたのだが、俺は見てないふりをした。色が白だったとか、そういうのは墓場まで持っていく。
が、肝心のブツがない。
「食料、ひとつも残ってねーじゃん」
「眠れないストレスでつい……最低でも三日分は携帯していたはずなんですけど」
どうやら寝込みを襲われないよう夜通し起きていた間、ずっと食ってたらしい。
で、今日の分がなくなったと。
俺は呆れた。というか、結構余裕あるじゃねぇか。
「いけませんか」
「なにが?」
「女の子がたくさん食べちゃいけませんか!」
ヒメリは開き直ったような台詞を言ってくる。目の端に涙を溜めて。
「ふ、太ってないから、いいと思うぞ」
「そういうことじゃなくてですね……!」
よく分からんので、とりあえず持ってたパンで餌付けしてみる。
「……はあ、餓えから解放されたら気分が落ち着いてきました」
やっとか。こういうのも腹の虫が治まるっていうんだろうか。
「た、助けてくれたんですから一応礼は述べていおきます。感謝させていただきます」
「普通にありがとうって言えよ。どういたしましてくらいは返してやるぞ」
なんの意地があるのか知らないが、ヒメリは複雑な表情でごにょごにょ口籠もるだけだった。
嬉しい気持ちもなくはないのだろうが、大方俺に貸しを作られたのが不覚なのだろう。もっと素直になっとけっての。
まあこいつがどんなふうに考えてようがどうでもいい。
連れて帰るのが俺の任務だからな。
「さっさと帰るぞ。ここでまたバケモンに出てこられたらかなわんからな。立てるか?」
「いえ、まだ……痛みが」
「そうか。なら専門家の手を借りるっきゃないな。おーい、ミミ」
離れた位置にいる従者を呼び寄せる。
「こいつの手当てをしてやってくれ。まずはヒールと……他に処置しておいたほうがいい魔法があればそれも頼む」
「かしこまりました」
失礼します、とミミはヒメリに許可を取ってから足に触れる。片側の手で魔術書を読みながら、適切な再生魔法をピックアップしつつ順に施していった。
ヒメリは自分の治療を行っている女が俺の仲間であることは理解したようだが、何者かまではしばらく分からなかったらしい。が、その頭に生えている角を目にした瞬間、真っ赤な顔で、しかも妙に取り乱した様子で俺を睨んできた。
「ふ、不潔な!」
「何を想像してんだよ」
口ではそう突っぱねたが、純朴少女の妄想は概ね合っているので黙っておこう。
「終わりましたよ。歩けるようになったはずです。ですが、あまり無理はなさらずに」
「あ、ありがとうございます……ミミさん、でしたっけ。優れた魔法の使い手なんですね。おかげでくじいた足もよくなりました。シュウトさんにはもったいないくらいです」
なぜかミミにはあっさり謝意を示すヒメリ。というか、そこで俺への嫌味はいらんだろ。
「そんじゃ、依頼もすべて達成したことだし……町に戻るぞ」
日は既に沈んでいるためかなり帰りは遅くなってしまうが、今からなら十分寝床には間に合う。
復路はめちゃくちゃ疲れるだろうが、野営しないで済んだのはラッキーだった。
どうせ寝るなら布団の中が一番だよな……。
そう考えていた時、俺はどういうわけかヒメリの視点が一ヶ所に釘付けになっていることに気がついた。
ヒメリの肩はかすかに震えている。
それが何を意味するか読み取れないほど、俺はマヌケじゃない。
「……このタイミングで出てくるかね」
敵襲。
それも飛び切りの大物だ。腹を腐らせた馬鹿でかいカエルだなんて気の狂った生き物は、生まれてこの方お目にかかった試しがない。