217.日本へと溢れ出したモンスター
俺の親父、真城隆三郎の起こした二度目のジェノサイド・リアリティー再帰の冒険者事件からしばらく経ち、ようやくムンドゥスの世界も秩序を取りした。
一度起動した『ゾロアリング』は止められないが、溢れ出る異界からのモンスターを倒し切ってとりあえず封鎖することはできた。
再び、俺達によって完全制覇されたダンジョン。
ジェノサイド・リアリティーの最下層、地下二十階で猫忍者ニャルの悲鳴が響き渡る。
「やめろニャー! ぎょへぇえ――」
久美子が、『ゾロアリング』の日本へと繋がる青白い星幽門にロープで縛ったニャルを投げ込むと、なんか声がブレて聞えだして、やがて向こう側に消えた。
「これちゃんと、向こう側に行ったんだろうな?」
「そのはずだけど」
少し時間を測ってから、ニャルを縛ったロープを、再び引き寄せる久美子。
「――ぇえええ、なんだこれ、なんだこれ! 怖いニャー!」
ニャルは無事に、日本からこっちの世界に戻ってくる。
「おいニャル、向こうはどうだった?」
「なんかわけのわからない石の建物の中だったニャー! 部屋とか扉とかいろいろぶっ壊れてたニャー!」
ふむ、どうやら日本の建物の中か。
モンスターが向こうにも出現したまではわかっているので、破壊されているのかもしれない。
「どうやら、ゾロアリングの起動は上手く言ってるみたいだな」
親父が創り出した様々な異世界へと繋がる『ゾロアリング』は動きづつけているのだが、ようやく日本へと繋がるゲートを発見したのだ。
日本行きだと思って飛び込んだら、謎の異世界なんてことになったら困るから実験は大事だ。
「ニャルで人体実験とか、何考えてるニャー! お前は鬼畜かニャー!」
「俺を鬼畜呼ばわりか。偉くなったもんだなニャル。そうだ久美子、こんどはニャルを蝿と一緒にワープさせてみろ。遺伝子レベルで融合するかもしれないぞ」
なんかの映画みたいに、この手の転送装置で、蝿と融合とかしたらたまったもんじゃないしな。
俺がそう言うと、ニャルは真っ青になって泣き出す。
「ぎゃー! やめろニャー! ぶっとばすニャー! ほんとやめて、なんでもするからそれだけはやめてギャー!」
「冗談だ。そんなにビビるなって」
実験は必要だったが、ゾロアリングの設定はある程度わかってるので、ハエ男ならぬハエ獣人ができるような副作用があるとも思えない。
「冗談になってないニャー!」
半泣きになっているニャルは酷い顔で俺を非難する。
いきなり襲いかかってきた罰としても十分なので、そろそろ許してやるか。
「よし、ニャルご苦労だった。帰って良いぞ」
「この非道王めニャー! お前、絶対いつか殺すニャー!」
「おう、いつでもかかってこいよ」
ニャルは性懲りもなく俺を打倒するのを目指して訓練しているらしく、たまに突っかかってくるのがこちらとしては良い訓練になっている。
この世界のモンスターも、あらかた倒し終えてしまったし、こう敵っぽいのがいないと、感覚が鈍るからな。
ニャルは敵だと思えば、こういう実験にも容赦なく使えるし、ほんとにいい人材になってくれている。
「さて、遊びは終わりだ」
「ニャルのことは遊びだったのかニャー!」
いや、お前は出番終わったんだからさっさと家に帰れよ。
「それじゃあ。一時帰国するか」
「お前なんかクソニャー! 今に見てるニャー!」
そんな捨て台詞を残して脱兎のごとく逃げ出すニャルを見送ってから、俺達は日本への転送ゲートをくぐった。
※※※
ジェノサイド・リアリティーの地下二十階に通じている、青白い星幽門があった場所は、駅前近くのビルの地下二十階だったはずだ。
ニャルの言う通り、俺達が通ったゲートのある区域はめちゃくちゃに破壊されていた。
「何が起こったんだろうな」
「ワタルくん! 大変よ。隣の部屋は酷いことになってるわ」
何も言わなくても阿吽の呼吸で偵察に出てくれていた久美子が、すぐに戻ってきた。
付いていってみると、警備員の詰め所になっていた隣室は、ところどころに蜘蛛の巣のようなものが張っている。
「殺されてだいぶ経った死体だな……」
部屋には、酷い異臭が立ち込めている。
かなり死体が腐乱しており生前の様子はうかがえない。
しかし、自分達が日本から戻る時に挨拶した人かも知れないと思うと少し気が重くなる。
警備員の腐敗した死体には、ところどころ卵のようなものが植え付けられている。
「この部屋だけでなく、もうこの階層には生きてる人はいないと思うわ」
これを見てしまえば、言われずともわかる。
思わず目を背けたくなるような光景だ。
「見覚えがある。この卵って産み付けてるのってあれだよな、なんとかマザーってやつ」
マザーオーティラスだったか。
一つ潰してみようと硬い殻を切っ先で突くと、卵から幼虫がでてきた。
「キャシャー!」
オーティラスは、爬虫類だか昆虫だかもわからない、蜂によく似た生体の宇宙生物だ。
死体に卵を産み付けたり、生物に寄生して形態を変えたりする気持ち悪い生き物である。
奇っ怪な音を立てて襲いかかってくる不気味な幼虫を、俺はさっと斬り捨てる。
「本当に、気色悪いわね!」
久美子が叫ぶ。
寄生生物には、本能的に嫌悪感が走る。
卵から次々に幼虫が飛び出ては襲いかかってくるのを俺達は斬り刻んでいくが、とにかく数が多い。
「こんなのいちいち相手してられないぞ」
困ったな。
こういう数で攻めてくる手合は炎球で焼き払うのが一番だが、ここはビルの地下深くなのでおそらく火災になってしまう。
そうなれば火に巻かれて自分達もお陀仏だ。
稲妻の魔法の方を使う手もあるが、強い威力の魔法を使えば衝撃でビルが崩れて落盤で押しつぶされて生き埋めになる可能性もある。
「日本のリアルダンジョンはこれだから困るな」
魔法戦闘に都合のいいような環境になってないのだ。
「真城くん。壁を破壊不能オブジェクトにならできるよ」
「なんだって?」
和葉の言葉にびっくりする。
「だってここ地下の密閉空間。立派な『ダンジョン』だもの。ゲームマスターの私のテリトリーにすることができると思う」
「その理屈はよくわからんが、できるなら頼む」
和葉の言葉は本当だった。
和葉のダンジョンマスターの能力でビルの壁が破壊不能オブジェクトとなった。
試しにと炎球を使っても、火事になることはなかった。
和葉の能力、もともと料理人で酷いデバフを付けられていたとはいえ、なんでもありすぎるなと内心でびっくりしつつ俺達はモンスターの巣を焼き払っていった。
こうなれば敵を殺すのは容易い。
次々に現れる幼虫や人型のオーティラスを、ウッサーや久美子たちは張り切って片付けていく。
上部の階段につながる部屋の扉を開けると、マザーオーティラスがいた。
「いよいよこいつらのマザーが出てきたか。おいお前ら下がれ、最後は俺がやる!」
特に、いよいよ臨月で腹がデカくなってるウッサーは下がれ。
何で妊婦が素手で戦闘やってんだよ。
「わかったデス」
まったく、危険があるから家にいろと言っても誰も聞かないんだからな。
(またきたなニンゲン、貴様らも餌にしてやる)
そう言うからには、お前達はここにいる人間を喰ったってことか。
俺はマザーオーティラスに向かって駆ける。
「人に寄生する害虫め!」
(貴様らも我の子を殺したではないか!)
怒りに震わせる声で叫ぶマザー。
それも道理だな。
モンスターと言っても生きるために戦っているのは、こいつらも俺も変わらない。
だからこそ、俺も容赦しない。
迫りくる猛毒の棘のついた禍々しい触手を、俺は一刀両断する。
マザーオーティラスには知性があり、こうしてテレパシーで話しかけてくるからうざったいのだ。
余計なことに気を散らす前に、さっさと殺ってしまうに限る。
「まったく気持ち悪いったらありゃしねえ!」
俺は、すれ違いざまに巨大な腹をたたっ斬る。
(ぎゃああ! わ、私の腹を! 下等生物ごときに!)
「お前らの殺し方は、もう知ってんだよ!」
こうして数が増えないようにしてから、苦しみもがいているマザーの首を落とす。
(ぎゃあああ!)
地下二十階の入口近くに巣を構えていたマザーオーティラスの息の根を止めると、残っていた他のオーティラスたちはバタバタと倒れていく。
とたんに、辺りは静かになった。
オーティラスはマザーにのみ知性があり、他の兵隊蜂はテレパシーで動くロボットのようなものなのだ。
本体を倒せば終わり。
しかし、俺達が手応えがあると思うほど強い寄生生物が、こんなにも繁殖してるとは……。
「日本がすでに滅びてないといいわね」
俺が恐れていたセリフを、久美子が口にしてしまった。
地下から地上に溢れ出したマザーたちが、人間を喰い物にして無限に増殖していくシーンを想像する。
俺は、頭を振る。
「いや、ともかく地上に上がってみよう」
こういう危険性を想定していただろう兄貴が管理していた建物だ。
滅多なことはないと思うが、さっさとこのダンジョンを突破しよう。
1年と半年ぶりの更新です。
ジェノサイド・リアリティー3年ぶりに2巻が出ますので、お約束どおり特別編をやります。
楽しんでいただければ幸いです。
満を持してのジェノリア2巻も、待っててよかったと思ってもらえるような最高の作品に仕上げました。
確実に手に入れるにはやはり予約が一番ということで、ぜひ予約していただければ嬉しいです!





