俺、奔走する
「あの馬鹿野郎、なんですぐに撤退しなかったんだ」
「功を焦ったんだろうな。ヒメリの奴、お前への対抗心凄かったからな……最後まで倒す気で向かっていったに違いない」
おっさんが言うには、ヒメリはこれまで要注意指定の魔物を討伐したことがなかったらしい。
新参者の俺が先に成し遂げてしまったから焦燥感に苛まれたのだろう。
で、遭遇に及んだ今回張り切りすぎたと。
あの性格だ。ありえる話だな。
「高ランクの連中はドルバドル全域を転々としているからこの町には残っていない。逆によそからやってきてる冒険者にとっちゃ、うちのお家事情なんて対岸の火事だ。お前だけが頼みだぜ、シュウト」
おっさんが俺の肩を力強く叩いた。
本音を言うと、あの女とはあまり積極的には関わりたくないと思っていたが……だからって私情を差し挟むほど俺はろくでなしじゃねぇ。
「任せろよ」
俺はそう返答した。
斡旋所から離脱し、外で待機していたミミに声をかける。
「行くぞ、ミミ。結構な大仕事を取ってきた」
湖畔までの道のりはこれまでとは比べ物にならないくらい長かった。
往路で昼食を取りつつ、地図を参考に歩いていく。
結局六、七時間は歩いただろうか? 既に日が傾きつつある。
「疲れましたね……」
「……だな」
荷物が多いから俺もミミも余計に疲労している。
こういう旅を続けていくなら、いずれは力自慢の奴隷を雇うことも念頭に入れとかないとな。
「さて、へばってばかりもいられないな。明るいうちにヒメリを探し出さねぇと」
草むらに隠れているはず、と情報をもらったが、湖畔の周りには植物が多すぎてまったくと言っていいほど所在地の見当がつかない。
「邪魔くせー!」
豊かな自然がうっとうしく感じたのは初めてだ。
片っ端から探すしかないか。
しかし各ポイントを順々に巡っていくということは、敵と出くわす機会も増えるわけで。
「シュウト様、魔物です」
「分かってる。手早く済ませるぞ」
俺たちの進路をふさいだのは俺の背丈ほどもある巨大な花だ。長い二本のツルが腕のようにうごめき、根っこが足代わりとなって自律している。
小走りフラワーと命名しよう。
「うらぁっ!」
カットラスから水を溢れさせ、衝撃波を生成。いつものように初手を取る。
ダメージ自体は軽微――だがひるませることはできた。
「バッサリいくぜ!」
間合いを詰め、カットラス本体で本命の一撃を叩きこむ。硬度と鋭利さを両立した刃がまっぷたつに茎を切断し、生命力を失った魔物は煙となった。
「ざっとこんなもんよ」
十五枚の金貨と、何かの素材になりそうな葉っぱが撃破報奨として残される。
ドロップ品を見る限り鉱山の魔物よりも強いみたいだが、あまりそういった手応えはなかった。オークを倒しまくったせいか俺自身の戦闘力も上がっているらしい。慣れってのは恐ろしいな。
「凄いです。シュウト様は、とてもお強いのですね。それに……」
感情の起伏がなだらかなミミが、ちょっとだけ戸惑った顔つきをしている。
「こんなにいっぱいの金貨……なぜ得られたのでしょう? ミミはびっくりしています」
「俺は神に愛されてんだよ」
その辺にいる人間ならともかく、身内のミミに隠す意味はあるまい。
「雑魚を狩ってるだけの俺が誰よりも稼げてる理由ってのは、ま、こういうことだ。それより、急ぐぞ。ここには人の気配がねぇ」
「は、はい。分かりました」
湖を一周するように進む。
完全なローラー作戦だ。
道中出現する魔物はさっきみたいなのを更に凶暴にした植物っぽい奴、四足歩行の爬虫類っぽい奴、バタバタとやかましく羽ばたく鳥っぽい奴など、かなりバリエーションに富んでいた。
いずれもでかい。この世界の生態系の壊れ方には毎度のことながら冷や冷やさせられる。
ちなみに名前はそれぞれ食人フラワー、突進トカゲ、ノイズ鳥とつけてやった。
なるべくミミは戦闘に参加させずに、俺一人でそいつらの全部をなぎ倒していく。
疲れてきたらミミにヒールをかけてもらい、また捜索を続行。
これだけでもスキルの恩恵もあって結構な収益になった。
ついでに傷薬の材料になる薬草も拾っておく。これにはミミにも手伝ってもらった。死ぬほど退屈で地味な作業だが、収集依頼も受けているから仕方ない。
「ミミは採取も好きですよ」
とミミは草食動物のサガか割と楽しそうにするが、俺は清掃のバイトを思い出すからダルさしか感じられない。
夕陽が湖面を赤く染め始めた。
女剣士はまだ見つからない。
「くそっ、一体どこにいるんだ? ヒメリ! いるなら返事くらいしやがれ!」
俺は枯れかけた声を振り絞って呼びかけるが、反応は返ってこない。
その声に呼び寄せられたのは魔物どもである。
「め、めんどくせぇ……」
トカゲが俺へと体当たりを見舞ったが、さしたるダメージはない。慌てず騒がず、背中にざっくり刃を尽き立てて処理。次に向かってきた奴も同様に対処した。
「シュウト様」
「なんだ?」
いい加減嫌気の差してきた俺にミミが話しかけてくる。
「あちらの草場から、すすり泣く声が聞こえてきませんか?」
「泣き声?」
ちっとも聞こえないんだが。
とはいえ他にアテにできるものもないので、大人しくミミに従う。
ある程度歩を進めたところで。
「……っく……ひっく……ぐす……」
自分にもその声が聞こえた。トーンの高さからして女であることは間違いない。
え。っていうか……。
泣いてんの? あのタマが?