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ジェノサイド・リアリティー  作者: 風来山
第一部 『ジェノサイド・リアリティー』
23/223

23.追手をかわす

 庭園ガーデンから、地下四階に戻りもう一度、地下五階に入る。

 レッサードラゴンと、その先を行くとガーゴイルが立ち並ぶエリアのはずなのだが。


 ドラゴンの死体が転がっていて、その代わりに開けられた宝箱が、ポツンポツンと散乱している。

 俺が倒したものではないし、宝箱が全部開いているということは久美子か?


「まずいな……」


 久美子かウッサーか、その両方が俺を追い越してここまで到達してしまったということか。

 いや、二人で進んでいたとしても早すぎる。


 久美子の到達度は、地下四階までだったはず。

 戦士ランクが下級師範ローマスターのウッサーは地下六階まで行ったはずだが、魔法ランクは初心者ニュービー同然の偏った能力をしているので単独行動は無理だ。


集団パーティーで行動しているのか」


 あり得ることだ。俺は、耳を澄ませて細心の注意を払いながら隠密ハイディングを繰り返しながら進む。

 モンスターはあらかた片付けられているので楽なのだが、先に進んでいる集団パーティーを追いかけての隠密行動なので気は休まらない。


「おいおい、六階まで来てしまったぞ」


 結局ガーゴイルを一体斬り伏せただけで、階段を降りて、地下六階。

 ウッサーが閉じ込められていたイベントがあった階層で、マスタードドラゴンがウヨウヨしているところだ。


 しかし、ここも紫色のドラゴンの死体が転がっていて、宝箱が漁られている。

 一体、アイツらはどこまで進んだ……そう思っていたら、先の大広間から魔法の強烈な明かりが見えて、戦闘の喧騒が聞こえた。


「ハアッ!」「やぁー!」


 間違いない、ウッサーと久美子の掛け声だ。ガスバーナーが噴き上がるような、竜がブレスを吐く音も聞こえる。

 見つからないようにするには……。


中級ミドル ダーク ネス」 


 俺は、ダークネスの呪文を唱える。

 明かり(ライト)の呪文とは正反対の効果がある。周囲が暗くなり、隠密の効果が格段に上がる。


 久美子たちは、マスタードドラゴンとの戦闘に必死で、ダンジョンの隅で闇に沈んでいる俺には気がつかない様子。

 本来は地下迷宮の闇に隠れて、モンスターに発見されるのを防ぐ魔法なのだが、こういう使い方があるとは自分でも思いもかけなかった。


「やっぱり、集団パーティーでいたのか。しかも、一気にマスタードドラゴン二体を相手にできるのか」


 ウッサー達は、七海たちのグループと一緒に行動している。

 総勢十五人の七海修一率いる精鋭集団がマスタードドラゴン一体、もう一体をウッサーと久美子が相手している。


 身の丈より大きい『聖鉄の大盾』を構えた七海修一が、マスタードドラゴンが放つ猛毒のブレスや、激しい爪の攻撃を正面から受け続けている。

 後ろから七海ガールズ特選隊の女子五人が、補助魔法をかけて防御力をアップさせつつ、解毒と回復のポーションを交互に手渡して回復させている。


 その間に、攻撃力の強い男子連中がマスタードドラゴンの横っ腹を攻撃するフォーメーション、なかなか考えられている。


「ヤエ―ッ!」


 総髪の古武士のような巨躯きょく三上直継みかみなおつぐが独特な気合の掛け声とともに竜の腹に深々と突き刺したのは鋼の長槍だった。

 なるほど、巨大なドラゴンを相手にするのに、刀よりリーチが長い武器がいいと判断して持ち替えたのか。


 さすがは無双と呼ばれた男だ。剣道部なのにその戦闘スタイルを捨てて、長物を巧みに操る柔軟性もある。

 無双の三上を筆頭とする総勢九名、運動部出身のアスリート軍団はみな鋼鉄クラスの武器を持ち、ジェノリアでもなかなかの戦闘力を有しているようだ。


 アスリート軍団は、竜の硬い鱗を砕く腕力と立ち向かう勇気を持っている。運動部エリートの基礎的なフィジカルの高さは、ダンジョンでも有効なのだろう。

 地下一階の『侵攻』では学年の三分の一の生徒を殺したマスタードドラゴン相手に、互角の戦いができているのだから。


 それにしたって、マスタークラスの武闘家ウッサーや、中忍である久美子の活躍は段違いであった。

 こいつらは素早すぎて、マスタードドラゴンの攻撃が一切当たらない。


 ウッサーがドカッドカッと腹を蹴り上げるたびに、ドラゴンの巨体が傾いている。久美子は、さほど長くもない忍刀で何度も攻撃しているが、突いている場所がドラゴンの弱点であるブレス袋であった。

 こいつらの二人の動きは、もう人間を超えている。


 ウッサーの無理押しと久美子の巧みな急所攻撃が決め手となり、マスタードドラゴンは丸まるようにして息絶えた。

 ついでに、チンタラ戦ってるなとばかりに、七海グループのほうのドラゴンにもとどめを刺す。


 強敵を倒しきり、ホッとする七海たちのグループ。

 しかし、ドラゴンを倒しても二人の戦いは続く。


「おっと、足が滑りましたデス」

「奇遇ね、私も手が滑った」


 マスタードドラゴンを倒しきっても、ウッサーは攻撃を止めない。

 久美子に向かって長いスカートを巻き上げてハイキックを繰り出す。長い髪が風で煽られるほどの威力の蹴りを受けて、久美子はすぐにカウンターパンチを繰り出した。


 久美子のパンチを平然と受け止めたウッサーは、ウサ耳とデカイ胸を揺らしながら舞うように飛び上がり、ガンッガンッと両足でかかと落としを喰らわせた。

 久美子は、涼し気な顔で激しい蹴り落としを左右に弾きながら、カウンターでウッサーの脇腹を狙って鋭い手刀を繰り出す。


 久美子のブンッと空気を切る手刀を腕で受け止めて笑うウッサー、なに怖い、コイツら怖い。

 俺が怖いぐらいなので、七海の集団パーティーは硬直している。


「仲間に殴りかかるとは、野蛮な女デスねー」

「あんたがいつ私の仲間になったのよ、バカウサギ!」


 ダンッと地を蹴って素早く距離を取る二人、ジリッと先ほどのドラゴン相手の戦いとは比べ物にならない緊迫した空気が張り詰める。

 今のウッサーの足技はもしかして震脚ってやつか。そんなマスタークラスの必殺技クンフーはドラゴンに使えよ、なんで久美子に使うんだよ!


 下級師範ローマスター武闘家の攻撃を難なくかわす久美子の軽業師ベンチャーランクも相当なものなのだろう。

 一応素手で戦うというルールはあるようだが、攻略とは全く関係ない本気ガチバトルが繰り広げられる。


 寸止めなし、急所攻撃ありの組手試合のような攻防バーリトゥード

 ドカッ、ドカッと、素手で打ち合っているだけなのに、なぜか鈍器で殴り合うような硬質の音がダンジョンに響く。


「こんな乱暴な女がいたから、旦那様が嫌がって逃げたんデスね!」

「あらっ、初夜に逃げられた間抜けな花嫁さんが言うわね」


「嫉妬した繁殖力ゼロのダメ無乳さえ邪魔しなければ、ワタシは今頃、旦那様と百回は繁殖できてたんデスよ!」

「あらあら、胸の駄肉に栄養が偏ってる発情ウサギはこれだから。美乳派のワタルくんに、最初から相手にされてなかったってなんで気がつけないのかしらっ!」


 一撃当たれば普通の人間なら余裕で死ねるパンチをぶつけあうウッサーと久美子に、運動部アスリート軍団ですらどうにも手が出せない。

 みんなの視線が七海に集まる。こういう場合に仲裁できるのは、完璧なるリーダー七海修一だけなのだ。


「止めないか……」


 ガールズに介抱されて、回復を終えた七海がようやく止めに入る。普段は通りの良いハキハキとしていた声は、少しかすれていた。

 七海の顔は遠目から見ても疲れ切って、まるで十二ラウンドを闘いぬいたボクサーのように青ざめている。ポーションでスタミナやヘルスは回復できても、溜まった心労までは癒せないのだろう。


 ジェノサイド・リアリティーが始まって十日、休むことなくこの手のどうしようもないいさかいを仲裁し続けた七海の乾いた声と張り付いた笑顔には、元が美男子であることも相まって、独特な凄みが出てきている。

 常に生死を分ける極限状況、心労の極地にありながらなおも悲痛な笑みと至誠の心を絶やさない七海に諌められてバツが悪かったのか。


 二人ともブツブツと言いながら矛を収める。


「フンッ、私は最初からやる気はないデスよ。今は早く旦那様の下に急がなければならないんデスから、アバズレの相手なんかしてる場合じゃなかったデス」

「私もよ、ワタルくんに早く追いつかないといけないんだから、チビウサギの相手なんてしてる場合じゃなかったわ」


 久美子が何事もなかったようにマスタードドラゴンの宝箱の罠をさっさと外し、ダンジョン知識の豊富なウッサーが素早く選別して分配する。

 攻略に使えるアイテムはウッサーと久美子が優先、金貨や宝石は七海たちの集団パーティーが優先と決まっているようだ。


 幽鬼のように青ざめた七海は、深い溜息を吐いて余計なことは何も言わず、「じゃあ先を急ごう」とだけつぶやいて、荷物を入れたリュックサックと大きな『聖鉄の大盾』を担いだ。

 その十字架を背負ってゴルゴダの丘を登っていく聖者のような重たい背中を、みんなが一様に疲れた様子で追っていく。元気なのは、歩きながら小突き合っているウッサーと久美子だけだ。


 うーん俺のせいじゃないぞ、俺のせいじゃないけども……。

 ただでさえ大変な七海に、ウッサーたちまでもが心労をかけてるのが、すごく悪いような気がする。


 まあしょうがないか、きっと七海は世界ムンドゥス全ての労苦を背負い込む星の下に生まれてしまったのだろう。

 それにしても、俺を追ってきたウッサーや久美子が急ぐのは分かるが七海修一たちの集団パーティーがこんなところまで強行軍で来たのはどうしてなんだろうな。


 ウッサーと久美子のやる気に便乗して、できるだけ早く攻略を進めようとか?

 浅い階を往復して街の金貨をもっと増やすほうが先決だと思うんだが、攻略を優先する意図が分からない。


 俺の邪魔にならんように、地下三階の効率的な稼ぎ場を教えてやったのに。

 そっちは、二軍の集団パーティーに担当させてるのかな。


 もしかして、和葉が心配していたように、居なくなった和葉をここまで探しにきたとか?

 まさか、公平無私の七海修一が私事わたくしごとで生徒会最精鋭の部隊パーティーを動かすとは思えない。


「まあ、考えても仕方がないか」


 七海たちには七海たちの考えがあるのだろう。そういや和葉の手紙を渡すのを忘れたが、もうちょっと後でいいか。

 せっかく七海がウッサーたちの面倒を見てくれているのだから、しばらくはそのまま頑張って欲しい。


 さてと俺としては、先回りして地下六階のボスを倒すのを狙ってもいいのだが、むしろ六階攻略はこのまま彼らに任せることにしようか、足止めにもなるし。

 実を言うと、地下六階は落とし穴(ピット)から下に降りて、隠し扉を抜けると地下七階の通常通路に出るので、ボスを倒す必要はないのだ。


 六階のボスは青蛇神ブルーサーペントだったか。ジェノリアには、無視しても良いボスというのも、結構いる。

 よくよく俺が書いたマップを読めば、そのことに気がつくと思うんだが、七海たちはゲーム慣れしてないので分からないのかもしれない。


 あるいは分かっていても、真面目に全部潰していくつもりなのか。

 俺だって、本来ならボスを倒さずに次の階層に行くなど邪道だと思うけど、今回は競争だからな。


 まっ、変則的な協力プレイってことで。


 青蛇神ブルーサーペントは八つの蛇の首がウネウネして、潰すのが面倒なだけの雑魚ボスだし、侍単独プレイの俺が欲しいアイテムを持っているわけでもない。今回は、真面目に攻略している七海達に任せた。

 最寄りの落とし穴(ピット)にロープを垂らして、俺は地下七階へと降り立った。

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