よろしく、もう一人の俺達
何か暗い世界だ。普通に見る夢とは違い、意識がはっきりしている。てか、何で夢だって分かったんだ。一度経験したのだろうか。周りを見渡すと、ここは独房のような作りに見える。よくある檻を使ったタイプではなく、ドアが取り付けてあるタイプの個室だった。起き上がりドアに手を伸ばすと、ドアノブを回す前に扉が開いた。何なんだよここは。
個室を出た先にあったのは、ギリギリここが廊下だと言うことが分かる程度の明かりが点いた通路だった。
右も左もどこまで先を見ても、同じ景色にしか見えない。しかし夢にしては、現実感が非常に強い。微かに感じるカビの匂いや、壁の感触がそれを物語っている。あまり壁を触ったことはないが、普通に殴ったら、こっちの腕が折れそうなぐらい本物だ。殴っただけで折れる腕ってどんだけカルシウムと筋トレしてないんだよ。
試しに右の道を進んでみるか。壁に手を当てつつ進んで行くと、左右を見渡したときと変わらず、一定の間隔で出た部屋と同じような扉に触れる。ひとつひとつ、開けようとドアノブに触れても、回せない。中に人がいるかどうかまでは見えないが、いてもいなくても鍵がなけりゃ開くわけがないか。
光が漏れ出してる部屋がある。微かに声も聞こえる。ここの住人だろうか?夢なのに住人って言い方変だな。
扉の前に立ちドアノブを回す。今度は開いた。中はどこかの作戦会議室のようになっていた。中の人が一斉に俺を見る。こうやって一斉に見られるのって、やっぱきついな。胃が痛くなる。キリキリチクチク────。
「やあ、平凡君。よく眠れたか?空いている席なら何処でも良いから座って貰えるか?」
夢なのに会話が起きてる。てか、平凡ってなんだよ。ちょっとしたことで気絶する奴が、平凡なわけ無いだろ。
「ん?名乗ってないから信用されてないのかなぁ?俺は温和って呼ばれてる。さっき君に声を掛けたのが、憤怒って訳」
口調は違うが音程は同じで、顔まで同じの温和と憤怒と名乗る2人はどういう関係なのだろう?いやまあ、全員日南休 直史だからだろか。そうなると、やっぱり会話が面倒だしな。
言われた通り空いた席に座った。中々良い椅子だ。このまま眠れそう。ふファーーー・・・・・・むにゃむにゃ。
「おいおい、いきなり寝るのか?確かに最初は分かるが」
「うく・・・・・・。んで、他の空いてる席も俺やお前らみたいに、愛称があるのか?」
「まあな。他の奴は忙しくて来れそうにはないが」
「基本的には平凡君と何ら変わりが無いからね。ん?どうしたのかな?」
「い、いやな。トーンは同じなのに口調が違うのに違和感があって」
せめて俺がもっと男の娘のように可愛ければ違和感なんてものはないのだが。トーンは男声としては高い方に部類されるだろうからまだいいとして。顔まで同じな以上、口調でしか判断できる要素がないからわざと目立つような形にしているんだろう。漫画とかでどっちが○○でどっちが●●でしょうみたいな状況を減らすために。
「どうだったか?この世界を実情は?」
「知り合いにいきなり殴られるわ、貶されるわ、そんでもって殴られそうな知り合いを助けたら退学処分だぜ?昨日までそんなこと無かったのに、ふざけんなよ。俺が今まで経験していた方がまるでゲームのように感じた。実際どうなんだよ?」
「お前が今日経験した方が現実だ」
「ふぁ!?あんな理不尽な世界が事実なわけ無いだろ。漫画じゃあるまいし。元から敵の学校に行ったのならともかく、俺がずっと通ってた学校だぞ!?今日だけだぜ?こうなったのは」
「ゲームの方で死んだとかはない?船から落ちたとか」
「・・・・・・」
あった。じゃああれは、ゲームだって言うのかよ。ふざけるなよ。ゲームは今日のだ。絶対そうだ。いや、両方現実なのか・・・・・・。手紙の内容は読めなかったが、字が同じと言うことは読めない自分でも分かった。
「・・・・・・正しくは両方現実か?」
「そう思ってくれて構わん。手紙の内容は一緒だったんだ。誰とて両方現実としかおもえんだろう」
「あんたらはあれ、読めるのか?」
「当然だろうが。自分の住んでる国の字ぐらい読めなくてどうする?」
「ちょっと待てよ。おかしいだろ!俺が習ったのは日本語で、あの手紙は、旧日本語だってヒナが」
「ヒナだって子供だ。間違えることはあるよ」
「絶対ない。言い切れる」
憤怒は俺のヒナへの依存の高さに呆れかえっているようで、頭に手を当て溜息をついた。ふざけるな。お前らもヒナへの依存率は変わんねえだろ。俺なんだから。
「そんなわけあるか、ボケ茄子が。はぁ、どうして同じ日南休なのにここまで差が出るのか」
こう言うのは、クローン開発で同じ生物を造っても、育て方が違う場合、性格まで変わってしまうと言うやつと同じだ。性格や人格は、肉体的遺伝子で構成されるわけじゃない。ある人は環境的遺伝子で構成されると言っていた。彼らの言う俺の今までいたのがゲームだったのなら、俺という個人は、ゲームで人格形成されたことになる。ゲーム内──無論認めてはいない──では、暴力行為も殆どなかった。でも、彼らが言う現実は俺は日常的な暴力行為を受けていた。そうなれば、何もしてくれないヒナに対して言い感情を持てるはずが無い。その時そう思った俺がそうだったように。
「それでも、ヒナを俺は信じる。あいつがいなかったら、絶望病で学校なんて行けなかった。俺に友人がいるのはヒナのおかげなんだよ」
「1つ質問なんだけどさ、平凡君」
「何だよ。気に食わないかよ」
「気に食わないと言うよりは分からないんだ。絶望病って何?」
「は?」
「は?って言いたいのはこっちだよ。憤怒はいつも怒ってるから気づくかもしれないけれど、少なくとも、俺は知らない。聞いたこともない」
精神病だと温和に説明したものの、あまり言い返しが来なかった。というか、俺と同じなのに知らないってことは、絶望病で倒れたことがないってことか。
「おい、勝手に俺が常に怒る人みたいに言うな。温和」
「えぇ、実際いつも怒ってるじゃんか」
同一人物は嫌悪しやすいと言うが、全然している感じがしない。逆に仲がいいように見える。結局何なんだよ。こりゃ。
「「平凡はどう思う?」」
「どうって何が?」
「・・・・・・あぁもう話にならないね。まあ、俺も最初はそうだったし今回はしょうがないか」
「ちょっと待て最初ってどういう事だよ?」と言ったのだが、相手は聞こえている様子もない。あぁそうか・・・・・・俺自身さっきから喋ってないのか。喉まで声は出かかっているのに、自覚が出来ない程パニックを起こしていたのか。けど、何で意識が無くならないんだ?いつもなら、もうとっくの昔に気絶してるはずなのに。
他の俺の声も聞こえない。変に意識だけがあっても困るな。人間誰かとコミュニケーションしないと、生物としてやっていけなさそう。
ガクッン!と地面が縦に揺れたと同時に、俺の意識も縦に揺れ、吹き飛んだ。