8 役割
「久世くんは、何者なの?」
色々と疑問はあったが、沙羅が最初に口にしたのはそれだった。
マイペースなことを除けば至って普通の高校生だと思っていた灯夜が、魔術師の一団を、それを上回る魔術で撃退したのだ。質問せずにはいられない。
「面倒だから、ざっくりでいいか?」
灯夜はいかにも気怠るそうな返事を返した。
「……出来れば一から十まできっちり説明してもらいたけど、要点を抑えてくれるのなら、それでもいいよ」
魔術に関する専門的な話を聞いてもどこまで理解出来るか分からないし、そもそもマイペースな灯夜が何から何まで全てを説明してくれるとも思わない。だったら始めから、要点だけを抑えて簡潔に説明してもらったほうがいいと沙羅は判断した。
「とりあえずは俺の役割から説明しようか……面倒だけど」
「面倒は禁止、最低限の説明くらいはしてよ。襲撃された以上は、私だって無関係じゃないんだから」
早くも説明を放棄しそうな様子の灯夜を、沙羅はたしなめる。
「……俺は、この街の警備に協力してるんだ。あくまでも臨時だけどな」
「臨時で警備?」
「そうだ。この真名仮市には、物騒な一面もあるんだよ」
「どういうこと?」
沙羅は首を傾げた。引っ越して気ばかりということもあり、この街にそんな印象を抱いたことは無かった。
「高濃度マナ発生地域だからな。他の場所よりも、自然と魔術は強力になる。それをいいことに、魔術を悪用しようとする危険な輩もいる。そこで気絶している奴らとかな」
「確かに、私も襲われそうになったけど」
「危険ってのは、魔術に限った話じゃない。この街ではマナを利用した様々な技術が開発されているし、何よりも国内のエネルギー産業の要だ。テロリストやスパイの標的にされる可能性も十分考えられる。そのための警備だ」
「でも、何で久世くんが?」
真名仮市の置かれている状況については理解出来た。だが、それだけ重要な場所であるのなら、警備を行う専門の部署のようなものが存在するはずだ。臨時とはいえ、学生である灯夜がそれに参加しているとうのが、沙羅には少々疑問だった。
「あまり認めたくはないんだけど、俺の戦闘能力って、この街でもけっこう高い方らしくてな。有事には、何かと役割が多いんだよ……」
「そういえば、さっきの左腕は?」
戦闘能力というワードを聞き、沙羅の頭に真っ先に浮かんだのは、灯夜の左腕のことだった。殺す気で襲い掛かって来た三人の魔術師を返り討ちにした左腕。何よりも気になったのが、その左腕が白衣の賢者の物で、尋はそれを貰ったと言っていたことだ。
「悪いがその件に関しては、パス。絶対に話が長くなるから」
灯夜は胸の前で腕をクロスさせてバツ印を作ってみせた。語りたくないという明確な意志|(話すのが面倒くさいから)が感じられた。
「むしろそこが一番重要でしょう!」
沙羅は灯夜に詰め寄る。あんな魔術戦を見せられ、話しを聞かないままでは終われない。
「……俺だって戦いで傷ついているんだ。今は勘弁しろよ」
灯夜は疲弊しているような声色で言ってみせたが、無傷な上に息すら切らしていないので、説得力の欠片も無い。
「……分かった。今日は聞かない」
少しむくれた表情で、沙羅は渋々了承した。助けてもらった以上、あまりしつこく質問するのは躊躇われた。
「この人達は何者だったの?」
沙羅に今分かっているのは、男達が魔術師であるということと、自分を誘拐しようとしていたことの二点だけだ。
「詳しいことはまだ分かってないんだが、どうやら連中、この真名仮市で何かをやらかそうと企んでいるらしい。お前を狙ったのも、おそらくはそれに関係あるんだろう。昨日捕まえたこいつらの仲間も、計画がどうとか言ってたしな」
「昨日も戦ったの?」
「ああ、短剣使いとな。夜中だったから寝不足で」
「だから教室であんなに眠そうだったんだ」
沙羅は思わず納得し、ポンと手を叩いた。そういう理由なら、自己紹介の時に寝ていたのも、しかたがないのかもしれない。
「いや、いつもあんな感じだぞ」
「そうなの……」
沙羅は言葉を失った。灯夜は疲れていただけで、あの時も悪気は無かったのだろうと勝手に納得していたのだが、それは淡い幻想だったようだ。
普段より眠かったのは間違いないだろうが、学校での振る舞いは灯夜にとってはあくまで平常運転だ。
「でも、何で私が狙われたんだろう?」
灯夜も男達の目的については詳しくは分かっていないと言っていたが、狙われた身としては、相手の目的すらも分からない状況は気持ちが悪い。
「それはこれからじっくり調べるさ」
得意気に言うと、灯夜はズボンポケットから携帯端末を取り出し、どこかへと電話をかけだした。
「――――また変な奴らとやりあったからさ、調べるのも手伝ってくれないか? 場所は倉庫街の、研究区画近くの路上。それじゃあ、待ってるから」
要件だけをざっくりと伝え、灯夜は通話を終えた。
社交辞令や遠慮する様子が見られなかったことから、電話の相手とは、そんなに堅苦しい関係では無いらしい。
「親し気だったけど、誰と話してたの?」
「お前も知ってる奴だよ。もう一か所電話するところがあるから、少し待っててくれ」
「私が?」
引っ越してきて間もない沙羅にとって、この街での知り合いというのは限られてくる。いったい誰のことなのだろうか?
沙羅がそんなことを考えている間に、灯夜はすでに二件目の通話を始めていた。
「――――怪我してないかって? 大丈夫だって、昨日だって無傷だっただろう。心配性し過ぎだって瑠璃ちゃん。それじゃあ、最初に伝えた場所で待ってるから」
灯夜は二件目の電話を終えた。何故だかさっきの電話の時よりも笑顔だ。
「何だから嬉しそうだね」
「そ、そうか」
声が裏返っている上にやはり笑っている。どこからどう見ても嬉しそうだ。
「今の電話で瑠璃ちゃんって言ってたけど。もしかして教室で話題に上がったあの瑠璃ちゃん?」
「ああ、その瑠璃ちゃん」
「どういったご関係で?」
「その説明は追々で、今は連絡した二人が来るのを待とうぜ」
「まあいいけど」
灯夜に聞かずとも、これからやってくる人物に尋ねれば済むかと思い、沙羅もとりあえずは納得する。
「どんな人達が来るんだろ」
雲一つ無い満開の星空を見上げながら、沙羅はそんな好奇心に胸を膨らませた。