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ドングリ・キャノン

作者: 立花豊実

「まあ一発撃てば、国が滅ぶだろうな」

 ドヤ顔で、ドングリが鼻息を荒らげた。 

 そいつの顔がドングリだった時点で、もう現実的な展開を諦めていたヒロだが、そういうキチガイな発言を聞かされると改めてショックだ。

 昨日、ヒロは確かに東京は中央区の日本橋にある喫茶店ベロベロッチェでアイスの抹茶ラテを堪能していたはずだった。大学四年で就活生でスーツ着て面接行ってこりゃダメだと思って次の履歴書の内容に着手し一息ついてうとうとしていたらいつの間にか眠り込んでしまって気が付けばコレだ。

 ドングリだ。

 目の前に、首から上がドングリの人間が立っていたのだ。

 ドングリに眼と鼻と口があって、ぱちくり、とまばたきされたら、そりゃあ爆笑するしかないだろう。なんの冗談だと腹を抱えて絶倒していたら、

 ――貴様あぁ! 他人ひとの顔見て笑うたあドーユー了見だコノヤロー! それも王様のおんまえでぇ!

 って、ドングリで形成された拳で、パンチを食らったワケだ。ドングリパンチだ。ドングリって結構硬くて、みぞおちにクリティカルしたら悶絶ものだし、それも相手のお職業が屈強な兵士ソルジャーとあっては溜まったもんじゃない。腹部に濃いアザが残ってしまって一日経った今でもズキズキする。

 ぐるぐる巻きに縛られて、牢屋に閉じこめられ、日をまたいで連れ出されてみれば、先っちょを円筒状にくり貫いた、見上げるほど巨大なドングリを見せられる。

 な、な、なんだこりゃあ!

「ドングリぃ、キャノぉうん。ドングリキャノンだ」

 わざわざ二回も言ってドヤあ。ドングリ兵士の顔が緩みすぎて、形状が半ば栗になりつつある。

 ヒロは縛られて動かない手足の代わりに、アゴを使ってドングリキャノンなるものを指した。

「ドングリ、でしょ?」

「当たり前だ! なんだと思っていやがる!」

 もう、ほんと、どれほどドングリ・オタク。

 なんでこんな奴らに連れさられてしまったのだろう。その方法に関しても、一晩考えたが、昨日あの喫茶店ベロベロッチェで寝ている間に何が起こったのか皆目見当がつかなかった。

 場所は、どこか欧風古城の中だと思うのだが、窓からのぞく景色は東京とは明らかに違う、のどかな田園だ。

 謎なのは、このバカげた誘拐事件に、あまりにも多くの人が関与しているということ。

 通る人、通る人、皆がドングリの顔|(しかも相当なメイクスキルと思われる)を装っている。ここまで数えるのがバカらしくなるほどキャストたちを見かけた。

 みんな演技派だ。異常にうまい。まるで本物の迫力で怒るし、殴るし、引っ張るし、何よりドングリのマスクをしているのに関わらず平然と流ちょうにしゃべる。

 もっと疑問を言えば、目的がまったくわからない。

 ドッキリなら暴行や監禁という犯罪行為には及ばないだろうし、誘拐ならば身代金を要求するといった恫喝的な態度や雰囲気が少なからずあるはずだ。

 だが現れる人皆が、まるでアホみたいなテンションで言うのだ。


 ――まあ、大変ねえ。隣国からきたのかしら? 

 ――なんて面白い顔をしている。どうしてドングリじゃないのだ? 

 ――貴様が隣国のスパイだということは解っているんだ。観念してすべてを話せ。楽になるぞ?

 等々と。キチガイにもほどがある。

「今一度聞くが、おまえはどこから来たという」

「だから! 来たんじゃなくて連れてこられたんだよ、東京の三越前から」

「あ? とうきょうのみつこ、しまえ?」

「東京の! 三越前!」

「知るかそんなもの! ワケの解らんことばかり言いおってバカにしていやがる! そんな態度ばかり取っていると、こちらも相応にでるぞ。このドングリキャノン、ドングリをぶっ放した日にや貴様の祖国、チリとすら残らんと思え!」

「想像もできねえよ!」

 ドングリの飛来ごときで日本が滅んでたまるか。

「なあ、頼むよ就活で大事な時期なんだ、帰してくれよ」

「ダメだ。貴様にはこの場で、祖国の滅びゆく様をじっくりと見せつけてやる」

「はあ……ならさ、せめてタバコくれないか? スーツのポケットに入れといたはずなんだけど、無いんだ。四角い、手のひらサイズの箱。もうイライラしてしょうがない」

「あん? 押収した小箱のことを言っているのか?」

「その中に入ってるヤツ。口に含ませてくれって、頼むよ」

「ふん。どうせ何か企んでいるに決まっている」

「違うって。落ち着くんだそうするだけで」

「ウソであればどうなるか、わかっているんだろうな?」

「ああ、もちろん」

 渋々小箱と、セットになっていたライターまで持ってきてくれたドングリ兵士は、口にタバコを含ませてくれた。

「ん、火だ。火つけなきゃ意味ない」

「火だと? バカが。ドングリキャノンの前で発火などさせてたまるか」

「そんな大げさな。発火なんてしないって本当! ちょこっとつけるだけ!」

「ああ、面倒なヤツだな! なら自分でしろ!」

 片手のヒモだけ解いてくれたので、ジポっとタバコに着火し、もこもこ生じた煙を吸引した。そして、

「プハー!」

 と思いきり吐き出した。

 もくもく煙が兵士の顔を巻いてのぼると、ドングリづらが突如として歪みだした。


「うごおおおおおおおおおおおお! なんじゃこりゃあああああああああああ! ぐががああああああ!」


「ど、どうしたんだよオッサン!?」

 頭を抱えて悶絶しだすドングリ兵士があっちへこっちへドタバタと暴れ出したので、ヒロはドン引きした。兵士は目をひん剥いて、幾十ものシワに顔が覆われていく。

「うおぁぁあああああああああ!」

 やがて、走行する方向がドングリキャノンの砲台へ向かって、


 ガッコーン! 


 見事に衝突した。すると、ピシィィ! ドングリ兵士の頭に亀裂がはしる! 

「おお!」

 遂に化けの皮がはがされるときかと期待したヒロが声をあげた直後、内側から、おぞましくも赤々とした粘体質の物体と液体が溢れ出てきた。

 明らかに臓物だった。


 え、うそでしょ?


「ええええええええええ!?」

 じゅるりと垂れる『脳みそ』を目の当たりにして阿鼻叫喚する。

 しかも見た目の大きさに釣り合わず軽いのか、ドングリキャノンは兵士がぶつかった反動で砲口が正反対の方向へとひっくり返ってしまった。

 際してドッゴーン! と轟音が立つ。

 遠くの方で「なにごとだ!!」と叫ぶ声と駆ける足音。

「ヤべえええ! 殺されるぅぅ!」 

 恐怖で脳内がいっぱいになったヒロは、砲台の後ろに導火線を見つけた。

 芋虫のように這って近寄り、ジポッと着火する。

 ジリジリ火が線を辿ってゆき、やがて、


 ドパ――――――――――――――――ン!


 世界を真っ白に染め上げる驚異的な威力に目が覚めると、目前には真っ白な『履歴書』が残っていた。


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