221.最後の挨拶
さすがの俺も、今回ばかりはちょっと緊張する。
挨拶回りの最後に赴いたのは、瀬木碧の家だ。
「さてと……」
瀬木の家は、ごく普通の一軒家だった。
チャイムを押すと、可愛らしい私服の瀬木が出てきた。
「真城くんいらっしゃい」
「ああ、挨拶にきたぞ」
いつもならズカズカと上がり込むところだが、今回ばかりは瀬木が誘ってくれるのを待った。
「何してるの、上がってよ」
「お、おう」
今回ばかりは、俺も瀬木の両親に謝らなきゃならないと思っているからだ。
なにせ、瀬木を嫁にほしいという俺の勝手な願望で、瀬木家の一人息子を娘に変えてしまったのだ。
正直、瀬木の両親がどんな反応をするのかも予想できない。
平謝りに謝るか、それとも機先を制して金を積みこちらのペースに巻き込むか。
そもそも、生まれつきの性別が変換するなど、いまだに俺でも信じられない事態なのだ。
よく理解されてない可能性もあると考えていたのだが……。
「ありがとう真城くん! 私は最初から女の子がほしいと思ってたのよ!」
居間に通されて、初めて会った瀬木の母親は開口一番これだった。
いきなり、礼を言われるとは想定外だ。
「は、はあ……」
「この子前から女の子みたいでしょう。もう女の子になるんじゃないと思ってたのよ」
ええ、一体どういうことだよ。
言っている意味がわからない。
瀬木の母親はまだ若いのか、かなりの小柄で瀬木に似てかなりの美形だが、この思い込みの強さと有無を言わせぬ迫力はどうだ。
和葉と似たような、いやそれよりも強力だ。
こういう母性の強いタイプは、俺は苦手である。
俺がただただ圧倒されていると、こちらも瀬木の父親らしい線の細い美形の父親が言う。
「……碧、お前はそれでいいのか」
「うん。僕は、真城くんのお嫁さんになるよ」
「そ、そうか……碧がお嫁さんになあ。真城くん、息子をよろしくおねがいします」
そう言って、しおらしく頭を下げられた。
それに瀬木の母親が、「お父さん! 息子じゃなくてもう娘よ!」と混ぜっ返す。
瀬木の父親は頭をかいて言う。
「ハハハ……慣れなくていかん。こういう時に男親というのは」
「もうお父さんはダメねえ」
瀬木の両親は、そんなことを言って笑い合っている。
いやいやいや、待て待て!
なんで自分達の一人息子が娘になってしまってこの反応なんだ。
わけがわからん。
何だこの流れ、この俺が圧倒されて一言も言えないとは……。
いい人達なのだろうが、なんというか瀬木はいままで苦労してたんだなと俺は同情の視線を送った。
「まだ異世界とやらに戻るのに時間があるんでしょう。お洋服を買いに行きましょう! 女の子になったらいろいろ大変でしょう」
「えー、お母さんそんなのいいよ」
「ダメよ。せっかく女の子になったんだから、碧に可愛い服を着せるのが私の夢だったの! そうだわ、昔の着物があるんだけど着てみない。きっとよく似合うわ」
「お母さんー」
瀬木の着せ替えショーが始まるらしい。
ほほー。
これは俺も興味深いと、固唾を呑んで見守っていると。
ガラッとサッシ扉を開けて、庭から久美子が居間に上がりこんできた。
「真城くん。大変よ!」
瀬木のお母さんは「あら、また学校のお友達?」とか、のんびりしたことを言っている。
「なんだ、玄関から入ってこいよ。俺はいま忙しいんだが、急ぎなのか?」
「襲ってきた連中が誰かわかったわ!」
「……ほう、早いな」
口の硬そうな連中だったのにもう口を割ったのか。
九条家は、一体どんな拷問をやったんだ。
「あいつらは、民間軍事会社よ。民間といっても、チンピラばかりじゃないわ。元アメリカ陸軍特殊部隊やフランス外人部隊の出身者もいたから、プロ混じりの組織よ」
「道理で手応えがあったわけだな。それで金を出した雇い主がいるんだろ、首謀者は?」
「それが……」
久美子がそう言いかけた瞬間、外からパンパンと発砲音が聞こえた。
ウッサーや、アリアドネの叫びも聞こえる。
襲われる可能性を考慮して、二人にそれとなく周りを警備はさせていたのだ。
まあ、首謀者なんか誰でもいい。
おかげで、ここにいる間退屈しなかったから礼を言いたいぐらいだ。
「真城くん」
突然の発砲音や怒声に瀬木が不安げに見る。
俺は安心させるようために、ここは守られてるから大丈夫だと笑って言ってやる。
「瀬木達は、ここで待ってろ。すぐに表の騒ぎを片付けてくる」
俺と久美子は、中庭から外に飛び出していった。
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