18 牙人
「やっぱり当たらないか」
直前に放ったスタンガンを容易に回避してみせた大男を注視し、灯夜は苦々しい表情を浮かべた。
これまでに計三発のスタンガンを大男に放ったのだが、初撃の時同様に、魔術を使った形跡が無いにも関わらず、全て回避されている。
「その程度の速さでは、私は捉えきれぬぞ」
大男は顔色一つ変えず、首を回して音を鳴らしている。
「いや、あんたの速さの秘密はだいたい分かったよ。秘密という程のものでもないけどな」
「ほう?」
大男は特に驚く様子は見せない。灯夜もそろそろ気がつくころだろうと、ある程度は予測していたからだ。
「単純な話さ。あんたの速さの秘密、それは高い身体能力だよ」
実にシンプルな答え。だが、魔術以外の方法であの電撃を回避する術があるとしたらそれ以外にはありえない。もちろん普通の人間には、そんなことは不可能だが、
「あんた、ただの人間じゃないだろ?」
それが灯夜の導き出した答えだった。魔術師でも普通の人間でも無い存在が、この世界には存在しているのだから。
「正解だ。褒美に私の真の姿を拝ませてやろう」
大男が全身に力を込めた瞬間、その外見に明らかな変化が現れた。
意志に呼応するように、元より屈強だった筋肉はさらに盛り上がり、体色は茶色がかった緑色へと変化、体表には棘や鱗のような物体が浮き出て来た。大きく見開いた目の位置はそれぞれ顔の左右へと広がっている。
人の形は保っているが、その外見的特徴は爬虫類、特に蜥蜴を思わせるものだった。
「蜥蜴の特徴を持つ牙人。リザードマンか」
「その通りだ」
完全なリザードマンの姿となった大男は、感覚を確かめるかのように両手の拳を強く握った。
リザードマンを始めとした牙人と呼ばれる存在は、世界で数百例しか確認されていない。
人間をベースとした姿に獣の特徴(例 狼の特徴を持った人狼、ライオンの特徴を持った獅子王など)を併せ持っており、その身体能力と生命力は、並の人間や魔術師を大きく上回る。
その出自は未だに多くの謎に包まれており、マナの活性化による人類進化説、かつて魔術師達が生み出した合成獣――キメラの子孫だとする説など、様々な見解があるが、真相は分かっていない。
「この獣の姿を見ても動揺一つ見せぬとは、やはりただ者では無いな」
「過去に相当やばい奴に出くわしたことがあるもんでな」
銀狼の右腕に襲われた時のことを思い出し、灯夜は苦笑した。あんな経験をすれば、いやでも度胸がつくというものだ。
「なかなか面白い男だったが、これで終わりだ。お前は死ぬ」
リザードマンは灯夜へ死亡宣告を言い渡した瞬間、驚異的な瞬発力を発揮し、文字通り、目にも留まらぬスピードで消えた。
「確かに速いが、俺だって」
灯夜は高速移動のイメージを固め、猛加速した。
「見つけたぜ」
リザードマンと同等の速度に達し、その姿を捉えた。リザードンまんは廃工場の屋根の上を軽やかに駆け抜けていた。その強靭な肉体の重さを微塵も感じさせない。
灯夜は地上を駈け、その姿を追う。移動魔術を駆使しているにも関わらずその速度域はほぼ互角で、リザードマンの身体能力がいかに優れているかを灯夜に痛感させた。
「速い……」
縮まらない距離に、灯夜は顔を顰める。リザードマンは屋根の切れ目を軽快に飛び越えていく。
四棟分の屋根を移動したところで、リザードマンは高くそびえる工場の煙突へと跳躍し、メンテナンス用の梯子へと捕まった。
「どこまで持つかな?」
リザードマンは不敵に笑うと、煙突の外周を両足で力強く蹴って加速、その勢いを利用して、まるでミサイルような速度で灯夜目掛けて突進してきた。
灯夜へ迫ったリザードマンを加速の勢いを乗せた右手を突き立てる。
「くそっ!」
想定外のスピードに、灯夜の反応は僅かに遅れた。右方向に転がり込むように回避したが、リザードマンの鋭利な爪と肌の突起が左脇腹をかすめ、血が滲んだ。移動魔術を使っている状態でなければ、腹に風穴が開いていたところだろう。
「脆いな、人間は」
体勢を立て直すと、リザードマンを爪先に付着した血液を舌で舐めた。
「生憎と、腕以外は普通の人間なんでね」
血の滲む脇腹を手で押さえ、灯夜は苦笑いを作る。傷の痛みや出血はもちろんだが、移動魔術の加速がもたらす肉体への負担も大きい。人間の身体能力では実現不可能な速度を魔術により無理やり発揮しているのだ。瞬間的な使用ならまだしも、連続しての使用は骨や筋肉、内臓などに確実に影響をきたす。
「ものは試しだ」
左腕を天へと掲げ、灯夜は魔術紋を発動させた。
灯夜の得意とするスタンガンが左手から同時に何発も発射され、散弾のように散る。おびただしい数の電撃が周囲を駈け廻り、その全てがリザードマンへと向かって行く。
「無駄なことを」
リザードマンは初撃を回避するとそのまま加速、縦横無尽に廃工場地帯を駈け廻り、追撃してくる電撃を次々に回避していく。ある電撃は回避された瞬間に地面に衝突して消滅、またある電撃はリザードマンを追尾しきることが出来ずに工場の壁へとぶつかった。やがて、リザードマンを追う電撃は、一つも無くなった。
「この魔術では、私は捉えきれんぞ」
リザードマンは灯夜の正面、7メートル程の位置に現れ、涼しい顔でそう告げた。あれだけ高速移動を見せた後だというのに、疲労している様子はまるで無い。
灯夜とリザードマン、二人の移動速度はほぼ互角だが、体への負担を覚悟で移動魔術を使う灯夜と違い、リザードマンの高速移動は、持ち前の身体能力によるものだ。肉体の疲労度がまるで違う。長期戦になれば、灯夜は失速し、リザードマンに追いつくことは叶わなくなる。
「攻撃は当たらないし、長期戦は不利……このままじゃ、負けるな」
現状では自分に有利な点は何も無いことを再確認し、灯夜は深い溜息をついた。
「やっぱりあんた強いよ。左だけじゃどうしようも無さそうだ・・・右も使わせてもらうぜ」
「何だと?」
闘志のこもった眼差しでリザードマンを見据え、灯夜は右手の甲に左手を添えた。
灯夜の放つ、これまでとは異なる雰囲気を感じ取り、リザードマンは警戒を強める。
「暴れさせてやるよ、狼!」
そう叫んだ瞬間、灯夜の右腕が青白い光に包まれ、周囲に衝撃が巻き起こる。
「面白い、面白いぞ小僧!」
灯夜の隠し持っていた更なる力の波動をその身に感じ取り、リザードマンはこれまでにないような歓喜の声を上げた。




