4 真名仮市とは?
「凄い、魔術関連のお店がこんなにたくさん!」
市の中心地、繁華街エリアに到着すると、沙羅は興奮気味に辺りを見回した。魔術カフェに魔導雑貨店、書店には魔術書フェアの幟が立ち、極めつけにはイベントスペースで魔術を使ったパフォーマンスまで行われている。
「楽しそうだな」
「珍しいからテンション上がっちゃって」
ロウテンションの灯夜に、沙羅は目を輝かせて主張する。
魔術関連の店は東京にも存在するが店舗数は少なく、日常で目にする機会はほとんど無い。今いる一角だけでも、沙羅が東京で目にした数を上回る数の魔術関係の店が軒を連ねている。沙羅が興味を抱くのも当然のことだった。
「そういえば、東京には魔術師が少ないんだったね」
ふと思い出し、楽人が語る。魔術師人口が少なければ、それに比例して魔術関係の店が少なくなのも当然だ。
「うん。そんなに多くは無いと思う。でも芸能界には意外といたよ。前にイベントで一緒になった女優の子が、控室で魔術を見せてくれたこともあったし」
「えっ、その女優って誰?」
「流石にそれは内緒かな。公表して無い子だったし」
「そらそうか」
納得し、楽人は苦笑した。いくら沙羅が芸能界を引退しているといっても、芸能人の裏話を簡単に語るわけにはいかないだろう。
「でも本当に多いね、お店も、魔術師の人も」
「国内で最も魔術師の多い土地だもの。真名仮市の魔術師人口は約五万人。市の総人口が五十万人弱だから、単純計算で市民の十人に一人が魔術師ということになるわね」
舞花が具体的な数字を上げて補足した。本当は一桁まで数字を記憶しているのだが、今は分かりやすさを重視して、おおよその数字で説明している。
「五万人って、そんなに?」
「あくまでも申告している人の人数だから、ひょっとしたらもっと多いかもしれないわね。いずれにせよ、東京の数倍の魔術師が、この真名仮市では生活しているわ」
「噂には聞いていたけど、それってやっぱり、マナの豊富な土地だから?」
「その通りよ。何といってもこの真名仮市は、国内唯一の、高濃度マナ発生地域だもの」
マナとは、超自然的エネルギーの総称である。かつては自然界に当たり前に存在し、それをエネルギー原として魔術が使用されていたのだが、ある時期を境に自然界に存在するほとんどのマナが消失し、そのために魔術は衰退したとされる。
だが、今から43年前、突如として世界四か所の地域に同時に高濃度のマナが発生した。専門家の見解では、地上から消失していったマナが長い歳月をかけて地下空間に発生、貯蔵量が限界に達し、地上にあふれ出たのではと考えられている。そのうちの一つがこの真名仮市であり、世界の他の三つの地域と共に、高濃度マナ発生地域と呼ばれている。
それから十年を経て、マナから電気エネルギーを発生させる革新的技術が開発され、高濃度マナ発生地域を持つ日本は、一気にエネルギー産出国としての地位を確立することとなった。
マナの恩恵を受けたのは科学面だけでは無い。魔術的エネルギーでもあるマナの復活により、衰退していた魔術も再び繁栄を見せ、魔術師人口も増加した。現在では多少の物珍しさはあれど、その真偽を疑う者は無く。当たり前の存在として認知されている。
高濃度マナ発生地域である真名仮市は、科学的側面ではエネルギー生産や、マナの科学的に利用についての研究。魔術的側面では、魔術修行や術式研究の場として、それぞれ重要な役割を担う。
そのため、人口50万弱の地方都市でありながら、様々な政府機関や企業、一流の魔術師やそれに準ずる組織の集まる、国内有数の重要な拠点となっている。
「立ち話もなんだし、とりあえず座らないか?」
近くのフードコードを楽人が示し、三人もそれに頷く。
「実は、私のお母さん、マナの研究者で、四月からこの街の研究所に転勤になったの。それで私も引っ越してきたんだ」
丸テーブルを四つの椅子が囲んだ席に座り、沙羅が口を開いた。
「沙羅ちゃんのお母さん、マナの研究者なんだ。じゃあ、灯夜の姉ちゃんと同じだ」
「そうなの?」
「うちの姉貴は、地元大学の研究室所属だけどな」
「じゃあうちのお母さんと会う機会もあるかも。確か、お母さんの所属する〈NEXT〉は、地元の大学との共同研究もしてるはずだから」
「お母様は〈NEXT〉の所属なの? だとしたら、とても優秀な方なのね」
沙羅の母親の所属する〈NEXT〉は、マナのエネルギー転用を始めとした様々な次世代型の技術を研究する国内トップクラスの研究機関だ。マナから電気エネルギーを抽出する技術を開発したのも〈NEXT〉であり、真名仮市との関係も深い。
地元大学とは一部の研究を共同で行っており、灯夜の姉が在籍する真名仮工科大学もその一つだ。
「帰ったら姉貴に聞いてみるか・・・あっ、今日は泊まりか」
「研究職は泊まりが多いよね。私も後で、お母さんに着替えを届けないと」
灯夜との思わぬ共通点を見つけ、沙羅のテンションが少し上がる。灯夜と話すのもだんだんと慣れてきた。
「お互い大変だな。皿さん」
「だから沙羅だって」
どうやら慣れてきたというのは気のせいだったらしい。
「そういえば、みんなも実は魔術師だったりするの?」
舞花が言っていたように、市民の十人に一人が魔術師だというのなら、その可能性も十分ある。
「私には魔術の心得は無いわ。魔術師の知り合いは多いけどね」
最初に舞花が答えた。泣き黒子の印象や大人っぽい話し方もあり、少し魔女っぽい雰囲気を持つ舞花だが、それはあくまで見た目だけの話だ。
「俺も一般人だけど、関わりは少しあるかな。バイト先が魔術系の店で、オーナーも魔術師だから」
楽人の答えは、沙羅の好奇心をくすぐった。
「どんなお店なの?」
「ざっくり言うと、魔術関係の何でも屋って感じかな。今度遊びにおいでよと言いたいところだけど、無骨で、あまり女の子の好きそうな雰囲気の店じゃないから、おすすめはしないかも」
苦笑する楽人の様子を見て、舞花と灯夜も頷いている。二人は楽人のバイト先について承知しているようだ。
「でも、一度くらいは行ってみたいかな」
「そこまで言うなら今度招待するよ。飲食店とかじゃないから、あまりもてなしは出来ないけど」
沙羅に興味を持ってもらえたこと自体は嬉しかったのだろう。楽人も満更でもなさそうだ。
舞花、楽人の回答が終わり、残すはあと一人。
「久世くんは?」
「俺は普通の高校生だよ。真面目で勤勉な」
「……真面目?」
沙羅は目を細めた。転校生である沙羅の自己紹介の時に始まり、授業中を含めて灯夜は暇を見つけては眠っていた。真面目などと言われても、説得力に欠けた。
「まあ、力なんて無い方がいいんだろうしな」
灯夜は自身の両の手を見つめ、明るい声色で言った。だが声とは裏腹に、その表情にはどこか憂いのようなものが感じ取れた。
「久世くん?」
今までとは異なる印象に、沙羅は少し困惑する。出会って半日で言う台詞では無いが、今の表情はどうにも灯夜らしく思えない。
「ずいぶんとセンチメンタルな表情を浮かべたものだな、灯夜。ギャップも萌えでも狙ってるのか?」
「誰が萌えるのかしらね? 少なくとも、私の心には響かないわよ」
「ちょっ、お前ら酷くね!」
楽人と舞花のコンビネーションアタック? を受け、灯夜からキレ気味のツッコミが飛ぶ。声は明るく、どこか楽しそうだ。表情からは憂いが消え去り、先程の表情は、見間違えっだたのかと思わせる。
「さっきの表情は、何だったんだろう?」
誰に問うでも無く、自問するように沙羅は呟いた。見間違いということはないはずだが。
「何か言ったか、皿さん?」
「ううん、別に。あと、皿じゃなくて沙羅だと何回言えば」
名前のアクセントは早く覚えてもらいたいが、一方で、だんだんと皿呼びに慣れてきている自分が恐ろしい。
「真名仮市についても知ってもらったことだし、そろそろ街巡りを再会しない? 今日は学校帰りだし、多くは回れないとは思うけど」
「そうだったね。すっかりお話しに夢中になっちゃって」
本来の目的を思い出し、皿のテンションが再び上がる。繁華街の中の魔術関係の店は少しだけ見れたが、まだまだ見てみたい場所はいっぱいある。時間の許す限りは、見て回るつもりだ。
「それじゃあ行ってみるか」
楽人の一言で、皆が立ち上がった。
その後四人は、繁華街エリアのゲームセンターや書店、沙羅が興味を示した魔導雑貨店などを、一時間程かけて見て回った。
繁華街エリアだけでも、見て回るには時間が足りない。だんだんと日が傾き始め、時間帯は夕方へと差し掛かる。
「私はそろそろ帰ろうかな。用事もあるし」
午後六時を少し回ったところで、沙羅が母親の元へと着替えを届ける予定があったことを思い出し、この日は解散する運びとなった。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
別れ際に、沙羅は爽やかな笑顔を見せた。転校初日にクラスメイト達と楽しい時間を過ごせたことが、沙羅は心から嬉しかった。
「じゃあ皆、また明日」
「さようなら、沙羅さん」
「じゃあな、沙羅ちゃん」
舞花と楽人が手を振って見送る。楽しい時間を過ごせたのは、二人も同じだった。
「気をつけて帰れよ」
「うん、ありがとう久世くん」
灯夜の気遣いに礼を述べ、沙羅は帰路へと着いた。