3 放課後
「沙羅さん。カラオケも延期になってしまったし、もしよかったら街を見て回らない? 色々と案内するわ」
放課後の教室で、舞花は沙羅に提案する。当初は沙羅の歓迎会を兼ねて、クラスメイト達でカラオケに行くとう案もあったのだが、部活や塾で都合がつかない生徒が多く、カラオケは週末に持ち越しとなった。
「うん、いいよ。引っ越してきてから、まだゆっくりと街を見て回れてなかったし」
沙羅は快諾した。歓迎会が延期になってしまい、少し寂しい気分だったところへの誘いだ。断る理由は無い。
「俺も行っていい? 今日は暇だし」
二人のやり取りを聞いていた楽人が許可を求める。
「もちろんだよ」
「そうこなくっちゃ! 舞花だけだとお堅い感じのつまらない場所ばっかり案内しそうだしさ、俺が若者向けのスポットとか色々紹介しちゃうよ」
「……私が案内する場所は全てつまらないと言ったかしら? 楽人」
静かな迫力を感じさせる声で、舞花が楽人に詰め寄り。その迫力を前にして楽人の頬を冷や汗が伝う。
「あっ、いや、今のは言葉のあやというか、何というか……」
「市長の娘の権限で、市内の全ての娯楽施設をあなたの言うお堅いつまらない場所とやらに変えてあげましょうか?」
「権力の乱用は良くない! ごめんなさい、俺が悪かったです」
S気のある瞳で言い放つ舞花と震えながら謝罪を続ける楽人。そんな二人の様子を、沙羅は微笑ましく眺めていた。今日の街巡りも楽しくなりそうだ。
「そうだ、久世くんも一緒にいかない?」
沙羅は、帰りのホームルームの途中からずっと机に突っ伏していた灯夜にそう提案する。
「別にいいけど、夜まで予定無いし」
そのままの体勢で気だるそうに灯夜は答えた。
「えっ、本当に?」
自分から誘っておいて失礼な話ではあるのだが、灯夜があっさりと承諾したのが意外で、沙羅は思わず聞き返してしまった。マイペースな彼のことだから、断るまでいかなくとも、かなり渋るのではと思っていたためだ。
「そんなに驚いてどうした?」
「ううん、何でもないよ」
灯夜が承諾してくれたのは嬉しい誤算だった。初対面の時には、灯夜のマイペースさに翻弄されて自己紹介すらも曖昧になってしまったが、これで、親交を深める良い機会が出来た。
「おっ、灯夜も行くのか? 珍しいな。流石のお前でも、沙羅ちゃん程の美少女のお誘いは断れないってか」
「ちょっと、楽人くん」
楽人の発言に沙羅は頬を紅潮させた。
「いや、暇だっただけだから。それに、俺の好みのタイプは瑠璃ちゃんだし」
灯夜は迷うことなく即答した。遠回しにではあるが、沙羅には女性としての興味は無いと言っているのと同義だ。
「瑠璃ちゃん?」
即答されたことに地味にショックを受けながらも、沙羅は名前の挙がった女性に興味を示した。出会って間もないのであくまでもイメージだが、灯夜は人前で好みの女性の話をするタイプには見えなかったので少し意外だった。
「世界史の雨音瑠璃子先生のことよ」
「雨音先生?」
今日は世界史の授業が無かったので、授業で顔を合わせたことは無い。職員室で見かけている可能性もあるが、顔が分からない以上は誰がその雨音先生なのか分からない。
「若くて可愛くて、それでいて親しみやすい。いわゆるマドンナ教師ってやつでさ。本気で惚れちまう男子が多いんだよこれが」
どこの学校でも、若くて可愛い女性教師に男子が食いつくのは、お約束ということのようだ。
「久世くんも、その雨音先生のファンなんだ」
マイペースで掴みどころが無いと思っていた灯夜の、年頃の男子らしい一面が垣間見えた気がして、沙羅の中に親近感が湧いた。
「ファンとは違うんだけど・・・何と言っていいやら」
思わず口籠ってしまった灯夜を見て、意外と可愛らしい一面もあるんだと、沙羅は認識を改める。
「灯夜と先生は、相思相愛みたいなものじゃない」
「はい?」
舞花の爆弾発言に、沙羅は目を丸くする。どちらかと言えば、恋愛に年齢や立場は関係ないと思っているタイプだが、リアルに間近でそんな話を聞くことになるとは思ってもみなかった。
「妙なことを吹き込むなよ。俺と瑠璃ちゃんはそういうんじゃないから」
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと言ってみたくなっただけよ」
「なーんだ。冗談か」
灯夜と女性教師の間にロマンスがあるというのも面白い展開だなと思ったりもしたが、流石にそれはドラマの観過ぎだったかもしれない。
「それよりも街を見るんだろ? そろそろ行こうぜ」
意外にも、灯夜が率先して言い、教室の出口へと向かった。
「待ってよ久世くん」
アクティブな行動を見せた灯夜に驚きながらも、沙羅はどこか嬉しそうに灯夜の背中を追いかけた。
「私達も行きましょうか」
「そうだな」
舞花と楽人も後に続いた。
只今より、沙羅に街を案内するツアーの開始である。