188.切り札
ゲームマスターの実験場であったガーデンで、その力の一部を引き継いだ竜胆和葉は、自分の周りに破壊不能オブジェクトである迷宮の罠を生成することができる。
突如出現した落とし穴に、新手の騎士の一団と武闘家の集団の一部はあっけなく転げ落ちる。
「うぁああああ!」
多数の悲鳴が遠くに響いた。
この落下音は、一階下に落ちた程度ではない。
どんだけ深く落ちる罠なのだと、味方ながら空恐ろしくなる。
落とし穴だけでマスターランクが死ぬとは思わないが、わからないなとも思ってしまう。
もともとダンジョンに存在しなかった落とし穴からは、下手すると脱出できないことにもなりかねない。
救出されなければ、そのままそこで飢えて死ぬかもしれない。
動揺した敵に、続いて鋭い刃が飛び出る罠が襲う。
死ぬほどのダメージはないが、敵はそれすら知らない。
「真城くん!」
「ああ、みんな! この隙に一旦引くぞ!」
俺は、撤退間際まで打ち合っていた鴉丸叢雲と離れる。
この程度で、同格の敵を倒せることはない。
「王たるものが逃げるか!」
一喝してくるが、そんな安い挑発には乗らない。
「ああ、逃げるさ」
敵もさるものだ。
予想通り、俺達が引くのを敵も追わなかった。
突如足元が崩れ、刃が飛び出す罠が発生するという反則技を見せたのだ。
そこで不用意に追撃をするほど、無能の集団でもないわけだ。
そのまま進んでいれば、他の罠も食らっていたはずだからとりあえずは正しい判断。
「あ、ランク上がった」
和葉は嬉しそうに微笑む。
さっきの罠が連続で引っかかったのか、倒れた敵がいたらしい。
「おいもしかして、罠で死んでも和葉に経験値が行くのかよ?」
「うん、だって私の罠だもの」
いや、可愛らしく笑われてもと苦笑する。
使えない職業だと思ってた生産特化の職業:料理人が、実は最強職だったとかこっちも笑えてくる。
「まあ、こちらも仕切り直しだ」
一旦、前の部屋までやってきた。
「私が敵のデータを記録してあります」
あの戦いのなかで、なんとメガネのスコット少尉は、神託板で敵の首領の実力を調べてメモしていたそうだ。
『シーザリオン 年齢:二十二歳 職業:君主 戦士ランク:突破者 軽業師ランク:突破者 僧侶ランク:突破者 魔術師ランク:最終到達者』
『李九龍 年齢:十七歳 職業:武神 戦士ランク:超越者 軽業師ランク:超越者 僧侶ランク:最終到達者 魔術師ランク:最終到達者』
たまには、そばかすメガネの奴も役に立つじゃないか。
シーザリオンとかいう、異界のアーサー王のような黄金の騎士もなかなかだが、九龍という謎の武闘家のランクのほうが異常に高い。
戦士と軽業師のランクが両方とも超越者とか、どんなチートだよ。
これは強敵になるが、手段を選ばなければ戦いようはある。
「よし、じゃあ追撃してくる敵をなるべく順番に叩くぞ」
「ちょっちょ、ちょっと待ってくださいよ! この九龍という武闘家は、真城さんを超えてるじゃないですか。三倍差の戦力の敵に、どう戦うつもりですか」
さっきから質問ばかりだなメガネは。
この状況に焦るのはわかるが、特殊部隊の天才とかいう設定はどうなったんだ。IQ下がってんじゃねえか。
「メガネ、お前は作戦参謀なんだろ。少しは自分で考えろよ」
挑発してやると、ようやく頭を使いだした。
「このダンジョンの順路であれば、私はすべて記憶しています。敵が多い場合は、細い通路に誘い込んで頭を叩くのが戦術のセオリーですよね。できれば、分断して各個撃破できれば最良の策といえます」
「そうだな、そう俺が言ってるだろ」
ブツブツいいながら、メガネはダンジョンの地図をチェックし始めた。
「なるほど、この小さい広場は細い通路の全てに開閉式の扉があるから待ち伏せには悪くない。無駄に追い詰められたわけではないということですね」
「なんだ、意外とわかってるじゃないか」
「あなたに褒められても嬉しくないですが」
「じゃあ、あとは簡単だ。迷宮の仕掛けを利用して戦うだけだ」
「仕掛け?」
「さっきの戦闘でヒントがあったろ。敵はまだ、ジェノサイド・リアリティーでの戦闘に慣れてない。そこが付け入る先だな」
「罠を使うんですか?」
「そんなの今やったばかりで見え見えだろ、もっと簡単なありふれたものをだよ」
戦闘経験は、なにも経験値ばかりではない。
地の利だってこちらにある。
俺がそう言っただけで、ジェノリアをくぐり抜けてきた古参はみんなわかっているようだ。
まあ経験の浅いリリィナ達にはわからんだろうが、やりながら覚えてもらうことにしよう。
「わかりません。一体どうすれば、これほどの敵を」
ただ倒せばいいんだよ。
ジェノサイド・リアリティーでは、それができなきゃ、死ぬだけだ。
「さてと、悠長に相談してる暇も無いようだぞ……」
「て、敵が来ましたよ、ああ、畜生!」
そんなに慌てなくても、もう来ることは分かっている。
敵はまとまって来るかと思えば、来たのは鴉丸叢雲率いるサムライとニンジャの集団だけだった。
他の騎士団と武闘家集団は、おそらく回り込んでるな。
さっきの三方からの挟み撃ちをもう一度ってわけか。
「アリアドネ達は後ろを守ってくれ。おそらく、敵は三方からまた挟み撃ちにするつもりらしい」
「はい!」
俺が開閉式の扉の前に立ったのを見て、彼女達もやるべきことを理解して散った。
さて、武士集団の先頭に立つのは漆黒の鎧兜を身に纏った武将、鴉丸叢雲だ。
鴉丸は、音も立てずに接近している。
叢雲の剣を鞘に納めているのは、またあの抜刀術をやるつもりらしい。
相手は俺と互角の力を持つサムライ。
匂い立つような絶対の自信と強烈な殺気を発散させて、鴉丸が滑り込んでくるタイミングに合わせて、抜き身の孤絶を構えた俺は開閉式の鉄の扉のボタンを押した。
次回10/15(日)、更新予定です。