198.機械仕掛けのゾンビ
バシュッ! バシュッ!
射出された金属の杭は、以前見たときよりも遥かに速かった。
こちらに杭打砲を向けた、やたらのったりとした動作はそれ自体がフェイントか。
孤絶ぶつかりあって、火花が散る。
辛うじて剣で金属杭を弾いたが、その速度にガードに専念するのが精一杯だった。
しかも、威力も段違いに強い。
孤絶がまさか折れるはずはないと思ったが、一瞬折れてしまうのではないかと恐れたほどだ。
咄嗟にどっちを使おうか迷ったが、霊刀を使わなくてよかった。
もし使っていたら、確実に折られていた。
撃ち放たれるドミニクの金属杭の青い軌跡は、まるでビームのようだった。
撃つ時に見えた青い軌跡、そう思って見れば強化装甲からも、ほのかに青白いオーラのようなものが立ち上がっている。
死霊化しただけではない。
暗黒神デスパイスから何らかの強化を受けている。それにしたって俺の動体視力を超えるスピードだと。
考えている暇はない。
攻撃に転じようとしたが、それを察した敵はダッと蹴ってブースターも併用して後ろに飛ぶ。
バシュッ! バシュッ!
その間にも腕の杭打砲から次々と、超高速で金属の杭が射出される。
輝きを放つ金属杭が、俺の急所を的確に狙って迫りくる。
なんとかその攻撃を避けようとするこっちの身体は、無理な動きで空気との摩擦熱で燃えているというのに、超スピードの世界で平然と動けるのはどうしてなのだ。
「真城、あいつは異常だわ!」
リリィナの声が、いまさらに遅く届く。
そんなこと言われなくても、わかっている。
――進化ではなく、神化だ
俺の心を読むような声がダンジョンの天井から響いた。
暗黒神デスパイス。
――フハハハハハ、人間ごときが、神の力に抗おうとするなど傲岸の極み!
敵の動きは超高速の世界で、さらに物理法則を無視した加速をした。
このまま、守っててもジリ貧になるだけだ。
さっさと敵の首を落としてしまえばいい。
俺は覚悟を決めて、相手の攻撃を無視して飛びかかる。
「ドミニク!」
俺の肩を金属の杭が削り、パリンと砕け散る音がした。
俺が身にまとうジェノサイド・リアリティー最強の当世具足鎧が砕けた。
同時に、俺の攻撃がドミニクだった機械化ゾンビの首にヒットした。
だが――
「孤絶の刃でも砕けないのか」
以前ならば、必ず首ごともぎ取れたはず。
どこまで強化されている。
青白い光が、機械化装甲の周りを守っているようだ。
「どうした、苦戦しているようだな!」
俺に勝てると思ったのか、暗黒神デスパイスが天井からおぞましい顔を覗かせた。
「チッ……」
バシュッ! バシュッ!
こうしている間にも、俺に向かって超高速をさらに超えた速度で金属の杭が飛来する。
その速度に対処するだけで、俺の身体は悲鳴を上げている。
どうやってか知らないが、機械化ゾンビたちは人間の限界。
というか、物理法則の限界を超えた動きをしているのだ。
ドミニクほどではないが、他の機械化歩兵ゾンビ達もかなりの強化をされているようで、味方も押されつつある。
「信じられぬ程の強度の鎧。しかも、電気を通せば動きが良くなるとは、まったく使い勝手の良い素体よな! どうだ味方に殺される気分は、この暗黒神デスパイスが直々の加護を与えたのだぞ!」
「……うるせえな」
この程度の危機は、これまでいくらでもあった。
耳元ではうるさいデスパイスの叫びと、俺の鎧が徐々に削られていく金属音が響く。
だが、俺の敵は眼の前にいるドミニクだ。
相手はもはや意思を失った屍で、その動きは単調で避けることは難しくない。
限界を超える戦闘のなかで、俺は精神を研ぎ澄ます。
これは俺のジェノサイド・リアリティーだ。
すでに成長限界は突破されて、俺はどこまでも強くなれる。
諦めなければ、かならず勝ち抜く道はある。
「神は英雄に力を与えるもの! お前ら人間ごときが、神の操る英雄に勝てると思うなよ」
「アンデッドを操らないと何もできない寄生虫が!」
「なんとでも言うが良い。我のような偉大なる神の加護がないお前らには、もはやどうすることも」
その時、デスパイスから流れてくる青白い光が押し返された。
「真城くん!」
瀬木か、助かる。
周りで起こっていた戦闘の隙間を縫って届いた瀬木が放つ光が、機械化歩兵にまとわりつく邪神の加護を吹き払ってくれた。
「ちょこざいな偽りの聖職者が、我こそが真の神なのだぞ!」
その一瞬の隙を狙って俺は、動きが遅くなったドミニクに一撃を喰らわせる。
杭打砲を狙ったが、その攻撃は外れた。
だが、太ももに重い一撃を喰らわせて、その体勢はガクッと崩れる。
「やったか!」
「まだだ!」
不格好に身体を傾けながらも、ふたたび暗黒神デスパイスの青白い光に操られるドミニクだったゾンビは、俺に杭打砲を撃ちかける。
その攻撃は脅威だったが、俺には活路が見えた。
「放散 創造 敏捷 熱量 炎 電光……」
あの青白い膜のようなものが弾かれた瞬間に動きが遅くなった。
つまり、あの膜状の保護こそが、物理限界を超えた動きを可能にしている。
だったら、自分もそれをやればいい。
「何のつもりだ。それは、なんだ!?」
「俺も自分に、加護を与えたんだ」
魔闘術。
一見意味のない呪文の連なり。
ジェノサイド・リアリティーの階層ボスの一人であったツァラトゥストラが考えたマナの力を暴走させるオーバーロード。
これまで爆発力として利用していたが、これは祈りではなかったか。
神への祈りではない。
神の摂理を、神のシステムを超えようとする、超人への祈り。
それは力なき人が、長い試行錯誤の末に生み出した力だ。
陽炎のように揺れる闘気が、俺の身体を燃やしている。
だがまだだ。
もっと、今の俺のマナの限界まで燃やし尽くす。
「真城くん!」
瀬木の祈るような声が、俺の耳に届いた。
ああ、わかっている。
身体中にマナの膜を張った今の俺の身体は、光り輝いてみえるだろう。
一瞬でいい、神化を超えた動きを俺にさせてくれ。
「これで、どうだ!」
「させるか!」
形成を不利と見た暗黒神デスパイスが、ドミニクの身体へと乗り移った。
俺に折られていた太ももが一瞬にして回復して、再び俺に杭打砲を撃ちかける。
だが、もう遅い。
飛び込んでくる二本の金属杭を避けると、俺はその間から真正面にドミニクだったゾンビ機械化歩兵の身体へと斬りかかった。
最上段から、ズバッとドミニクだったもの身体を真っ二つに斬り裂いた。
まるで缶詰を叩き割るような感覚だった。
強化装甲ごと叩き割っても、孤絶は折れることも、曲がることもなかった。
「……悪いなドミニク一等曹長」
二度死なすことになってしまって。
次は邪神に利用されることなく、安らかに眠ってくれ。
次回は12/24(日)、更新予定です。