プロローグ
レイスによるマナ暴走未遂事件から一カ月が経った五月の中旬。
真名仮市内のオフィス街の一角で、一件の変死事件が発生した。
正午過ぎという時間帯から事件の目撃者は多く、警察が到着してしばらく経った今となっても、現場は騒然としている。
「お待ちしておりました。雨音リーダー」
警備部の黒服の一人が、現場へと到着した雨音瑠璃子を出迎えた。周辺では警備部の人間と警察の人間とが入り乱れて、現場の対応に追われている。
「お呼びだてして、もうしわけありません」
黒服が規制線を外し、瑠璃子を事件現場へと通した。
「仕方が無いわ、これが私達の仕事だから」
瑠璃子は、今日は普段通り教師として陽炎高校に出勤していたのだが、10分程前に警備部からの招集を受け、学校側に事情を説明して早退、現場に駆け付けた次第だ。午前中には元気に授業をこなしてきたので、事情を知る教師達や灯夜達はともかく、事情を知らない大半の生徒達には、早退を不思議がられているに違いない。
「私達が呼ばれたってことは、普通の事件じゃないのよね」
魔術を伴わない通常の犯罪の操作は警察の仕事であり、警備部の出番は無い。警備部が駆り出されるとしたら、犯行に魔術が使われた可能性が疑われるケースだ。
「まだ断言は出来ませんが、遺体の状況から先週の事件との関係が疑われるかと」
「見せてもらえる?」
「こちらです」
黒服に導かれ、瑠璃子はブルーシートに覆われ、周囲から目隠しされた一角に立ち入った。遺体が見つかった場所だ。
「……なるほど、確かに先週の現場と似ているわね」
胸部を両手で押さえたまま蹲り、苦悶の表情を浮かべる、スーツ姿の若い男性の遺体がそこにはあった。その死に顔は、この世のあらゆる苦痛をその身に受けたかのような悲惨なものだった。
今回の遺体の状況は、先週末に起こった20歳の男性が繁華街の路地裏で変死していた事件と状況が酷似している。そちらの事件は、その特異性からすでに捜査権が警察から警備部へと移っている。
あまりの激痛から胸部を押さえて息絶えた理由、それは胸を凶器で一突きにされたからでも、毒物を摂取したからでも無い。魔術でしかありえないであろう、ある現象が起こったためだ。
「また、心臓が燃えたのね」
遺体の胸部、心臓の位置に当たる部分が、中身の心臓ごと炭化していた。全身では無く、ピンポイントに心臓周辺だけが燃えてしまったのだ。
「目撃証言も取れています。被害者が突然苦しみだしたかと思うと、胸部から発火し、被害者が動かなくなると同時に火も消えたと」
「やはり、先週の事件との関連を疑うべきのようね」
先週の事件でも、被害者が苦しみだし、胸部から発火したという目撃証言があった。短期間に同じような状態の変死が起こった以上、連続殺人の可能性も疑われる。
おそらく犯人は、何らかの魔術を使用して被害者の心臓を生きたまま燃やし、地獄の苦しみを与えて殺害したのだろう。
「平穏な日々は、なかなか続かないものね」
レイス騒動後、目立った魔術犯罪は起こっていなかったのだが、そんな平和な日々はわずか一カ月しか続かなかったようだ。
世界に四か所しか存在しない高濃度〈高濃度〉マナ発生地域の一つ、真名仮市。
魔術師は豊富なマナの恩恵を受け、使用する魔術の効果はより高められる。
そしてそれは、魔術犯罪を犯罪に利用しようとする者に対しても例外では無い。
今回から第二章の開幕です。
タイトルは『慟哭 ~献身的な少女~』としました。
一章がマナの暴走を企てるテロリストとの戦いだったのに対し、二章では、市内で起こる魔術を使った連続殺人の謎に、灯夜達が挑んでいきます。
更新に関しては、執筆の進捗具合にもよりますが、当面は1~2日に一度くらいのペースで投稿する予定です。




