交渉という名の雑談
イン———温和への説明も兼ねて一度巨大人工浮島に帰還した俺は平凡が顔を出していた喫茶店に立ち寄っていた。
「最近見ていないと思って調べたら軍人になっていたとはな」
『シラヌイは来ていただろ?話は聞いていなかったのか?』
「そりゃまあそうなんだがな。あいつも無口なことは多いし、それ以前に巨大人工浮島のことを嫌ってた人間だからな。お前さんのおかげで多少なりともにはなったとしても、すぐには溶けないものだろうさ」
マスターの口調からして何度か尋ねてはみたようだが芳しくなかったようだ。それもそうで、巨大人工浮島の人間の誰が会長グループに関与しているか分かったものじゃない。漏れる危険性を考えて言うことを辞めていたんだろう。
注文していたミートソースを口に運んでいると、扉の音が鳴った。背後を振り返るとそこにいたのはインの姿をした温和だった。
『思ったより早かったな、温———イン。そんなに俺の話が気になったのか?』
「人から作り上げたBOWなら何人がそういう人間が出てるから不思議は少ないけど、君が送ってきた情報は疑い深いものだったからね。ゼロから作ってから無関係な人間の記憶を持ったBOWが作成出来るとはね」
温和は俺の隣に座ると紅茶とケーキを注文する。
『勿論、まだ調査は完全には出来てない。芹という少女の主観でしかないからな』
「だがよー日南休。もしそれが事実なら不幸な事故で亡くなった人たちを生き返らせることが出来るってことだろ?」
「それは難しいんじゃないかな?マスター。もしそうなったら、兵士として優秀な人材をさらに強化した上で使うでしょ?」
温和の言う通りだ。同じような事を巨大人工浮島は行っているが、それ以上の事が起きることになる。
「もしこれが事実だとして、何故今の今まで大規模な組織が気づかなかったんだ?」
「巨大人工浮島を倒すことしか頭になくてそう言うところに気が回らなかったか。それともゼロから作ったBOWを人にするっていう考え自体がなかったか。もしマスターが極東連合の人間で後ろにいる店員さんをBOWの肉体を使って生き返らせたいと思う?」
「む・・・・・・」
「折角生き返ってもまともな生活は送れないし、それ以前に寿命がいつまで持つかも分からない。そんな研究をしているぐらいなら対巨大人工浮島への対応を考えた方が良かったって話だと思うよ」
マリーの件もそうだった。奴らは人のような存在でさえも兵器としか考えていなかった。そんな人間たちにBOWから人を復活させようなんて考え思いつくわけがない。
『だから彼らが本当に復興の為に使うのかを確認する為にも物資の提供を頼みたいんだ。極東連合の人間はあの地域に入るにはまだ時間が掛かると思うしな。戦略兵器の残滓で』
「残滓があればね。君たちがここに来ることが出来ている以上極東連合の人々も気づいて侵入を始めるかもね」
俺たちが戦略兵器の効果対象に入っていなかっただけだと信じたいが、温和の言うことも確かに考えられる。
修也たちに人殺しをさせる訳にはいかないし、それ以前に彼らは人として生きようとしているのだから。
「ケーキと紅茶だ。ゆっくり話をしてくれ」
「ありがとうマスター。そう言えばピライくんたちは見かけたかい?連絡が来ないんだよね・・・・・・逃亡する理由なんてあるかなぁ」
『ヒナを守れなかったからだけじゃ逃亡理由には薄すぎるよな』
「窓原さえ帰って来ない・・・・・・理由が分かんないよ」
『じゃあイン、俺が探してくるからそれを条件になら物資の提供出来るか?これならそっちにもメリットがあるだろ?巨大人工浮島の人間を大量に送れば極東連合を刺激してしまう訳だし』
「・・・・・・分かったよ。窓原たちの情報を受け取り次第支給する。それが条件でいいね?」
『俺はそれで構わない』
ミートソースを綺麗に食べ終えると皿をカウンター前に置いてコーヒーをひと口飲む。
「というわけでパクリとひとくち———甘くて美味しいねぇ〜最近こういうの食べてなかったから久しぶりの悪魔的甘味だよ」
『あれまそんなに忙しいのか?家にあれほど来てるから暇人なのかと』
温和は頬を膨らませると心外だぁと俺を非難すると耳元に舌打ちする様に理由を話した。
「インじゃないんだよ?俺は。ゼロから畑の違う事をやってるんだからそうなるに決まってるでしょうが」
『俺より頭いいから余裕のよっちゃんだと思ってた』
「過剰評価だけどどうも肯定的に捉えるよ・・・・・・」
『そういうわけで会計任せるぜ。マスターまた時間が空いたら飲みにくるわ。今度はカルボナーラでもメニューに作っておいてくれ』
「え?ち、ちょっと!」
「払うまでは逃げるなよ」
「え?なんで俺なのさぁ!?せめて自分が頼んだぐらいは払ってよー」
温和をマスターたちに任せると、俺は窓原たちを探す為の装備を整えるために巨大人工浮島の自宅へと向かった。