220.挨拶周り
都内の喫茶店で、俺達は久しぶりに七海修一達と出会った。
七海達は現在、それぞれ都内の大学にかよっているそうだ。
最初は、和やかに話をしていたのだが、話が『俺と和葉との結婚のこと』になると、とたんに重苦しい空気が漂った。
この場には竜胆和葉も当然いる。
和葉は、自分で結婚のことを説明すると言ったが、それを俺は遮った。
こいつは前に、七海を発狂寸前に追いやった前科がある。
そうでなくとも、誠実な七海を騙すようなことをしていたのだから、せめて俺の口から伝えなきゃならない。
俺の説明に、しばし呆然としていた七海だが、ようやく絞り出すように言った。
「そうか。向こうの世界では、そんなことになっていたなんてね……」
「すまん。そういうことなんだ」
異世界にモンスターが溢れ出した事件では、政府に乞われて異世界戦闘のプロフェッショナルである七海達も協力していたらしい。
日本でのモンスターへの対処が上手く行ったのは、七海達の協力もあってのことだと俺の兄貴も感謝していた。
幼馴染の和葉に執着している七海にこれを言うのは、俺としても心苦しいことだった。
でも、だからこそまず真っ先に七海に言わなきゃならない。
「……和葉は、それで幸せなのかな」
「うん、私はワタルくんと一緒になれて幸せ」
きっぱりという和葉の言葉に、七海はしばらく打ちのめされていたようだった。
元気がない七海に、俺は言う。
「和葉をかけての果し合いなら、またやってやるぞ」
俺達は、和葉を巡って剣をぶつけあったこともある。
その言葉に、七海は「まさか……」と肩をすくめた。
「……真城ワタルくん。和葉のことをよろしく頼むよ」
そう頭を下げる七海に、和葉は何故かムッとした顔をしていた。
相変わらず七海の言葉に謎の怒りを感じてるらしい和葉が、余計なことを言わないように目線を送って抑えると、俺は話を早く切り上げるために、七海の手を取って握りしめた。
「ああ、約束する」
目を見てこう言えば、七海はわかってくれるやつだからな。
「そっか。もう僕に機会はないのか。本当に終わってしまったんだな」
憑き物が落ちたように肩をすくめて去っていく七海を、七海ガールズたちが囲んでいる。
あいつらも、ほんと変わらないな。
七海ガールズの、誰だっけ白鳥だっけ。
比較的性格がまともなあいつなら、七海を慰めて物にできるかもしれない。
そう思って眺めていると、和葉が耳打ちしてくる
「真城くん。さっき、なんで止めたの?」
「お前……七海に何を言おうとしてたんだよ」
「私のお腹には、もう真城くんの子供がいるって」
「なっ!」
お前、その話俺も聞いてねえぞ!
そりゃまあ、やることやってたわけだからそうなっててもおかしくないけど。
タイミング最悪すぎるだろ……。
唖然とする俺に、和葉は愛しげにお腹を撫でて、ニッコリと笑いかける。
「まだわかったばかりだから。でも、ちょうどいいと思わない。そう言えば七海くんも諦めるでしょ」
「いやいやいや……」
お前なあ。
俺と和葉が結婚するって話も、七海には飲み込むのに大変だろうに。
ここで、そんな爆弾落としてどうするんだよ。
和葉にしゃべらせなくてよかったと、俺は撫で下ろすのだった。
※※※
結婚するからには、家族への挨拶は必要だ。
竜胆和葉の他にも、佐敷絵菜や木崎晶の家に順々に回っていった。
しかし……。
「こんな突拍子もない話、意外にすんなり受け入れられるもんなんだな。重婚の上、異世界で暮らすって言ってるのに」
そう独りごちる俺に、絵菜が言う。
「うちの家の人とか、もう死んだと思ってたみたいだし、それに真城くんのやることがやることだからねえ」
絵菜はそう言って笑う。
木崎も、それに続いて言う。
「うちの親も普通の人なんだから、あんなことされたら圧倒されちゃってなにもいえねえよ」
なんか、気にかかる言い方だな。
「木崎、俺は何かおかしいことやったか?」
「だって、いきなり机の上に金貨をどばーって」
木崎が手を広げて説明する。
「ああ、婚約には結納品ってやつが必要なんだろ」
俺がそう言うと、絵菜が横から混ぜっ返す。
「金貨を結納品にする人なんてみたことないよ!」
「俺がちゃんと絵菜や木崎の面倒を見られるのか、家族も心配するだろう。だから金ならあるところを見せようとしたんだ。何かおかしかったか?」
そんな俺に「これだよ」と木崎が手を広げていい、絵菜と笑い合ってる。
「ふん、まあ納得するんならそれでいいんだけどな」
家族が反対するなら、結婚は考え直そうとも思っていたんだが……。
木崎や絵菜たちにもいまさら日本に返されても、こっちでの生活にもう適応できないと言われると弱いんだよなあ。
とりあえず、木崎と絵菜は受け入れたが、異世界で暮らしている女達は他にもいて、俺の嫁は何人増えるか正直なところわからん。
ただ、責任を取るとなれば、ちゃんとしておきたいとは思う。
※※※
結婚の挨拶にいくのに、少し緊張したのが九条久美子の家だ。
久美子の両親のいる本家は、京都の豪邸だった。
「すごい家だな」
そう言う俺に、久美子は静かに「うん」うなずくだけだった。
「珍しい、久美子が緊張するような親なのか」
「お父様相手に、挑発するのだけはやめてね」
「お前、そんなに俺がケンカっぱやく見えるか?」
九条家は、現在の政府にも隠然たる力を持ってるらしく、ケンカは売らないでくれと兄貴にも散々言われたのだ。
俺は、敵対的な相手以外になにかするようなことはないんだが……。
そんなことを思っていると、すっとふすまが開き、和装の男が入ってくる。
その男が入ってくるなり部屋の空気が変わる。
「ども」
俺の親父や、首相官邸で会った政治家どもとは違う感じだな。
それよりもずっと威圧感が強い。
これが古い血筋の人間ってやつか。
俺をじろりと見て、久美子の親は言う。
「君が、真城ワタルくんか。私は、そこの久美子の父、九条広継だ。まあ、自分のウチだと思ってゆっくりしてくれたまえ」
「一応、結婚の挨拶だから、そうもいかんだろ」
俺がそう言うと、九条広継は前に座って言う。
「……こう言って気を悪くするかもしれないが、君は若い頃のお父さんとよく似ている」
「親父を知ってるのか」
静かに座ると、九条広継は言う。
「ああ、盟友だった時期もある……」
俺の親父は政治家だったのだから、そういう繋がりがあっても当然か。
しかし、その娘の久美子と俺がこういう形になるのだから、縁というのは不思議なものだ。
何も言わないが、向こうもそんなことを思っているのだろう。
「これは、結納品として持ってきた。受け取って欲しい」
俺が、金貨の入った袋を差し出すと、それをつまみ上げて物珍しそうに眺めながら言う。
「君の国では、通貨発行をしているのか?」
「いや、それはダンジョンで出たものだ。おそらく、異世界の古代文明の遺産といったものじゃないかな」
「ほう、これは大変良いものをいただいた。今回の件はいい縁だと思っている。九条家は君に協力する。この金貨の礼と言ってはなんだが、いつでも力を借りてくれ」
金貨を見て、こんな反応を見せる男は久美子の父親が初めてだ。
なかなか、面白い人物のようだな。
「ただの結納品だから、礼などいらないんだけどな」
「そう言うな。野生児と聞いていたが。君はなかなか礼儀があるではないか。贈り物をしあうことも、家同士が縁を繋ぐということだ」
「そういうことか」
「うむ、真城家とまたこうしてつながりが出来たのはめでたいことだ。久美子」
「はい!」
父親に言われて、始めて黙り込んでいた久美子が返事をした。
「……彼の力となってあげなさい。さて、ゆっくり話をしていたいが、私も忙しい身でね」
「ああ、今日は挨拶だけのつもりだ」
「真城くん、娘をよろしく頼む。では失礼するよ」
そう言うと、広継は部屋からでていった。
九条広継が出ていくと、部屋の空気が目に見えて弛緩する。
「おい、久美子」
「ワタルくん! お父様相手に、よくあんな口を聞けるわね!」
タメ口で話す俺に、久美子はハラハラしていたようだ。
俺も試すつもりでそうしたんだが、むしろこちらに合わされてかわされた。
相手の方が一枚上手だったということか。
「ああ、試すつもりが試されたな。それに、なかなかの圧だった」
力のベクトルは違うが、階層ボスくらいの圧はあった。
子供の頃からあれの相手をしていたのだから、久美子が鍛えられるのも無理はない。
日本にも凄い人間がいるんだなと、俺は話していてむしろ面白く感じた。
帰りは車で送ってくれるというので、九条家の手配してくれた高級車に乗り換えたのだが、途中の道で急停車することとなった。
いきなり大型トラックが目の前に飛び込んできて、道を塞いだのだ。
「どうやら、事故じゃないようだな。おい、ウッサーお前は妊婦なんだから行くなって!」
ちょっとはおとなしくしてられないのか。
退屈して、すぐ戦闘したがるんだから困る。
まあ、退屈してバトルを欲していたのは俺も同じか。
俺達を狙っている何者かがいることはわかっていたから、この程度の襲撃は予想して待ってはいたが――。
俺は、先に飛び出て黒い軍服を着た男たちと戦闘を始めているウッサーや、アリアドネに叫ぶ。
「おい、俺の分を残しておけよ!」
トラックから飛び出てきて俺達を囲んだ男たちは、一個小隊。
目測でだいたい、三十名程度だった。
――のだが、黒い軍服の男たちは出てくるまもなく、ウッサーやアリアドネにやられてしまう。
「なんだこいつら!」「なんで剣、うわ!」
まさか異世界のウサ耳や、女剣士がかかってくるとは想定していなかったのだろうか。
銃を持っていたのに、意表を突かれたらしい相手は、発砲するまもなくやられている。
「さてと、最終 放散 刻限 敏捷」
俺は、周りの時間が遅くなるスローの呪文を唱える。
日本は環境的にマナが極端に少ないのだが、ジェノサイド・リアリティーのマナポーション代わりとなる宝石の力を使えば使うことができる。
本当は、こんなの必要ないくらいなのだが、余裕を持つことと油断は違う。
部下を戦わせながら、後ろでじっと観察しているあの男なんかはちょっと纏っている空気が違う。警戒したほうが良さそうだ。
雑魚はウッサーたちに任せて、小隊のリーダーらしき男に向かって走りつつ俺は野太刀を引き抜く。
何をしているのかと思えば、男は手榴弾のピンを引き抜いていた。
この乱戦の中で、仲間をまきぞえにする覚悟で手榴弾を使うのかよ!
俺はすぐさまそれに対応して、野太刀の長い切っ先で、それを弾き飛ばす。
空中で爆発がおこる。
凄まじい爆風と破片があたりに飛び散るが、極限まで抵抗力が高まっている俺の動きはこの程度では止まらない。
俺は男のもとに走るが、今度はライフルの弾が飛んできた。
この状況で、その射撃は正確で速い。
なかなかの手練だが、駆け続けた俺の速度はすでに神速に達している。
俺は身をひねると、急所を狙って飛んできた弾を全弾避けてみせる。
どっかの映画であったよな。こういうシーン。
一度やってみたいと思っていた。
フルオートで正確に撃ち続ける男の銃を、俺はその腕ごと断ち切ってやった。
「なんで生きてる! 化け物め!」
両腕をたたっ斬られても、男はそう叫んで激痛にのたうち回ることなく俺に蹴りを仕掛けてくる。
この人間離れした冷静さは、もしかしたらあらかじめアドレナリンの薬か何かを打っているのかもしれない。
そうだとしても、勝負にかける執念は認めてやる。
こちらも魔法を使っているのだ。その程度のチートは、お互いにありの戦いだ!
「良い判断だった」
冷酷な戦いっぷりを見せた敵に敬意を評して、そのまま首を斬り落としてやりたい気分だったが、こいつが首領だとすれば、誰に依頼されたのか情報を聞き出さないといけない。
神速の時間のなかで、俺はゆっくりと男の蹴りを受け止めると。
そのまま、足を掴んで思いっきり地面へと叩きつけた。
ヘルメットをしていたが、この俺が思いっきり叩きつけたのだ。
男の身につけていた硬いヘルメットも、それにぶつかったアスファルトも砕け散っている。
脳を震わされたせいで、そのまま意識を刈り取られて昏倒していた。
えっと……ちょっと全力でやりすぎたか。
たぶん、死んではいないよな?
そこに、久美子がやってくる。
「真城くん、大丈夫!」
「ああ、久美子も大丈夫か」
見れば、ウッサーとアリアドネの二人だけで、全員倒れ伏していた。
俺はとりあえず、かろうじて意識があった(武闘家のウッサーと戦った連中が、一番生存率が高く運が良かった)黒い軍服の男に掴みかかって、「誰に依頼されたんだ?」と聞いてみる。
しかし、黒い軍服の男は首を横に振るだけで答えない。
「真城くん。尋問ならこっちでやるわよ。大丈夫、うちはこういうの慣れてる者もいるから任せて」
「そう言うなら任せるか」
久美子の父親も、縁を繋ぐために力を借りてくれと言ってたからいい機会か。
俺がそう言うと、久美子は嬉しそうに笑う。
「それに、この車は九条家のものよ。それを襲ったやつらに、わからせてやる必要がある」
この分なら、襲ってきている敵が判明するのもすぐだろう。
張り切っている久美子を残して、俺達は別に手配してもらった車で結婚の挨拶回りを続けることにした。





