214.ジェノサイド・リアリティーを超えた先に
最後の一戦。
あれだけ仲間の助けがあればーとか言いながら、最後まで一人で戦うことになるとは、俺らしいなと苦笑する。
ジェノサイド・リアリティー二十階層。
最後の階層は、ただただ広く薄暗い空間だった。
暗闇の中で、青白い燐光を放つ柱を横目に見ながら、俺は中央部に向かって走っていく。
あの真ん中にある巨大な機械が、ゾロアリングだ。
あれが、いくつもの異世界への門をコントロールしている。
それには、地球の日本やアメリカへとつながるゲートもあるようだ。
近づいていくと、本来最終ボスとして君臨していた、創聖神の化身狂騒神は機械の上部に埋め込まれているのがわかった。
ああなれば、神も無残なものだ。
かつてのシナリオでは、システムが動く前に狂騒神を倒して阻止するのだったが、すでにゾロアリングは動いてしまっている。
「来てしまったのか、ワタル!」
親父はどこか冷めた声だった。
もはや、さっきまでのどこかふざけたような調子はない。
俺をすでに殺すと覚悟している。
わかるぜ、俺ももう親父を殺すと覚悟しているから。
「ああ。これが最後の決着だよ。親父」
「……仕方がない。絶殺の魔神よ。ワタルを殺せ!」
傍らにいる、化け物じみた魔神に命じる。
「そうはいかないさ」
「どうやって絶守の魔神の壁を超えてきたか知らぬが……いかにお前が神をも超える最強になろうとも、絶殺の魔神には抗えぬと知るだろう!」
さっき倒した絶守の魔神よりも、さらにおぞましき死神のような魔神が、親父の命によって襲いかかってきた。
まるで、死を体現したかのような不気味さがある。
だが俺は、ちっとも怖くはない。
恐怖も戦いへの震えもなく、あるのは透き通った意思だけだった。
ただあるのは、この長い戦いを終わらせるという思いだけ。
もはや小細工もいらない。
俺は神絶の刀を握りしめると、ただ真っ直ぐに絶殺の魔神に向かって斬り込んでいった。
魔神は、当然のごとく絶殺の攻撃を仕掛けてきた。
それは、『絶殺』の名にふさわしい攻撃。
その視線を受けた俺は、全身でそのとてつもない重さを感じた。
世界のあらゆる法則を超えて抗うことのできぬ、絶対絶死の滅びの波動だ。
俺の周りの空気すらも死に絶え、破壊不能オブジェクトでできた床や柱ですらボロボロと崩れて溶けていく。
「ぐっ……ぐぁああああああ!」
身体が焼けるように熱い。
神のルールが、滅びろと命じるのだ。
最強の鎧など何の役にも立たなかった。
真正面から『絶殺の波動』を受けた俺の肉体はその場で、一度粉々になるまで死に絶えた。
遠く親父の声が聞える。
「なぜこうなるのだ、ワタル。お前にはワシを継いでほしかったのだが……」
親父の声は、悲しそうな声だ。
今だからわかる。
それは、多分本心なのだろう。
どこまでも身勝手で、母親の死に目にも来なかったような酷い男だが。
それでも、死んだ俺を見てあざ笑うわけではなかった。
親は親と言ったところか。
もう否定はしない。
それを受け入れて、俺はそれでもお前の野望を打ち砕くぞ、親父!
「……親父の敷いたレールなんて、まっぴらだと言っただろうがッ!」
神のルールを超えて、俺の砕け散った肉体は再び元の形へと収束していく。
そのまま、ただ真っ直ぐにに刀を振り下ろす。
強く握りしめた神絶の刀と、相手を倒そうとする純粋な意思。
神をも殺す剣閃が、一瞬で魔神の皮を斬り、骨を砕き、その魂まで斬り伏せた。
決定的な手応え。
当たり前だ、俺のこれまでのすべてをこの一撃にかけていたのだから。
こうして『絶殺の波動』を生き延びた俺は、絶殺の魔神を倒しきった。
俺の剣技は、ついに魔神の命を一刀で断ち切る領域に到達したようだ。
「バカなッ、なぜ生きている!」
「……黄泉のアイテムを使ったのは、お前だけじゃないってことだ」
俺がヴイーヴルから渡されて身につけていたのは、『絶守の首飾り』だった。
一度だけ『どのような致命傷もかわすことができる』効果を持ったアイテムだ。
その首飾りも、『絶殺の波動』を受けたと同時に鎧と共に砕け散ってしまったようだが、俺はこうして生きている。
異界の魔神相手に、どのような作用をするのかもわからなかったし、通用するかは賭けだった。
だが、俺はギリギリ勝利した。
なにも、運否天賦じゃない。
掛け値なしの天才ゲームデザイナー。
あのロードナイトが、ゲームマスターを引き継いだ和葉に向かって「勝てるシナリオは用意されている」と言ったのだ。
用意したではなく、あらかじめ用意されている。
ならばその切り札は、和葉に与えたゲームマスターの力ではない。
神宮寺が持ち込んで、ヴイーヴルから俺の手に渡った黄泉のアイテムのことを指していたのだ。
ゾロアリングの設定は、ロードナイトの意思を無視して勝手に開発された『ジェノサイド・リアリティーⅡ リロード・オブ・ジ・エクスプローラー』のものだ。
その後にロードナイトが作った、『ジェノサイド・リアリティー外伝 ステイジアンハデス』にやたらルール無用の強力なアイテムが多かったのにも理由があったのだ。
ゾロアリングの設定が、万が一こうして暴走した時の、ワクチンとしてそれらのアイテムはあらかじめ準備されていた。
「これで終わりだ!」
俺は、そのまま親父に斬りかかる。
「グッ!」
ついに殺ったと思ったが、親父の黒の鎧が砕けただけに終わった。
しぶとい!
親父の意味ありげな鎧も、異界の即死系回避のアイテムだったのか。
「まだだ。ゾロアリングの力は!」
親父は、ゾロアリングに取り付く。
どうやら異界のモンスターをさらに呼び寄せようとするようだ。
「まだ、あがくのか!」
「あがくさ! 無様でもかまわん! ワシは勝つためにいつもそうしてきた!」
親父が機械に取り付き、操作しようとする。
「ぐっ……」
やらせないと思った俺だが、胸に鋭い痛みを感じて、血反吐を吐いてしまう。
さっきの戦闘で、ヘルスとスタミナを消費しすぎていたようだ。
すぐに回復と思ったが、腰に手をやってもポーションを入れたポーチはすでになかった。
装備が吹き飛んでいるのだ。
ヘルスポーションどころか、瓶すらも一つも残っていない。
こんなときに、回復魔法のないジェノサイド・リアリティーのルールが仇になるか。
だが、相打ち覚悟でも終わらせてやるぞ。
俺は刀を杖代わりにして、親父に迫る。
「ふはは、それではゾロアリングの起動に間に合わん。勝ったなぁ!」
そう叫んだ親父だったが――
「ぐぁあああ」
親父が苦痛の叫びを上げる。
後ろの柱から現れて、電撃の杖で攻撃を食らわせたのは――
「神宮寺、か……」
――そうか、お前がまだいたな。
「ぬぁぁ!」
「おっと、真城ワタルを攻撃しようとして当たってしまいました」
いまだに神宮寺は、親父の命令下にある。
だが、俺を攻撃しようとして、その射線上に流れ弾が当たってしまうのはセーフなのだろう。
相変わらず、こいつはルールを悪用する。
思わず笑ってしまって、胸が傷んだ。
自分が利用して切り捨てようとした者に、最後に足を引っ張られるのだ。
お前がやってきた報いだよ。
神宮寺が放った電撃の杖のおかげで、起動しかかっていたゾロアリングは止まってしまっていた。
上出来だ。
「ふざけるなぁぁ!」
親父は、神宮寺に炎の杖を振るった。
「ぐはぁ!」
普通にやられる神宮寺、あれは止めないと死ぬな。
「そこまでだ!」
「ぐはっ!」
親父に向かって神絶の刃を振るう。
だが、当たりが弱かったか。
もう一撃!
「こんなことでワシがぁ!」
「もういいかげん、死んどけ親父!」
「愚か者どもが、なんでお前もロードナイトも、私を邪魔しようとする!」
「そんなの、決まってんだろうが!」
他人を利用するだけして使い捨てる、親父のやりかたが気に食わないからだ。
この瞬間だけ、俺と神宮寺の思いも一致していたのだ。
俺は、ついに親父の持っていた炎の杖を斬り伏せた。
アイテムの力を利用してきただけで、親父の戦闘力自体は皆無に等しい。
あがきも、ここまでだ。
もうすでに、奥の奥の手まで使い切った親父に逃げ道はない。
「ま、待てワタル。父親であるワシを殺すつもりなのか!」
「今更、何を言ってんだよ……」
先にやってきたのは親父じゃないか。
これまでも、ずっとそうだ。
ようやく俺の刀が、お前に追いついたんだよ。
「なぜワシの、父の思いがわからん! ワシの言う通りにすれば、お前だってワシの後継者としていい思いができるのだぞ!」
何がいい思いだ。
そうではないから、みんな親父に付いてこなかったのだ。
そこでお前を恨めしげに見ている神宮寺が、いい思いをしたかよ。
もはや言うことはない。
俺は、無言で神絶の刃を振り下ろした。
ついに俺は、血の因縁をこの手で断ち切った。
「ふふ……」
ほとんど力尽きた俺が気絶するのを、神宮寺の笑い声が許さなかった。
「……神宮寺、お前ヘルスポーション持ってるか?」
「それがあれば、こんな無様は晒してないですよ。もうマナがありません。電撃の杖もさっきで最後です」
そうか。
ここにたどり着くのに、お前もギリギリだったか。
神宮寺の荷物を勝手に漁って、ポーション瓶を見つけた俺はヘルスポーションを作って飲む。
そうして、もう一度作って、渡してやる。
「これを飲めよ」
俺は傷ついて倒れている神宮寺に、ポーションを投げてやる。
「なさけを、かけたつもりですか」
「違う、お前に借りを作りたくないだけだ」
別に、神宮寺が俺のために動いたわけではないこともわかっている。
それでも利用するだけして、使い捨てる人間にはなりたくない。
俺は親父のようになりたくないだけだ。
神宮寺は当然の権利のように、俺の投げたポーションを飲み干して回復する。
「フフ、後悔しますよ」
「どうせ、他の世界に逃げるんだろ。さっさと行けよ」
ゾロアリングのゲートは、まだ開いている。
神宮寺司が選んだのは、地球に戻るゲートではなく、見知らぬ異界へとつながるゲートだった。
「約束してあげましょう。私は、いつか必ず新しい異世界を支配し、貴方に勝つことでしょう!」
「あーそういうのはいい、さっさと行け」
俺の気が変わらんうちにな。
こうしてすべてが終わると、俺は静かに起動し続ける機械のそばで座り込んだ。
「なあ、親父……」
……俺は、お前のようにはならないよ。
ようやく意識を手放した俺の耳に、遠くから俺を心配する人たちの声が響いた。
疲れ切っていた限界だった俺は、その言葉に答えることすら億劫で眠り込んでしまっていた。
次で第三部のエンディングです。
長く続いたジェノサイド・リアリティーも、とりあえずの大団円。
次回4/15(日)、更新予定です。





