殺戮者3
『クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがああああ!!!!!』
煮えたぎる怒りで即席麺が茹で上がるぐらいの熱量が身体を包む。物理的にも精神的にもだ。
『人数差が理由なら何故後から来た1機だけでこんなに流れが変わる?残りの2機と比べてスペックは劣っていた筈なのに。カリスマ性を感じなかった。何故なんだ?』
理由がわからない。身体的に負けるわけもないし、機体スペックも同等のものだ。通常なら出せない挙動をしていた筈なのにそれでも負けた。
奴らが熱でやられるからと放置していなければ今頃撃墜は間違いなかった。現に今も熱による誘爆もありうる状況だ。
機体の向きを調整しつつ盾に熱が集中するようにしてはいるものの、身体全身を包む程のサイズではないためか、盾を持った腕と盾からはみ出た胸部が熱で悲鳴をあげる。
———あれま〜このままじゃ目的を達成出来ないまま終わっちゃうねえ———
『元々の作戦自体ミスっただろうが!ちゃんと手回しもしたし、巨大人工宇宙島とも同盟を結んでいたのに、肝心のヒナがいないんじゃ話にならん!』
———まあ機体は貰えたしそこはいいって事で———
『現在進行形で死にかけなんだが!?これがなきゃもう一度ヒナを殺るチャンスは……』
ぐわんと機体が揺れ浮いたような感覚が身体を襲う。飛行機に乗っていても起きる感覚と似ていることから考えて風に触れて起きているのだろう。
———回収に向かおうか?———
『借りなんぞ作らせてたまるか。それに今から来ても軸の調整なんて出来ん』
———それもそう。ということで頑張って〜———
『クソどもが…自分たちは一切協力しなかったくせに文句は言いやがる』
機体熱がゆっくりと下がり始める。一番危険なエリアは越えたようだ。こうなればあとは滑空するだけだ。問題はこの機体が滑空出来る形じゃないことだが、残りの推進機構でどうにかなる。
近くの人工衛星の電波を傍受して現在の座標を確認すると、現在の機体状況でもなんとか辿り着けそうだ。
『これで巨大人工浮島を潰す手段をひとつ手に入れた……資金や人材の確保も今よりも楽になる筈だ』
———あれまー凄いですなぁ。もう設定出来たんですか?流石根底殿。俺らよりも優れておられる———
『皮肉を言いやがってよくもまあ言える』
———俺は元々信用していましたとも。全員が信用していなかったらそもそもこの行動を取ることは出来ないはずでは?根底が押し切らない限り———
蝙蝠めよくもそんな減らず口をたたけたものだ。
『……結果は示した。あとはそちらにやってもらう。ヒナを殺す。それは一致してるのは変わりない。そうだな?』
———そこは当然。あんな女を意識してた自分が恥ずかしい。それに今でもあの女に付く憤怒たちは理解しかねる———
蝙蝠の口調も変わる。もうそこに皮肉を言うような空気はない。完全にヒナを殺す。それのみに特化している。
『30分前後には空域に入る。準備を頼む』
———了解———
再び声は聞こえなくなり外の風音のみが機体に響いた。
雲の中を抜けてたどり着いた先は雨に濡れた飛行場だ。
雨で白線は見えないが、代わりに点灯する赤ランプが進む道を指し示してくれている。
その光に従って機体を着陸させると雨具を着込んだ青年たちが合図灯で指示を出しハンガーまで移動させた。
『お勤めご苦労様ですなぁ根底殿』
『……煽りか貴様』
『被害妄想も甚だしくないですそれ?……まあいいですけど、まずは機体の方はどうします?』
『データは貰って来ている。表面装甲だけ取り換えるだけだから既存技術でもどうにかなる』
『こいつ近接型っぽい見た目してますしGF—01のやつで代用しときますよ。破損部分は予備パーツ作成に使えば』
ハッチを開くとそのまま機体から追い出され、無人になった機体の作業に入った。
自分自身の作戦も終了だ。本来であれば機体を整備する所までがパイロットの仕事と言われることもあるが、今はその余裕がない。
好きで入ったサウナの後に仕事をするのと、疲れた身体のまま入ったサウナでは精神的疲労は違う。今回のは後者だ。
ハンガー内の壁に寄りかかるようにして倒れ込むと雨なのにも関わらずサングラスをかけた男がタオルと共に声をかけてくる。
『姉御……』
「貴方に姉御なんて言われるなんて恥ずかしいわぁ!アタシは貴方たちより無能なのよぉ?」
『無能とか有能とか関係ない。姉御のカリスマ性には勝てないさ。器も負けてるしな』
「苦労が続くわね…」
『元より厳しい相手とやり合うんだ。苦労のひとつやふたつは想定のうちさ』
「オーバホールの事もあるし次の作戦までは時間もある。こんな所よりもしっかりとしたベッドの上で休みを取りなさい」
『……くっ。姉御悪いが手を貸してくれるか?疲労で立てねえ』
「はいはい。立ち上がったら他の所に行かないでさっさと休みなさい。いいわね?」
ふらつく身体を支えてもらいながら立ち上がってハンガーの壁を支えに移動を始める。
兵のひとりに声をかけて車を用意させるとそれに乗り込んで自室のある建物に向かわせる。
「ホルさん。自分たちは替えが利きますけどあなたは効かないんですから、気をつけてください」
『みんなそれを言う……今日ぐらいはしっかり休むからそんなに言わないでくれ…』
「失礼しました。それではまた何かあれば連絡下さい」
兵の心配に適当に答えた後、自室のある階層にエレベーターに乗って到着すると、開いた扉先で温和と日和がなにか話している。
思考内に影響がないことからしてこちらが対象の話でないのでその横をてくてくと抜けていき、自室へと入った。
いつもなら誰もいない部屋でもただいまと声を出すが、今は出せる余裕もなく靴と上着だけ脱いでベッドに倒れ込むと、そのまま眠りについた。