187.異世界の英雄
地下十二階の最奥の部屋まで進むと、黒い壁から大量の暗黒物質が集まり、集合体を形成する。
アキシオン。漆黒の揺らめく巨大生物で、集合体なのでもはや人型は保っておらず、何百本も手足があるタコかムカデのような不気味な集合体になっている。
だが、その黒い顔の中央にきちんと白い仮面が形成されている。
そこが砕ければ集合できなくなって死ぬのが、弱点なのに変わりない。
「でてきたな。十二階層のボス。誰から行く?」
「僭越ながら、私が!」
リチャード中尉か。
おっさんは、元気がいいな。
「ぐぉおおおお!」
叫びながら、巨大なタコのような化物に立ち向かうが。
伸びてきた手足をさばき切れずに、捕まってしまう。
「まあそうなるわな。アリアドネ、おっさんを助けてやってくれ」
「はい!」
死なない程度なら敗北も、大事な経験だ。
「私たちも行くわよ!」
弱点である白い仮面目指して、リリィナの部隊も特攻を仕掛けるが、あえなく大量の手足に巻き込まれていく。
「大丈夫?」
「まだいけます!」
だが、電動チェーンソーの鎖を振り回すリリィナが助けてやって、アキシオンの絡みつく手足と上手く戦っている。
ここにきて、選りすぐられた兵士たちも、ようやく柔軟な戦いをするようになってきた。
おっさんを倣って、銃と剣を併用した戦いを試みている。
リチャード中尉が、いい影響を与えているようだ。
迷宮難度を反映してなのか、モンスターを倒した後の宝箱からはアダマンタイト級の装備がゴロゴロとでてくる。
リリィナ達も、武器防具はもうそちらに切り替えたほうがいい。
ある程度みんなが活躍したあたりで、俺も魔闘術で白い仮面のところまで行って、あえて刀を使わず、硬いアキシオンの手足と素手で戦う。
先を考えれば、体術も鍛えておきたい。
やがて、何度も拳を叩きつけたことでアキシオンの白い仮面が粉々に砕けてアキシオンが集合体を維持できなくなった。
そうなれば、あとは暗黒物質の雑魚に過ぎないので各個撃破できる。
「ふう……ここまでは順調か。休憩いるか?」
リリィナにそう聞いてやる。
「へばってる兵士もいるから、ちょっとだけ」
リリィナも無理をしなくなった。
周りが見えている。
他人を気遣う余裕も出てきたか、いいことだ。
ヘルスやスタミナは回復できても、やはり俺も多くの兵士達とともに、ボスの部屋には必ずある泉で喉を潤す。
「さて、そろそろ行くぞ」
地下十三階層へ。
十三階層は燃え盛る地獄のゾーン。
炎に包まれた地獄の番犬、ヘルハウンドたちが歓迎してくれるので喜んで殴り飛ばしたが、そこから先は進んでも敵がまったく来ない。
俺達はさすがに油断しないわけだが、リリィナ達も緊張している空気が感じられた。
「お前らも、わかってきたようだな」
「敵が来ないなんておかしいものね」
そうだ、来るはずの敵が来ないのは福音ではない。
むしろ悪い知らせだ。
十三階層の中頃までくると、巨大な空洞に突き当たる。
そこで、ようやく予想通りの凶兆が姿を現した。
闇から漆黒の鎧武者の一団。忍者のような、連中まで連れている。
先頭にいる緑がかった豪奢な鎧を身に着けた大将が、燃える骸骨の首をこちらに放る。
「これは然り。燃え盛る物の怪が出たと思えば、今度は同じサムライとは。まったくこの世界は退屈せん」
敵の大将が投げた首が転がる。、この十三階層のボス。
冥王の首のようだ。
「冥王を殺ったのか?」
「他愛ない見掛け倒しであったが、肩慣らしにはなった」
ふうん、面白い。
もはや敵も味方もないのだな。
モンスターの姿が見えないのは、この武士の一団は階層のモンスターを倒して、訓練して待っていたということか。
こいつらは、おそらく神宮寺の言っていた次元転移装置「ゾロアリング」によって異世界から召喚された敵なのだろう。
「隊長! ステータス、やつらのステータスを見てください!」
メガネのスコット少尉がやたら騒ぐので、俺も何ごとかと携帯用の神託板で敵のステータスをチェックすると……。
『鴉丸叢雲 年齢:十七歳 職業:剣神 戦士ランク:超越者 軽業師ランク:突破者 僧侶ランク:最終到達者 魔術師ランク:最終到達者』
「ほう、やるな」
俺とほぼ同格の限界突破した英雄か。
連れている十数人の武士団や忍者団も、さっとチェックするとみな最終到達者だった。
「ちょっと! やるなどころじゃありませんよ。こんな敵どうすれば!」
スコット少尉がやたら騒いでるが、いい加減慣れて欲しいものだ。
むしろ俺は、好敵手に会えたと嬉しい気持ちがある。
どうすればって、正面から打ち破ってやればいい。
同格を打ち倒してこその成長、ましてや相手が同じサムライとなれば。
「相手に不足はない」
「わが名は、鴉丸叢雲」
漆黒の鎧兜を身に纏った武将は、高らかに名乗りを上げる。
「俺は真城ワタルだ」
「真城殿か、たしかに洞主に聞いたこの世界の王は、そのような名であったな」
「また、洞主か」
「洞主殿は、異界の王を倒さば、我ら鴉丸衆に領地を与えてくださるという。一度は諦めかけたこの身だが、ありがたき話よ」
「お前らの事情とかは、知ったことじゃないがな」
「こちらも、知るものか。恨みはないが、これも世の定め。この先は、剣で決するのみ」!
すでに孤絶を抜刀している俺に向かって、叢雲という異界の武将は腰の刀を引き抜くと同時に切りかかってきた。
不意打ちのつもりでもあるまい。これは、抜刀術。
俺を刀ごと切れると絶対の自信を持った重い腰溜めの一撃だが、足で踏みとどまる。
この程度で、殺られてやれるわけにはいかない。
「見事な抜刀術だ」
「ぬう、この叢雲で折れぬのか」
青みがかった刀身の刀は、叢雲の剣というらしい。
そういえば、なんかの神話にそんな神剣の名前があったか。
どちらにしろ好敵手に出会えたことに感謝する。もはや言葉はいらない。
いくどか、火花を散らし刀をぶつけ合う。
俺達が戦いを始めたので、武士の一団との戦いが始まった。
敵も手だれとはいえ、こちらより数が少ない。
苦戦は覚悟の上だが、お前らを糧として乗り越え更に成長させてもらう。
そう思って、さらに半歩踏み込んで深く打ち込んだその時だった。
「ご主人様、新手です!」
アリアドネの悲鳴。
迷宮の更に奥から、西洋風の騎士の一団と、東洋風の武闘家集団が現れる。
神託板でステータスを測るまでもない。
その騎士団と武闘家集団は、鴉丸衆と名乗る武士の一団と、それぞれ同格ランクの英雄部隊だった。
洞主とやらは、同格の英雄部隊を三つ召喚し、俺達を三方から押しつぶすつもりらしい。
戦力差はおよそ三倍。
「チッ、ゆっくり殺ってられんか。和葉!」
ルール無用の展開ならば、こちらも手段を選んでられない。
こちらも、ジェノサイド・リアリティーのルールを超越する竜胆和葉を使わせてもらう。
次回10/8(日)、更新予定です。