200.洞主の正体
地下十六階は、横幅も縦幅も他の階層よりもとても広く、巨大なドームとなっている。
階層そのものが一つの空洞となっているのだ。
だから、他の階層と違いボスの部屋なんてのも存在しない。
「でっかいデス」
「そりゃ、でかいモンスターが出る階層だからな」
そこらじゅうに雑魚敵のレッドドラゴンが歩き回り、奥に進めばボスである邪竜ナーガが姿を現す。
ゲームの時は別名、竜の巣とも言われていた。
「食い散らかししか残ってないデスね」
「まだ食うことを考えてるのか、ウッサー」
さっきの階層で食事は済ませたのに、レッドドラゴンが食いたくなったのかと苦笑する。
まあ、気持ちはわからなくもない。
レッドドラゴンの肉は絶品なのだが、そんなことを言ってる場合でもないな。
大洞穴の入り口付近に、レッドドラゴンの食い散らかしの残骸が落ちていた。
一瞬、邪竜ナーガが食い荒らしたのかと思ったが、それにしても食い方が綺麗すぎる。
手足の切れっ端しか残らないなんてことがあるだろうか。
邪竜ナーガより、もっと巨大な生物が食い荒らしてると見える……。
「旦那様!」
目の前に見えてきた光景に、さすがのウッサーももうふざけてはいられない。
「食われてる方がこの階層のボスのナーガだな」
邪竜ナーガが、さらに大きく凶暴なドラゴンに食べられているところだった。
黒い鱗に覆われた身体、大きな翼を広げて、唸り声を上げながら鋭い牙で邪竜ナーガを喰らっているところだった。
凄まじい巨体だ。
よくこの地下ダンジョンに入ったなと思うほど。
少なくとも出入り口からは出入りできまい。
もともとジェノリアのシナリオにはないモンスターなのだから、次元転移装置「ゾロアリング」を使って召喚されたのだろうが。
一体どっから入ったんだ。
そう思って必死に喰い殺したナーガを喰らっている化物竜の足元に近づいていくと、おそらくその原因らしきものがいた。
「現代人なのか?」
ダンジョンに並ぶ松明の明かりに照らされてるにしても、まるで死人のように顔色の悪い老人だった。
やや小柄な背丈に痩せた身体だ、簡素なジャケットにデニムジーンズを身にまとっている。
ありふれた現代の地球の服装。
「お父さん、どうして……」
そう声を上げたのは、リリィナだった。
リリィナ・ロードナイトが父と呼ぶ人物だと、それはつまり。
「おい、リリィナ。本当に、この人がジェノサイド・リアリティーを作った高貴なる夜なのか!」
「そうよ。私の父よ。どうして、生きてるのよ。私は確かに、父が死んだところを見てるのに、どうして!」
目の前の老人は、ジェノサイド・リアリティーの創設者である天才的ゲームクリエイター高貴なる夜その人のようだ。
確かにお互いに同じように金髪で、顔も似てないことはない。
死んだと聞いていたので、俺も驚いた。
俺が密かに尊敬する人物でもある。
そうか、この老人がロードナイトだったのか。
一度会って話してみたいとは思っていたが、こんな出会いになるとはな。
「おい、リリィナ。でもロードナイトがここにいるってことは……」
今回のジェノサイド・リアリティーを引き起こしたのは、やはりロードナイトその人だということになる。
一心不乱にナーガを喰らうドラゴンを眺めていたロードナイトは、そこでようやくこちらへと振り返った。
「……リリィナよ」
まるで地獄から響くようなしわがれた声。
その声はよく響いたが、まったくの覇気を感じさせない。
こんな人物が、この世界の人族の祭祀王であり、ジェノサイド・リアリティーの創始者だったのか。
そうして、この事件の首謀者だというのか。
「お父さん、どうして」
「このドラゴンは、異世界を喰らい尽くして滅ぼしたと言われる破壊竜だ。その牙は異界の神をも喰らったという」
「どうしてこんなことをしたの!」
「お前には勝てない相手だ。一度しか言わない、ダンジョンを制覇するなどと考えずに、ここからすぐに立ち去るのだ」
「お父さん、私は、次元転移装置をアメリカの手に納めるために、連邦政府の依頼でこちらにやって来たのよ。お父さんは、アメリカを裏切ったの。そうじゃないなら、次元転移装置をこちらに引き渡して!」
「次元転移装置は、正常に作動しつつある。私は創聖神の力を制御しつつあるのだ」
「なんでよ。一体何のためにそんなことをするのか教えてよ!」
話が全く噛み合わっていない。
無表情のロードナイトは、リリィナの質問にはいっさい答えず続ける。
「次元転移装置が正常に作動したら、このダンジョンの街にアメリカへのゲートを開く。それで、お前は帰るんだリリィナ」
「嫌よ、わからないわ。お父さんは、私がここに来るのだって反対してたじゃない。なんでここにいるのよ!」
リリィナは、もう泣き叫んでいる。
それはそうだろう、死んだはずの自分の父親が今回の事件の黒幕だなどといきなり言われても、すぐに受け入れられるわけがない。
俺が変わって聞く。
「ロードナイト!」
「黒髪の日本人、お前が真城ワタルか……」
「次元転移装置が正常に作動すれば、この世界はどうなる?」
「全てはジェノサイド・リアリティーⅡのシナリオ通りに進む。それに従えば、この世界は作動と同時に創聖神に見捨てられて滅びる」
「ロードナイト、ここはお前の故郷なんだろう? 自分の故郷を滅ぼして、第二の祖国や自分の娘まで裏切ったのはなぜだ?」
答えは返ってこないかもしれないと思ったが、聞かざる得ない。
しかしその返答は、あまりにも意外なものであった。
「……ルールだ」
「ルールだと?」
「そのように定められている。創聖神だとて、この世界の滅びは望んではいない。だから私に抵抗してはいるのだが、ゲームシナリオ通りに進むと決めた神のルールは、その神ですらも覆すことはできない。すべてはもう動き出している」
感情を感じさせない機械のように冷徹な声で、ロードナイトはそう言った。
それはまったくの意思を感じさせず、操り人形のようにも思えた。
しかし、奇妙だ。
本当にロードナイトが操られていているのであれば、娘を心配するようなことを言うだろうか。
お前は一体何を考えていると言いそうになったが、先程のリリィナとの会話ではぐらかしてる。
聞いても、答えるはずもないとわかっていた。
もしかして答えられないのか?
そう考えたら、不意に神宮寺司の言葉を思い出した。
『ジェノサイド・リアリティーⅡの設定はご存知かと思いますが、次元転移装置『ゾロアリング』によって召喚されると、洞主の命令を聞かなきゃならなくなるんですよ』
『洞主の目的は地球と、この異世界をつなげることです!』
神宮寺はそう言っていた。
不本意に召喚されて、今の洞主の裏をかこうとアイツは今もどこかに潜んでいるはず。
アイツの言葉は、今回の事件を解くヒントになる。
俺が思いついたのは、洞主の命令権だ。
ロードナイトの語るルール。
たとえ神であっても、ジェノサイド・リアリティーのルールには従わなければならない。
そもそも、ロードナイトは娘がこのムンドゥスに戻るのに反対して、ジェノサイド・リアリティーⅡのことを嫌がっていたという。
このしわがれた老人が、事件の首謀者であるというのはどうもしっくりこない。
ロードナイトも洞主の命令を聞かなければならないとすればどうだ。
洞主に操られているだけで目的を言わないのではなくて、言えないのではないか。
黒幕は別にいる。
そうであれば、辻褄が合う。
「おい、ロードナイト。お前ももしかして、洞主に操られているだけなのか?」
「違う。私こそが洞主だ」
その返答は、俺の予想と外れていた。
元からロードナイトが洞主ではないかと、俺だって薄々疑っていたこともある。
リリィナを仲間と思い始めていたこともあるし、ジェノサイド・リアリティーの創始者であるロードナイトに、俺は元から好感を持ってしまっている。
だから、予想が穿ちすぎているのか。
死んだふりをして、実は生きていたロードナイトがすべての黒幕。
それでもおかしくはないわけだが……。
「真城ワタルよ、もう時間はない。破壊竜はすべてを喰らい尽くすまで止まらぬだろう。ジェノサイド・リアリティーを止めたいのならば、すべての敵を打ち破って地下二十階へと来るがいい。そうして、私を討つのだ」
「待て、ロードナイト。まだ話は!」
「グルルルルルッ」
邪竜ナーガを食いきった破壊竜は、俺達の前を遮るように首を向けた。
「チッ!」
反射的に孤絶を引き抜く。
このド迫力はまるで恐竜映画だが、ファンタジーのドラゴンってやつは恐竜より厄介なのだ。
「みんな拡散しろ! ブレスがくる!」
まばゆい光の帯。
やっぱりそうきたか。
異界を滅ぼしたドラゴンと言っても、やっぱりお約束の口からブレスを吐くのは変わらないのだな。
まあいいさ、ロードナイトを追い詰めるのは後だ。
まずはこの破壊竜から殺る。
そう思って、俺は破壊竜が吐いたレーザーのようなブレスを軽く飛び越し、大きな頭へと斬りかかった。
次回更新は、来年の1/7(日)予定です。
記念すべき200回更新が大晦日になるとは、切りが良いですね。
物語も佳境へと入ってきています。
今年を振り返れば、読者の皆様のおかげもありまして、書籍版ジェノサイド・リアリティー1巻を発売できていい年になりました。
来年も2巻以降を刊行していくために全力で頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。
どうそ皆様、良いお年をお過ごしください。





