192.蜘蛛の糸
「ワタルくん。昨晩はお楽しみだったみたいね」
和葉と一緒にダンジョンの一室を使った風呂から出ると、早速久美子にからかわれる。
「お前は、RPGの宿屋の主人かよ。出発前に、お前らも風呂に入っておくといいぞ」
宿ではなく風呂だったが、おかげで立ち上がれる程度には、体力は回復した。
「私とも一緒に入りましょうよ」
「いらん。俺はもう少し寝るから」
俺がそう口にした瞬間に、和葉はいそいそとベッドをセッティングし始める。
どっから出てくるんだ、罠を出すのと一緒の要領なのだろうか。
「ほらほら、久美子も旦那様と行くデスよ」
「ウッサーが、正妻気取りなのがムカつくわ。次は私がもらうからね」
「ハイハイデス」
「何この上から目線!」
うるさいから、さっさと風呂に入ってこいよ。
まあ、そんなこんなで気力と体力の充実させた俺達は、地下十四階へと進んだのだが……。
「なんだこりゃ」
地下十四階は、入り口からもう異様な光景だった。
ダンジョンの壁に大量の蜘蛛の糸のようなものが絡まり、道がかなり狭くなっている。
リリィナが、前に進み出て糸に触れた。
「蜘蛛の糸みたいに見えるけど、すごく硬い。まるで合成繊維みたいに断ち切れないわ」
リリィナ達は科学調査をしているようだ。
めんどくせえと思って、俺は炎球で焼き払おうとしてみたが、火であぶっても縮まるだけで焼ききれない。
焼き固めた糸を剣で叩き割れば、道は広がるが……。
「おい、リリィナ。やっぱ無理だぞ」
リリィナ達は数に物を言わせて、クモ糸の壁を崩して進もうとしてるがこんなことをやってたら時間がかかりすぎる。
俺達は、洞主とやらが次元転移装置「ゾロアリング」を完全掌握して起動するまでにダンジョンをクリアしなきゃならない。
悠長に土木工事をやっている暇はない。
「ワタル。この階は大蜘蛛の階層だったわね」
リリィナがそう言うのに頷くが、ゲームではこんな状況は起こってなかった。
この階層の雑魚モンスターの大蜘蛛は、動きを遅くする厄介な糸を吐くが、こんなに大量の蜘蛛の糸を吐いて通路を塞ぐような行動を取ることはない。
「ここのボスは、アラクネーだったか」
「そうよ」
アラクネーは、ギリシャ神話に登場する蜘蛛女だ。
やたらモンスターが強化されたジェノサイド・リアリティーⅡに出るだけあって、半神と言っていいレベルまで強化されてはいるが、こんな地形異常を起こせる力はなかった。
うーん。
これまでのケースだと、すでに階層のボスなんか関係なく、異界から召喚された敵が待ち構えているはずだ。
現にこういう異常事態が起こっている。
しかし、蜘蛛のイメージがかぶっているのが気がかりだ。
敵が進化している?
「ともかく、これは明らかに誘いだよな」
通路を完全に埋めてしまえば足止めできるのに、あえて人一人分が通れそうなスペースを開けているのだから、挑戦されていると感じる。
「ご主人様、そのまま進むしかありませんね」
「……だな。俺が先頭を行く、お前らも油断せずに付いてこいよ」
どんな罠が待ってるか知らないが、一番強い俺が先頭を行けばいいだけだ。
そう思ったのだが、すぐに十字路に突き当たる。
「ご主人様、どうされます?」
「俺はこのまま真っ直ぐ進むが、側面から敵が来る可能性もある。アリアドネ、後ろを頼めるか」
横の道も気がかりだが、バラけないほうがいいだろう。
「ワタルくんも、仲間に気を配るようになったのね」
久美子がイタズラっぽく笑う。
「ふん、戦力が減ると困るだけだ」
敵の攻撃を受けて成長するならいいが、死んだたらそれまでだからな。
「ワタルくん!」
前から大蜘蛛の化物が飛び込んできた。
俺は即座に、大きな黄色と黒の斑をした、蜘蛛をたたっ斬るが、パッと目の前が閃光で包まれた。
断ち切った蜘蛛の腹の部分がいきなり爆発した。
ベチベチと降り掛かってくる蜘蛛の肉と、発生した爆風に耐える。
「爆発する蜘蛛かよ!」
この程度の攻撃は俺にとって屁でもないが、閃光で目がやられるのはかなわない。
さらにかかってくる蜘蛛どもを、なんとか感覚だけで斬り伏せる。
次々に爆発する蜘蛛ども。
「これはキツイな」
俺もまだまだ目に頼りすぎということか。
後ろからも、うわああと悲鳴が上がっている。
おそらく十字路の他の通路からも爆発蜘蛛が来ているのだろう。
「久美子、ウッサーお前らも側面の援護にあたってやれ!」
「わかったわ!」
「旦那様はどうするんデス!」
さっさといけウッサー、俺は前に進む。
ここで守りに入ったら敵の思う壺になるだろ、目の前のうざい大蜘蛛どもを一匹でも多く減らす!
拙著「酷幻想をアイテムチートで生き抜く」六巻発売(11/30)を記念して
11月は4週に渡っておまけ更新(とボツラフ画公開)をやりますので、そちらの方もぜひよろしくお願いします!
次回11/12(日)、更新予定です。