197.暗黒神デスパイス
暗黒神デスパイスは、デーモンの一団の後ろから青白い霊弾のようなものを飛ばしてくる。
もちろん、こんな魔法はジェノリアにはない。
こういう多人数同士の戦いを想定した広範囲に拡散する魔法は、ジェノリアにはない。
それを使える敵、システムを越えているのはこっちもだからあまり言えんが、デーモンの死霊化も含めてやりたい放題だな。
襲い掛かってくる死霊化したデーモンも一対一ならば、俺の敵ではない。
しかし飛び込んだ俺が相手にするのは複数体、しかも飛び交う霊弾を避けながらとなると、とたんに難しいゲームとなる。
しかも、霊弾は死霊化したデーモン達には効果はない。
「味方には当たらない攻撃とか反則だろ!」
実態を持たない相手なので、俺も飛び込むと同時に対アンデッド用の魔法を放ってみた。
対消滅できないかという見込みは当たって、正面から降り注ぐ霊弾は潰せた。
その隙間を縫って、突き進む――
デーモンはやはり大したことはなかった。
俺の今のスピードならば、敵の動きは止まって見える。
丸太が斬ってくれと立っているようなものだ。
走り込む勢いで横一文字に二体を斬り裂き、三体目に飛び掛かったところで真横を飛んでいた霊弾が爆発四散した。
とっさに避けたが、腕に一撃がかすってしまう。
――チイッ。
かすっただけで、腕に激しい痛みが走る。
熱い? いや冷たいか。
まるで凍えた手に腕を掴まれたような嫌悪感、どうやら凍傷に見舞われたようだ。
凍傷の痛みで剣筋がぶれるほど俺はやわではないが、デーモンどもと斬り合ってるのにこれは厄介すぎる。
後ろからは、怒声や悲鳴が上がっている。
俺が避けながら戦うのに精一杯なのだから、後ろでは被弾して倒れてる者も出ているだろう。
「大丈夫、僕が防ぐよ!」
瀬木が聖者の杖を掲げると、神聖なる光が霊弾をチュンチュンと弾き始めた。
「助かる!」
厄介な飛び道具さえなければ、一刻も早くデーモンを片付けるだけで済む。
俺は、孤絶を振りまくってデーモンどもを次々になで斬りにした。
「やけにあっさりと引いたな」
死霊化デーモンが全部倒されると、そのまま壁の後ろに消えてしまった。
霊体は、壁抜けができるから厄介なのだ。
「イタタタ……」
「ワタシも一発喰らってしまったデス」
霊体である敵は、壁から出てきて不意打ちとかもできるからな。
さっさと倒してしまわないと、おちおち休んでもいられない状態に陥る。
「どっちにしろ進むしか無いわね」
「ああ」
久美子の言葉に頷いて、さっさと治療を済ませた俺は先を急ぐ。
どうせ何か罠があるに決まっているのだが、戦闘を長引かせればこちらが不利だ。
とりあえずボスの部屋を目指して角を曲がると。
いきなり、バンバンと音が響いた。聞き覚えのある音だ。
「もしかして、銃声か?」
いまさら銃弾ごときにやられはしないが、少し驚かされた。
通路の先を覗き込むと、ふらっと立ち尽くす人影は、黒ずくめの特殊部隊の服装をしていて片手にライフルを構えている。
「あれは!」
リリィナが悲鳴を上げる。
「ジョー、エイブラハム、ジェイコブ……」
副隊長のおっさん、リチャード中尉が、苦悶の表情を浮かべる。
「おいおっさん、どういうことだ?」
「迷宮で死んだ、我が隊の兵士達です。ファック、なんでこんなところに!」
ファックって、ジェノリアでは言葉が通じるから忘れてたが、そういやおっさんはアメリカ人だったな。
笑ってる場合じゃないが。
「そうか、死体を奪われたのか」
俺も前回の戦いで手痛い記憶がある。
安置しておいた死体を奪われて、敵にゾンビ化されて利用されたのだ。
さすが暗黒神と名乗るだけのことはある。
仲間同士相打ちをさせようとする、脳まで腐れ果てたアンデッド特有のどこまでも嫌らしいやり口だ。
元は仲間とはいえ、敵はガンガン撃ってくる。
銃を使うゾンビなんか、映画だったら反則の極みだな。
「しょうがない。リリィナやおっさん達が殺るのは酷というものだろ。俺がやってやるよ」
「ワタシ達も殺るですよ」
こいつは意外とこういうとき容赦がない。
ウッサーの蹴りなら頭を潰せるから一撃だろう。
銃撃は多少厄介だが、合間をかいくぐって頭を潰すか四肢を斬って動かなくしてやれば倒せる相手だ。
精神面を除けば、大した敵ではない。
「いえ、私どもがやります」
「そうよ。これは、私たちのミスだわ。尻拭いをさせてちょうだい」
「そこまで言うなら任せるが、リリィナ。くれぐれも死人は出すなよ」
敵はゾンビ化して肉体が強化されている。
戦って死んだら、そいつもゾンビとして暗黒神デスパイスに使われることになる。
「大丈夫よ。私だって、ここまでで強くなってる」
「銃だけに頼る敵には、もはや負ける気はしません」
それに、リチャード中尉はかつての部下の変わり果てた姿を敵と言った。
「ならば任せる」
これだけで、済まないような予感がするからな。
俺はサムライ用のアンデッドキラー、霊刀『怨刹丸』の準備をする。
ふいに、瀬木と目があった。
俺と同じく、すでにわかってて警戒しているようだ。
ちょっと微笑みあう。
ふいに、はにかんだ瀬木の顔が真顔になった。
「真城くん、そこから来るよ!」
「よし!」
俺は、瀬木の指示通りの壁に向かって霊刀を振るう。
「ぐぁ!」
強い手応えがあった。
ギイィィン! と硬いものが擦りあった音とともに、暗黒神デスパイスの甲高い悲鳴が上がる。
「やっぱりか! 手口が見え透いてんだよ」
ゾンビ兵士で足止めして、横の壁から出て不意打ち。
一番わかりやすい手できたな。
相手を捕らえるべく、瀬木が聖者の祈りの力で捕らえようとしたが、すり抜けるようにして逃げられてしまった。
しかしさっきのデスパイスの酷薄な笑み、まるでまだ何か手があるとでもいいたげな。
まだ、なにか……。
その時、前で戦っていたリリィナ達に悲鳴が上がった。
ある程度の戦闘力を持ったリリィナとその部下達が、次々に負傷して転がるようにこちらに撤退してくる。
一体どんな敵がと思って、前に進むと。
「そうか、お前らもいたか」
ガシャンガシャンと重たい足音をかき鳴らし、ゆっくりと姿を見せたのはドミニク一等曹長と、その部下の機械化歩兵小隊。
御鏡竜二に串刺しにされて、壮絶な討ち死にを遂げたその時の姿のままで、俺達の前に姿を現している。
強化装甲ごとゾンビ化しているので生半可な攻撃は通用しない。
現代科学の粋を集めた機械化歩兵を、そのままに死霊化して操るとはやるな。
「どうしよう真城くん!」
「安心しろ。俺が引導を渡してやる」
瀬木が不安がってるが、俺はむしろ嬉しかったぐらいだ。
こんな状況で喜んでいてはいけないのだが、あの機械化歩兵とは一度戦いたいと思ってた。
「お前もそうじゃないか、ドミニク……」
ドミニク一等曹長だったものは、俺の問いかけには応えず。
まるで機械仕掛けのようにゆっくりと腕を振り上げて、杭打砲を俺の方へと向けた。
次回は12/17(日)、更新予定です。