俺、逢瀬する
なんて清々しい朝なんだ。
スズメの鳴く声が俺を祝福するファンファーレに聴こえてくる。
「おはようございます。お目覚めになられましたか」
ベッドから出て伸びをする俺に、先に起きていたミミが朝の挨拶をかける。
「服は着たほうがいいですよ」
視線をとある一ヶ所に固めたままミミは面白おかしそうに言った。
にしても、体が軽い。
昨晩散々堪能したんだから疲れているはずなのだが、それ以上に気力の充実を感じる。
しばらくは冒険者稼業に身が入りそうだ。
それにしても、ウブだと聞いていたにもかかわらずあれとは……山羊は悪魔との結びつきが強いって話が今なら分かるな。
買い置きしてあった塩味のきついパンとワインで二人の朝食を済ませ、俺は予定どおり出発の準備を整える。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。腹が減ったら適当に干し肉でも炙って食べといてくれ」
「いつごろお帰りになられますか」
「昼過ぎには帰る。まあ十万Gもあれば足りるだろ」
「たった半日でそれだけ集まるのですか?」
「おう。任せとけ」
「シュウト様、あまり無理はなさらずにお願いしますね。シュウト様の無事が一番なのですから」
ミミはどうやら俺が怪しい仕事に手を染めてるのではないかと案じたようだ。
「そんな危ない橋は渡らねぇよ。やる度胸もないし。普通に魔物が落とす金を集めるだけだ。俺は金運だけは並大抵じゃないからな」
そう言い残して俺は鉱山へ向かった。
毎度思うが、移動の手間のほうが断然かかる。いざ鉱山で活動し始めると大した苦難はない。
サクッとオークを十体狩り、道中ついでに倒しておいたゴブリンとコボルトの分も含め懐に余裕を持たせた状態で帰還。
「おかえりなさいませ……わっ、本当にぎっしりです」
ミミはまだ半信半疑だったようだが、布袋の中でジャラジャラ鳴る金貨を目にして俺の言葉が真実であることを理解したようだ。
「町に出るぞ。買うものはたくさんあるからな」
「お供いたします。……お隣を歩いても構わないでしょうか?」
「お、おう」
まずは防具屋へ。
本当はレア素材を用いた防具を手に入れられればベストなのだが、俺と違って才能のあるミミはそこまで高性能な品を必要としない。
とはいえ、できる限り品質のいいものを買ってやりたいところだ。
「そちらのお嬢さんは……獣人か。お前さんも中々どうして隅に置けないなぁ」
「うるせぇよ。そんなことより、ローブを見せてもらえるか?」
鎧をまとえるほどミミは体力の面で優れているわけじゃないので、ここは魔法使いらしくローブ一択だろう。前衛は俺、後衛にミミ。完璧な布陣だ。
「ローブだったら、あそこに吊ってるので全部だ。狭い店だがゆっくり見ていきな」
店主のおっさんが指差したスペースでは多くのローブがごちゃ混ぜになっていた。
「値段もピンキリだな……なあおっさん、高けりゃ高いほど上物って考えていいのか?」
「基本的には」
だとすれば、大分候補が絞られてくる。
値札を参考に何着かリストアップした。デザインはバラバラだし、触った感じ生地にも違いはあるが、売値はどれも似たようなものだ。
「ミミはどれがいい?」
「シュウト様が与えてくださるものなら、なんでも好きになる努力をします」
「そういう答えは困るんだよ……俺の美的センスにゆだねないでくれ」
なにせ現代ではバイト先の制服以外だとジャージかスウェットくらいしか着たことがないくらい、俺はファッションに無頓着な人間だ。
なんとか説得して本人に選んでもらう。
眠たげな瞳に僅かながら真剣みを帯びさせて、ローブを物色するミミ。こういう姿を見ると女の子だなーと思わされる。ベッドの中の次くらいには。
「ミミはこれが気に入りました」
彼女が手に取ったのは鮮やかなパステルブルーが眩しい薄手のローブだった。
淡色だし、白い髪をしたミミによく似合うと思う。多分。
「目が高いな。そいつは植物由来の繊維をふんだんに使った最新型だぜ。丈夫さでは少し劣るが、動きやすさはピカイチだ。風通しもいいから涼しいぞ」
「分かった。これを買っていこう」
俺は十二枚の金貨をカウンターに詰む。
「ここで装備していくか?」
おっさんがお決まりの台詞を口にする。
「そうしたいのはヤマヤマだが、エロ親父はあっち向いてろ」
「なんだ、お前さんは見てても許される間柄ってことか。これはこれは」
「ニヤニヤすんな。いいから壁でも眺めてな」
俺はおっさんが振り向かないか小まめに監視しつつ、ミミが着替え終わるのを待つ。
「……どうでしょうか」
真新しいローブを羽織ったミミは魅力が数段増していた。
胸元がまったく開いていないデザインだからか、清純な印象を受ける。
「あ、ああ、似合ってると思うぞ。なんていうかこう、知性みたいなのを感じる」
「ありがとうございます。奴隷である自分に、こんなにも素敵なローブを与えてくださったシュウト様には感謝の言葉も尽きません」
ミミが頭を下げる。こうやって改まられるとどうにも照れ臭い。
次いで武器屋を訪ねる。
ここの店主はいつも座って眠そうにしているから、いちいち大声で話しかけないといけないのが面倒くさい。
「しっかりしてくれよ。今日はちょっと頼みがあって来たんだ」
「なんだね?」
「魔法を使うのに適した武器が欲しいんだよ。あー、別に俺が使うってわけじゃなくてだな、こいつに持たせたいんだ」
俺がおっさんにミミを紹介すると、二人して眠そうな顔のまま挨拶を交わす。
なんとも気の抜ける光景だ。
「魔法ねぇ。定番は杖だけど、魔術書や水晶なんかも人気だね。魔法の心得が十分なら杖が一番いいけども、そうでないなら魔術書を持って戦ったほうがいいかな」
「どうしてだ?」
「本は魔力を増幅してくれたりはしないけど、やり方を読みながら魔法を使えるから勉強の手間が大分省けるんだよ。暗唱できるようになったら用済みだけどさ」
カンペみたいなもんか。
「よし。じゃあ回復魔法が載ってある魔術書を売ってくれ。ミミにはまずヒールとリペアを使えるようになってもらわないとな」
「それだけでいいのかい? 将来性を考えれば攻撃魔法も習得させるべきだと思うよ」
「んー……せっかくだしそっちも買うか」
教材を兼ねるからか魔術書はただの紙のくせにやたら高く、二冊で四万と9000Gもした。
痛い出費だが……必要経費なので仕方ない。
恐ろしいことにこれで基礎中の基礎の教本だというのだから、レベルの高い魔法を覚えさせようと思ったら相当金を食いそうだな。
「一生懸命学びます」
魔術書を抱えるミミはあまりやる気のある表情には見えないのだが、どうなることやら。
まあ普段からこのぽけっとした顔つきではあるが。
とにかく、これで差し当たりの装備は整った。
残った費用で雑貨屋に寄り、斡旋所のおっさんのアドバイスに則って湖畔での野営用にテントとランプ、そして燃料を購入。
更に市場で食料を買いこんだ頃には、すっかり日が暮れていた。
「腹減ったな……」
そういや昼は食ってなかったな。や、それより。
「ミミ、飯でも食いに行こう。まだ金は残ってるからちょっとくらい贅沢しようぜ」
昨日契約を結んで以降、まだミミに温かい食事を取らせてないことを思い出した。
「ミミなんかにごちそうだなんて、そんな」
「どんだけ謙遜しても連れて行くぞ。そもそも俺自身がすぐにでも何か腹に入れたいんだからな」
奮発して今までよく行っていた飯屋よりも、ワンランク上の店に入る。
真っ赤なレンガ造りの小洒落た店だ。
外食するたびに感じさせられるが、相変わらずメニューが意味不明すぎる。見慣れない料理名しかない。かろうじてパンとアルコール類だけが認識できる。
「なあ、この料理何か知ってるか?」
「いえ……不勉強でして」
案の定ミミもよく分かってない。
ここは奥義、『勘』を発動させる。
なんとなくで頼んだところ、運ばれてきたのは大量の腸詰めだった。上に溶かしたチーズがこれでもかってくらいかかっている。
次にひんまがった形をした野菜の酢漬けがテーブルに置かれる。箸休めってか。
とりあえず腸詰めの一本にフォークを突き刺す。
「……う、うめぇ!」
パキッと音の鳴る理想的な茹で加減だ。この肉厚さが頼もしい。例によってなんの肉かは謎だが、うまいのであまり深く考えないようにしておこう。
チーズの塩気もいいじゃないか。
俺はエールを、ミミは酸味の利いたシードルを注文していたが、どちらにも合いそうだな。実際に俺がグビグビやってるエールとの相性は百点満点中百三十点はある。
「とてもとてもおいしいです。こんなに幸せな食卓は初めてかも知れません」
腸詰めを頬張るミミはとろんとした表情をしている。
うむ、連れてきて正解だった。この感慨が金貨一枚で買えるとは安いもんだ。
帰宅後、俺たちは今日の戦利品を一度並べてみる。
ローブに魔術書、湖畔での必需品……最低限の準備はできたか。
「シュウト様、ミミはしばらく魔法を勉強させていただきます。先にお休みになってください」
安心して就寝しようとする俺にミミがそう告げた。小さなロウソクの火だけをつけ、夜中まで『初級再生のグリモワール』と表紙にある魔術書を学習するつもりらしい。
「寝ないのか?」
「しばらくしたらミミも眠ります。ですが、早くシュウト様のお役に立ちたくて」
ミミの決意は存外に固い。
少し残念だったが、せっかく乗り気でいるところに水を差すのも悪い。それに「役に立ちたい」なんて健気な台詞を聞かされたら「そ、そう」みたいなドキドキした返事しかできないじゃないか。
やむなし。一人で寝よう。
俺は瞳を閉じ、明日からのミミとの冒険に想いを馳せていた。