ヒナ3
煙の上がる建物付近でマスターとリーリャさんに合流した俺は、早速シラヌイの元へと急いだ。
ふたりは相変わらず警備と揉めているようでニュースで見てから何も変わらずにいた。
俺は彼らの間に割り込むように手を入れるとポケットにある軍証を見せると警備は敬礼する。
『彼らは俺の連れなんです。先に状況把握をって事で向かわせていたんです』
「そうだったのですね。中に残ってる人がいるとの事だったので中に向かわせて巻き込まれるのはと判断していました」
『いやあなたの判断は間違っていませんよ。だけど今は人数も多いですし中に入って逃げ遅れた人を探します。それならいいですよね?』
「少ない人数ですが、巨大人工宇宙島から来たのですからお任せします」
『他の人間は俺に名前を言わない限りは入れないでください』
そう言って俺たちは中へと足を進めていく。建物に入ると俺はどういう状況なのかシラヌイに尋ねる。
「私もよく分かっていないんだ。いきなり警報が鳴ったと思ったらもうひとりのお前が何かを感じたのかどこかへと走っていって、それをコハルさんが追いかけた」
「勿論私たちも追ったんだけど、途中で警備員に見つかって外に追い出されたって訳」
なるほどだから中に入れてとずっと抗議していたのか。
知らない人からすれば正しい対応だ。中で何が起きてるのかわからない以上まずは外に脱出させる訳だし。
『それじゃまずはふたりと別れた所に向かおう』
別れた場所まで登った所で久しぶりな感覚を感じた。
「どうしたキュウ?」
『いやな、懐かしい感覚があるんだ。もしかしたらどこかへ行った理由ってあいつもそれを感じていたからなんじゃないか?』
「お前が感じるのならあいつも感じるな。さっさと見つけて帰るぞ」
『おう。僅かな時間を見つけて帰ってきたんだ、みんなで美味いもの食いたいしな』
走り去って行った方向へ進みエスカレーターを上がるともうひとりの俺が柱に寄り掛かって倒れていた。
煙で状態はよく見えない。だが大まかなものは判断出来る。右腕は消失しまるで俺が尋問の際に受けた時と同じ姿に見えた。
完全に意識がない。僅かに息はしているがいつまで保つか分からない程だ。シラヌイたちも状態で把握して指でもうひとりの俺を運ばせる。
コハルがどうなのか分からないので力仕事の出来るマスターが残ると俺たちはふたり揃って足を音を殺して進んだ。
『マスター、念の為———』
「常に持っている。気にするな。警戒は怠るなよ」
『ああ、すまない』
マスターの言う通りだ。敵地で気を緩めた俺が問題だ。それに俺が分かることをこの人がわからないわけがない。
防災シャッターを開けて中を確認する。血の匂いと先程から続く感覚が強くなる。
俺は振り返りマスターに互いに頷くと中へと入っていく。
煙を進む。血の匂いに近づいていくと足を引っ掛ける。
『うわっ!?』
「どうした?」
なぜ足を引っ掛けたのかを確認する為に足元を見ると、そこにはひとりの少女が仰向けに倒れていた。
『……!?コハル!?なんでお前もこうなって———』
「キュウ……なのか」
「こんな出血……止血するからこの子の意識を保たせろ!」
マスターは即座に上着を脱ぎそれでまくると圧迫を始める。
俺は言われた通り気道を確保させながら声をかける。
『今救援を呼ぶから待っていろ!日本なら無理でもここは巨大人工浮島だから絶対に助かる。だから!』
携帯を開き外へ連絡をかける。しかしコハルはすぐにそれを閉じる。
『馬鹿野郎!死にたいのか!?』
「他の人間を巻き込むわけにはいかない。私のせいだから」
『どういう意味だ。もうひとりの俺がやられたのもそれが理由なのか?』
「ぐふっ」
肺にも血が溜まっているらしい。こうなるとまずい。
マスターの方を見ると可能な限りの努力をしている様だが現状維持が限界の様だ。思考内通信を使って救急へと連絡をかける。
「わ、私があの時助かったのは運が良かったとかじゃない……窓が閉まっていたのにも関わらずセイセイは巻き込まれていた。それなのに道具入れに入るだけで助かるわけも無い」
『喋るな!頷くだけでいい意識を保て!コハル』
「セイエイがあれを使ったんだ……いざっていう時に使う為にな。その結果がこれだよ」
コハルの手が俺の頬に触れる。もう冷たい。こうなればもうと察してしまう。
だが動けばまだ可能性はあるはず……なんとでもなる筈だ。
「この攻撃にコハルが耐えられる様に、そうセイエイは願ったんだろうな。だが願いを叶えるにはそれなりの代償も伴う」
『そ……それが、これだって言うのかよ。ただ寿命の先延ばしって……』
視界が雨が目に入り歪んでいく。そんな不幸な事があっていいのか?こいつが何をした。俺の様にテロ行為をしたわけじゃない。普通に暮らしていた筈だ。どうしてなんだよ……。
頬に触れる手の温度が下がっていく。嘘だ。そんなわけが無い。
「はは……もう一度みんなで遊びに行きたかったなぁ。それに私は君を好きになったのはよくなかったなぁ。だって日南休さんやキュウを残していなくならなくちゃ———いけ———」
彼女の肺から空気が抜けていく。全身が震える。ぶつけようもない感情が火山の様に噴火して俺の叫びは悲しく響いていった。