難しい事は分からない
うぐっ・・・・・・。頭が痛い。てか、何で寝てんだ。バイト先で吐いたのは憶えてるが、そのあとがこれっぽっちも思い出せない。
カプセルみたいな何かに入ってるのか、何か圧迫感が凄い。狭い所は結構好きなんだがなぁ。しかし、どうやって出ようか?こういうのって、初めに設定した時間までは開かなかったりするからなぁ、災害の時どうすんだ?緊急電源みたいなのがあるとは思うが、どこもかしこもついてるわけじゃないし。
ビーィビーィと耳障りな音と共にカプセルが動く。あぁ・・・・・・これ、席が動かないで周りが動くタイプだ。ガソリンスタンドにある自動洗浄の奴と同じだ。このタイプ酔いやすいんだよなぁ。
「うっぷ・・・・・・」
カプセルが完全に開いたので、俺は席を立つ。さあてここは何処か、分かる手段はない。待つか歩くかのどっちかしかないな。
『んん?起きたのかい?』
これであのおっさん以来の頭に直接聞こえる声だ。声の高さとかから考えると、気絶する前にあった変な客だろう。
『今、そっちに行くから待ってちょ』
今回のは俺の思考内は読まれていないのか・・・・・・?どういう条件で使えるのかも分からないし、その前になんであの客は俺が起きたことに気づいたんだろうか。マジックミラーを使えば、確かにこちら側から見えず、相手側からなら見えるってのは可能だ。けど、使っていた所でそちらの方向を向いていなくては分かるはずもない。カプセルの情報が直接送れるような状況になってない限り。
客は俺が思っていたよりも早く来て、「大丈夫だったかい」とか、「気分は悪くない?」とか普通の質問内容だったので、俺はああ、の一言で片付けた。
俺の荷物はと訪ねると、客は指を鳴らすと、俺の荷物を部下と思われる男が持ってきた。
「何時起きても良いように、荷物は置いておけと言っただろう。窓原」
客の声が低くなる。さっきまでがソプラノだったら今はテノール位に。人によって変えているみたいだ。
「いくらなんでもそれは理不尽だと思うが、イン。カプセルは初めに設定した時間までは開かないだろう。それを無理矢理時間を変えれば、準備など出来るわけがない」
「言い訳は聞かん。常にいろんな状況を考えろと言っているだろう。まあ、今回は他の仕事中に呼んだわけだ。不問にしておこう」
「そりゃあどうも、イン。俺は戻るぜ」
「ああ、ご苦労。ナオフミ君、キュウ君と呼んでも構わないかい?」
なんで、このインという人は俺の愛称を知ってるんだ?ヒナしか知らないっていうか使わないはずの愛称なのに。
「そりゃあキミの荷物に、キュウって書いてあれば分かるでしょ」
また心を読まれた。あの夢で見たおっさんの知り合いなのか・・・・・・?あまり思ってるのを読まれるのって嫌だな。
「多分、キミの思ってるおっさんというのは窓原の事だろうね。彼年増だし。それに、僕は彼の心の読み方と違って相手の目を見なきゃ読めない劣化版さ。試しに僕に目を合わせないで頭の中で会話してみてよ」
俺は言われた通り目線を合わせないで今の状況を考えてみた。まずは、ここはインという人の家か何かだろう。それで窓原が多分従弟とか親戚関係とかか。そういう精神鑑定者は練習で出来るようになると言うが、実際は最初から相手の心が読める人でなければ思うように出来ないと、少なくとも俺は思う。多分、彼らはそういう血筋なんだろう。
そういやさっきからなんでこいつの名前を聞いても、頭が痛くならないんだ?それに、理解も出来るようになってる。あの時の痛みが嘘みたいだ。
「・・・・・・何故話す時に僕の目を見るかな?それじゃ試しにならないじゃないか。後、僕と窓原は親戚関係でも無いし、血が繋がっているわけでもないよ」
「ちょっと待て、考えている時は確かに目を逸らしたぞ。何で血筋の件がお前の口から出てくるんだ?」
「僕は、窓原と違って相手の目を見なきゃ読めないけど、その代わりにしては強力な、記憶を読むというか見るが正しいかな」
「ごめん。絶対そっちの方が凄い。犯罪抑止になるじゃねえか」
インはため息を漏らしつつ俺に背を向ける。羨望の眼差しが嫌だったのだろうか?
「なあ、イン。機嫌を損ねる事を言ったのなら───」
「犯罪はね、どうやっても無くなんないよ。どれだけ法律や憲法等で禁止にしたところで、人間の心理と言うのは変えられない。戦争を見てごらん?」
「けど、あれは事実上殺人が合法化されてるから、関係ないだろ」
「キミは優しいね。じゃあ、キミの幼なじみのヒナちゃんに取り返しのつかない事をされたらどうする?」
「コロス」
っく!何だよ。これ。即答じゃないか。勿論そのつもりではあるが、即答で言えるほど俺は彼女を大事に思ってるって事は認める。けど、それだからって簡単に言える問題ではないのに何ですぐさま返せたんだ・・・・・・?
「キミもやっぱりそう思うよね。法律や憲法は自分が同じ目に遭うのが嫌だから存在する。けど、暴力は本人が正義と感じた時点で正当性を得る。故に、殺人がなくならない訳なんだけど、キミもそれは分かるでしょ?」
それは確かにそうだ。俺は学校を追い出されたのはコハルが殴られそうになったから、それを防ごうとした時に暴力を振ったからだ。俺の中にはその暴力が正義として存在していた。だから退学処分は無いだろうと思ったのは、そうやって正しい事だと思っていたからかもしれない。
「第三者はその時の状況何て聞くつもりもないし、その前に先にやった方が悪いというのか社会としてのルールみたいなものなんだ。特に精神的な虐めは、対処のしようがない。押さえるには現行犯でないといけないし、その前にそんな奴らが人前でやるはずがない。だから、虐められている方は選択肢が2つになってしまう。暴力的な虐めのほうがよっぽどいいよ。だって選択肢がいっぱいあるからね」
「その2つって何だよ?」
「1つは自殺。吐き出すところがない以上、ダム湖のように定期的に吐き出さないと、水があふれ出すのと同じように耐えきれなくなれば、全員とまでは言わないけど、かなりの人は自殺するだろうね。そして、もう1つはキミと同じだよ。暴力だ」
引きこもるんじゃないのか・・・・・・。俺は引きこもりになったことがないのでどういう状況でなったかまでは分からない。だが、それは自殺の部類なのかもしれない。引きこもるって事は、社会的地位を棄てるのと同じ意味だ。社会で成り立っている生物である人間にとって事実上の自殺と特に変わりが無い。
「引きこもりか・・・・・・面白いね。引きこもりが悪いとは僕は思わないね。実際外に出ないで動画投稿や株で生活すればいい話だからね。彼らは生きていると言えると思うよ」
一応まだ社会人でない俺にとって、インの話は難しいものだ。結局答えた回答だって、ゲームなどで得た知識でしかなく、本当にそういう経験をしたことがない者の言う事なんてただの偽善でしかない。
「俺は帰るよ。ヒナが心配して家を荒らしてたら大変だしな。イン。ありがとな。お前のおかげで急に身体が痛くなったりすることが減ったよ」
「確かに確率としては減ったけど、起きる可能性はいくらでもあるから気をつけて」
俺は荷物をまとめ、インの家というか土地を出た。