212.因縁を断ち切る
俺の父親にしてすべての黒幕、真城隆三郎に俺は斬りかかっていく。
当然ながら、周りにいた終焉の騎士四体と限界守護者一体が守りに入る。
だが、この程度で止まらない。
神にも迫った今の俺の神速の剣の前にして、そいつらは一瞬で斬り刻まれていく。
「親父、ここで終わらせてもらう!」
「愚かな! 本当に父であるワシを殺そうというのか……」
キンッと俺の孤絶が弾かれた。
「なっ」
一体、何の防御だ。
何かが俺の刀を止めた。
「ワシは、息子のお前にすべてを譲ってやろうというのだぞ。誠一郎も、ワタルも、なぜワシの愛がわからんのだぁ!」
「テメエがすべてを手に入れたいだけだろうが!」
いや、煽りに乗るな。
親父の言うことに耳を貸してはいけない。
それより、一体何が親父を守っている?
再び刀を振るうが、その攻撃はすべて弾かれる。
壁、ではない。
何だこの嫌な感覚は……。
「ワタル、お前は私がここにいる意味がわかっているはずだ」
「ただの時間稼ぎだろうが!」
「違うな。息子であるお前が、わかっていないはずがないはずがないだろう。絶対の勝利を確信しなければ、私は敵であるお前の前に姿を現さない」
確かに、親父はそういう男だ。
くそ、耳を貸すな。
今の敵は親父ではない。
俺が、親父を攻撃しようとするのを妨害する何かだ。
「チィ!」
「お前でも見えぬか。やはり、ゾロアリングの力は凄いものだ。お前にもこの力見せてくれよう」
親父が手を振ると同時に、何かが来るのを感じた。
見えない殺気を感じ取って、俺は受けの構えを取る。
呼吸を整えて、見えない相手の相手の気配を探る。
――そこか。
「ほう、魔神の攻撃を受けたか」
辛くも、相手の攻撃を孤絶の刃で受け止めた。
「魔神だと?」
「そうだ。知りたければ教えてやろう。お前が今相手にしているのは、絶守の魔神。ワシを絶対に守る存在だ」
ようやく、漆黒の闇からその姿が浮かび上がるように見えてきた。
禍々しい悪魔のようなその姿が。
無数の腕とも、触手ともつかぬ物を蠢かせて、俺の前に立ちはだかっている。
だが、こんな化物を今更みせられたところで。
「……大したことねえぇな!」
これまで戦ってきた相手と、そう変わらない!
「強がるな。異界の神格を持った存在だぞ。しかも、まだワシは守れとしか命じてない。この意味がわかるか?」
これが攻撃に転じれば、どれほどのものか言いたいのだろう。
いや、絶守などと名前が付いているのだ。
コイツは防御力特化のはず。
ハッタリで自分を大きく見せようとするのは、親父のいつもの手だ。
「やってみろよ!」
ウッサー達も、俺に続いて攻撃を仕掛け始めた。
「旦那様!」
「お父さんの敵っ!」
リリィナは、俺達が絶守の魔神と戦う隙を突いて超振動チェーンを放った。
だが、そんな攻撃は敵の無数の腕に簡単に阻まれてしまう。
「無粋な女が、親子の間に入るな!」
「キャァ!」
親父が手を振るうと、ウッサーやリリィナは次々に吹き飛ばされてしまう。
無数の腕で斬り刻まれて、後退を余儀なくされる。
致命傷を受けなければ回復ポーションで回復できるが……。
ウッサー達だってここまで必死に強くなってきたのに、こうも攻撃が通用しないのか。
「愚か者どもが。完成されたゾロアリングの力が、まだわからないのか!」
「わかりたくもない!」
親父はいつもそうだ。
自分では何もせず、上から偉そうにしているだけで!
「あらゆる次元から、最強の神と呼ばれる存在すらも呼び出して使役できる、この絶対の力を前に人間のあがきが通じるものか!」
「俺は、そんなものだって倒してきた! 親であろうが、神であろうが! 今更ひるむかよ!」
親に会えば親を殺し、神に会えば神を殺す。
血塗られた道も、ここまでくれば上等だ。
「血の因縁か……」
皮肉るように親父がつぶやいた。
「それを今、ここで終わらせてやろうってんだよ!」
無数に見えた敵の防御にだって限度がある。
みんなが攻撃を集中させてくれたのは、無駄ではなかった。
敵の守護する半透明の腕に隙がある。
活路が見えた!
「くっ、何をやっている絶守! しっかり守らんか!」
無数の魔神の手の斬撃に、鎧を砕かれ肉を切らせながらも、俺は鋭い刺突を繰り出す。
キィィン! と甲高い金属音が響く。
後一歩というところで俺の刃は勢いが足りずに、親父の黒い鎧に阻まれて身体に届かなかった!
だが、底が見えたな。
絶守の魔神がなんだというのだ。
致命傷でなければ、ダメージも関係ない。
すぐさま体力を回復させた俺は、それよりも、速く! 強く! 刀を叩きつけ!
俺は勢い込んで、攻めに転じた。
だが――
火花を散らす斬撃の合間、キンッと乾いた音を立てて、孤絶の刃の先が折れた。
「ぐ……」
決して折れぬはずの刃先が、折れた。
とっさに後ろに飛んで、距離を取る。
「フッ、どうした。顔色が悪いぞ、ワタル!」
「……」
絶守の魔神とは、俺が絶対の信頼を置いてきた孤絶の刃すら折れる敵なのか。
どうする。
サムライは、刀がなければ戦えない。
ここで、唯一無二の武器を失ってしまったら――
「最後の警告だ。もう私を追うなワタル。追わなければこの世界は滅びる。だが、お前達は生き残らせてやると約束しよう」
誰が親父の言うことなど聞くものか。
俺は、もうこの世界で生きていくと決めたのだ。
「お前が作った腐った世界で、道具にされて生きるのはもうまっぴらだ!」
「あらかじめ言っておくぞ。この先に待つのは、絶殺の魔神だ。これ以上進めば、失うものは刀だけでは済まない。警告はしたからな!」
「待て、親父!」
俺が呼びかけても、言いたいことを一方的に言い切った親父は、最下層への階段を下りていく。
ここで親父を倒せなければ、ここまでやってきたことはすべて無駄になる。
ためらわず刀を振るったが、絶守の魔神はその攻撃をすべて弾いていく。
そしてついに、孤絶の刃がボロボロと毀れていく。
「真城くん、ここは私に任せて! 破壊不能の壁!」
和葉がそう叫ぶと、絶守の魔神を壁に閉じ込めた。
石壁のなかで、魔神が暴れている音が聞える。
「和葉。敵を閉じ込められたのか」
それができるなら、早くやってほしかった。
ウッサー達が戦っている間も、和葉だけは動いてなかった。
職業が料理人からダンジョンマスターに進化していた和葉ならば、有効打を当てられたかもしれないのに。
「ごめんなさい。真城くんの父親に、私の力を見せたくなかったの。ゾロアリングの力は無限の可能性を持っている。破壊不能オブジェクトだって、実は破壊されないわけではないから、知られたら対処されてしまう」
そういえば、最強の剣で百万回壁を殴り続ければ、破壊不能の壁も壊れるなんて話があった。
本来であれば物理上試すことは不可能なのだが、異次元の神レベルの力ならば破壊不能のオブジェクトだって破壊できるのか。
だから、設定上絶対に壊れない孤絶の刃も折れたのだ。
異界の魔神が相手では、和葉が作った壁も、すぐに打ち破られるかもしれない。
「真城くん、もう時間がないわ。私のステータスを見て」
携帯用の神託版で和葉をチェックして、俺は驚愕する。
『竜胆和葉 年齢:十七歳 職業:ゲームマスター 戦士ランク:突破者 軽業師ランク:超越者 僧侶ランク:半神 魔術師ランク:半神』
「職業、ゲームマスターか」
和葉の職業が、ダンジョンマスターからゲームマスターに進化している。
「ロードナイトが死ぬ時に、ダンジョンマスターになれた私には適性があるって、これまでの記憶とともに最後の力を託していってくれてたの」
「そうか……」
ロードナイトは、そんなことまでしてくれていたのか。
「これが真城くんの父親を止める、最後の手立てよ。ロードナイトは、勝てるシナリオは用意されているって教えてくれた」
「待て和葉」
「なに?」
「ロードナイトは、用意したじゃなくて、用意されているって言ったんだな?」
「う、うん。それがどうしたの?」
「……いや、わかった。ありがとう」
和葉が気を取り直して叫ぶ。
「みんなも聞いて! これからみんなにゲームマスターとして、できる限りの力を与えるわ。さっきので真城くんのお父さんは、私達には魔神の力を超えられないって誤解したはず」
みなまで言わずともわかった。
「親父が油断しているところを討つわけか」
和葉はロードナイトの知識も受け継いだと言った。
これが、あの天才ゲームデザイナーの、最後のシナリオ(てだて)なのだろう。
「真城くん、自分のステータスも見て」
『真城ワタル(しんじょうわたる) 年齢:十七歳 職業:剣神 戦士ランク:超神者 軽業師ランク:超神者 僧侶ランク:魔神 魔術師ランク:半神』
さっきの戦いの経験も入ったせいか。
いつの間にか、俺のランクが魔神すら超えていた。
打ち勝てなかったのは、武器のせいか。
ここまで一緒にやってきた孤絶が通用しなくなったのは、悲しさもあるが。
「私は力を与えることしかできないから、最後は真城くんが決めてね」
和葉が、折れて刃毀れした孤絶に優しく手を触れる。
するとその刀身は、美しさを取り戻して青みがかった刀に変わっていった。
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次回4/1(日)、更新予定です。





