196.地下十五階
俺達は、地下十五階へと足を踏み入れた。
魔法の明かりで照らしてみても、どこか薄暗いのは壁が真っ黒のブロックだからだ。
階段を降りた先は、長い長い無限に続くかと思われる不気味な回廊が続く。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
「瀬木、あまり無理はするなよ」
張り切るのはいいが、ちょっと前に出過ぎてるように思う。
「うん、でも僕もまだ役に立てるかもしれないってわかったから」
「瀬木が得意とする死霊系のモンスターはもう出ないはずだがな」
「そうだけど、さっきと同じ気配がするんだ」
そういうものか。
上位職である司教系の最高ランクともなると、そういう能力も出てくるのかもしれない。
瀬木だって、ここまで俺について地道に鍛えてきたのだ。
もし敵にアンデッドがまだいれば、瀬木の持つ能力は重要だった。
「しかし、やけに静かだな」
「普通のモンスターも出てこないっておかしいよね。また、下から新しく来たモンスターが、この階層のモンスターを倒したってパターンなのかな」
「どうだろうな」
すでに地下十五階だ。
最下層に近づくと、敵が強くなる反面、雑魚敵の数も少なくなる。
この階層に出てくるアークデーモンや、エルダーデーモンは、一体一体はかなり強いものの、ゲームそのままならおそらく十数体しかいない。
ただ、ゲームのときのように、モンスターが基本配置で出てくるわけでもないだろう。
後ろの方に固まっていてもおかしくはない。
地獄の悪魔達が跳梁跋扈する様を描いた、おどろおどろしいダンジョンの意匠を眺めながら、俺は気を落ち着けようとした。
敵が恐ろしいわけではなく、なんというかその。
ちょっと久しぶりに瀬木と長く話しこんでいると、意識してしまう。
こうやって隣り合っていると、長くなった瀬木の青みがかった髪から凄く匂いがするのだ。
汗臭いはずなんだけど、それがいい香りというか。
やっぱり瀬木は女になったんだって、そう一度思ってしまうとやっぱり意識してしまう。
ダンジョン攻略中に、何考えてんだって話だが、そのことについて瀬木とはあんまりゆっくり話せてない。
向こうもあんまり触れてほしくないだろうし、俺も瀬木がそんなふうだと言いにくいし。
「なんか、静かだね」
「ああ、そうだな」
こういう時に限って、後ろから付いてくる連中も声をかけない。
もしかしてこれあれか、活躍したら俺との接触を増やすとかってゲームのつもりなのか?
ふん、女どもはつまんないことを考えやがる。
ただ俺にとって、瀬木はそういう対象にはならないはず。
元は男だったわけだし、そういう対象になるわけもない。
なるわけもないのだが……。
「ねえっ」「おい」
声がかぶってしまった。
「な、なに?」
「……いや、なんとなくというかな」
やれやれと俺は髪をかきむしる。
なんで、こんな時にぽっかりと時間があいてしまうのやら。
「なんだよ真城くん。言いたいことがあるなら言ってよ」
「じゃあまあ、暇つぶし程度に聞いてくれ」
「うん」
「お前は、どうして俺について来てくれるのかと思って」
七海修一達は、日本に戻っているし、今回の戦闘も離脱できるチャンスはいくらでもあったはずだ。
それなのに、ずっと一緒に残ってくれている。
なんとなく、瀬木が俺のことをどう考えてるのかってのは気になっていた。
「それは、友達だから……」
「そうだな。俺は、お前を大事な友達だと思ってるよ」
荒んだ学園生活でひねくれまくっていた俺が、かろうじて他の人間との接点を持てたのは瀬木がいてくれたからだ。
「真城くんに、僕は数え切れないほどたくさん助けてもらったし、僕だって真城くんの役に立ちたいと思うよ」
確かに俺は瀬木を助けたが、助けたようにみえて助けられたのは俺だったのではないか。
「もし、お前がいなければ、俺はたぶんどこかの段階で一人で野垂れ死にしていただろう。もう十分に助けられてるんだよ」
もっといえば、瀬木の存在に俺は救われている。
だから、あんまり無理しなくていい。
「真城くん……」
「僧侶だとかそういうことだけじゃなくて、近くにいてくれるだけで、お前は十分に役に立ってくれてている。だからあまり気負うな」
久しぶりにゆっくりと話せて、瀬木との間に温かいものが通い合ったような気がした。
「二人とも、ご休憩にはまだ少し早いわよ」
こういう時、混ぜっ返すのはいつも久美子だ。
「そんなことしないよ!」
真っ赤になって瀬木は、手をバタバタしているので少し笑ってしまった。
まあ、妙な雰囲気になってたから、今回ばかりはむしろツッコミがありがたいかな。
「あとな、俺はお前が女になって良かったと思ってるよ」
俺は聞こえないぐらいの小さな声で言ったが、俺と肩を寄せ合うように立っている瀬木に聞こえてしまったようだ。
「ええ! 真城くん、それはどういう!」
ま、半分冗談だ。
焦る瀬木を横目で見ながら、俺はゆっくりと孤絶を鞘から引き抜き、落ち着いた気分で前からの脅威に立ち向かった。
「来るわよ!」
会話を断ち切る久美子の叫び。
そうだ、瀬木は気がついていないようだが、敵の気配が近づいてきていた。
現れたのは、筋骨隆々たる赤い悪魔、アークデーモンと、年老いて知恵がついた悪魔、エルダーデーモン。
しかし、その姿はかなり異様だった。
「強化されているのか。見掛け倒しじゃないといいがな」
「気持ち悪い外見ね」
デーモンのゾンビになってるとは面白い。
赤い悪魔達の肉が腐れて、毒々しい緑色に変化していた。
身体の形状も禍々しく変化している。おそらく、死霊化しているということは生物的な急所を突いても死ななくなってるわけだ。
俺達を確認するように見ると、デーモン達は後ろへと下がる。
「なんだ、かかってこないのかよ」
「誘ってるみたいね」
「もちろん乗ってやるさ。瀬木もいいか」
「この敵はやっぱり、僕の得意分野みたいだよ」
覚悟を決めた顔で、瀬木が聖者の杖を握りしめた。
大聖者の祈りが、俺達を守るように広がる。
それでもこの立ち込める寒さはなんだ。
先に行った大きな広場に入ると、温度が十度も下がったんじゃないかという肌寒さを感じた。
気のせいでなく、目に見えるぐらいの冷気が漂っている。
立ち並ぶ十数体の死霊化したデーモン達の奥から、巨大な半霊体の化物が姿を現す。
「霊王デシートを倒したぐらいで、いい気になってもらっては困る」
「お前は、デシートの親戚かなにかか」
デーモン達を死霊化して使役している当たりからそう思える。
そういえば、形状は似ているがこの階層のボスのラストデーモンの姿はない。
コイツは、ボスキャラに憑依したりはしていない。
その必要がないほど、強いって自信があるってことか。
物理攻撃が聞かない相手ならば、霊刀『怨刹丸』の準備はしておかないならないか。
「デシートなどは我が眷属にすぎぬ。我が名は暗黒神デスパイス。恐怖せよ、この世界に死の滅びをもたらすものなり!」
その言葉とともに、立ち込める冷気が強くなった。
ついに、神を僭称するモンスターが出てきたか。
「面白い、やってみろよ!」
相手の言葉が終わるのを待たずに、俺は死霊化したデーモン達に斬りかかっていった。
まずは雑魚から潰す。
次回は12/10(日)、更新予定です。