186.後半戦スタート
さて、いよいよ地下十一階だ。
……と思ったのだが。
「なんだよ、もぬけの殻か」
気合を入れて飛び込んだのに、拍子抜けしてしまう。
ずっこけてる俺に久美子が笑って言う。
「地下十階で倒しちゃったんだから、いなくても当然よね」
本来ならここで倒すはずだった紅の騎士と黄金の騎士をすでに倒してしまったのだから当然といえば当然。
あいつらは、味方であるはずのモジャ頭スライムに食われるという悲惨な最後だったので少し同情するが。
ダンジョンの壁に並んでいるレリーフやら剣の飾りなど、騎士団の城っぽい内装もこうなると虚しい。
甲冑が動き出したりしないかと、斬り裂いてみたがガチャンと音を立てて崩れるだけだった。
単なるイミテーションらしい。
ボスもいないのか、もう地下十二階についちゃったぞ。
「なんだよおいって感じだな。リリィナたちなんか、ビビりながらようやく付いてきてるっていうのに」
「ビビッってなんかないわよ!」
いや、完全にビビりまくってるだろ。
地下九階までガンガン前に行ってたのに、もう俺達の後ろをビクビク銃を構えながら歩いてるじゃないか。
「ハハッ、その意気なら心配いらないな」
「い、行くわよ」
そうは言っても、何が出てくるのかわからないから、前と同じようにリリィナ達に先に行かせるわけにはいかないのも事実。
ここは俺が先陣を切って進むと、ようやくモンスターが姿を現した。
迷宮より湧き出る黒い霧のような物体が、人型になって浮かぶ。
その中央に、気味の悪い白い仮面が浮かぶ。
ギギッと錆びた鉄が壁に擦り付けられるような音を立てながら、こっちにゆらゆらと迫ってくる。
暗黒物質、冥闇の騎士と動きが似ているが、その上位互換の存在だと思えばいい。
「弱点は見ての通り白い仮面だ。叩き割ってやればいい!」
そう言っても、そう簡単には叩き潰させてはくれない。
霧のような存在なのに、その腕は孤絶の刃でも一撃で叩き割れないほどに硬くなる。
元が霧のような存在のために腕を叩き割ってやっても、何度でも形を成す。
キリがないし、腕のガードを超えて仮面を叩き斬るのも難しい。
「まっ、俺なら簡単だがな」
相手が再び黒い手を形作るよりも早く、斬撃を打ち込んでやればいいだけのこと。
パリンと音を立てて白い仮面が砕け散った。
「ぐはぁぁ……」
すぐ隣では、リチャード中尉が黒い腕に掴まれて首を絞められていた。
俺はすかさず横から仮面を斬り伏せる。
「大丈夫か、おっさん」
「不覚です」
いや、おっさんはよくやっている。
こんな敵を、一対一で倒さなきゃならないルールはない。
リリィナはさすがに互角に渡り合っているが、若い兵士達は苦戦している。
どんだけ強いライフルか知らんが、ライフル銃なんかもはや効く敵じゃないからな。
この程度の雑魚を相手にこれでは、先が思いやられるが……。
「これも訓練のうちか」
俺達にとってはすでに弱い敵も、成長のためには出てきてもらわなければ困る。
このようにして、この階層に元からいるはずのモンスターでなんなく斬り殺して進んだのだが……。
地下十二階の中ほどに進んだ大広間で、見覚えのある顔を発見した。
いや、もはや見飽きた顔というべきだ。
「チッ、神宮寺かよ」
御鏡が出た時点で、こいつも地獄から戻ってくるとは思っていた。
さっさと殺すかと、孤絶の刃を向ける。
「真城くん、ちょっと待ってください! 話をしませんか」
「そうやって、不意を襲ってくるパターンだろ。何回目だ?」
「いえいえ、違います! 今回は本当に戦う気はないんですよ。見逃してくれたら、情報だって提供しますよ。今のままでは勝てないから、逃げる気満々なんですよ。だから、こうして転移フィールドの近くにいるんです」
「なるほど……こちらも迂闊には、攻められないか」
神宮寺の横には、青い霧状のフィールドが発生している。
飛び込むと、任意の場所にワープする転移フィールドだ。
もちろんそこに逃げ込んでも、追いかけて殺せばいいのだが、こいつの性格だと罠を仕掛けているかもしれない。。
今やこの世界は何でもありに近い状況になってるから、それが致死性の罠でない保証はない。
その可能性があるというだけで、攻め手を躊躇させることにはなる。
相変わらず、奸智に長けた男だ。
「ホッとしました。真城くんは、他のアホとは違いご理解が早くて助かります。だから、私は真城くんが好きなんですよねえ」
「俺は、お前のことが大嫌いだけどな」
相変わらず癪に障るしゃべりかただな。
この会話も、何度目だという感じもする。
「私はね、苛立ってるんですよ」
いきなり変なことを言われる。
神宮寺達を殺した俺に、ではないだろうな。
それは、今さら言うことでもない。
「何の話だよ」
「この迷宮の洞主と名乗ってる男に対して、私は憤っているのです。十二階層のモンスターを私に与えただけで、時間稼ぎをして来いなどと、この神宮寺司に対してあまりにも失礼ではありませんか」
相変わらず、プライド高いな神宮寺。
「ほう、それで俺に情報をくれるつもりになったってことか」
「そうですね。私が命じられたのは、『時間稼ぎをしてこい』ですから、こうして話をするだけでも十分役割は果たしたと言えませんか?」
そういって、神宮寺は酷薄な笑みを浮かべる。
「含みのある言い方だな。その苛立たしい洞主の命令をお前が聞いているのはどうしてだ?」
「さすが、すぐそこに気が付きますか」
「いい加減、くだらんおべんちゃらはいい。俺の気が変わらないうちに、ちゃっちゃと知ってることを話せ」
「ジェノサイド・リアリティーⅡの設定はご存知かと思いますが、次元転移装置『ゾロアリング』によって召喚されると、洞主の命令を聞かなきゃならなくなるんですよ」
「なるほど、それで時間稼ぎをしてるわけか」
十二階層のモンスターを使って時間稼ぎをしてこいという命令は、つまり俺達と戦えというものであったはず。
だが、それを字義通りに解釈することで、神宮寺は俺との無益な戦いを避けたわけだ。
「洞主は、次元転移装置『ゾロアリング』の機能を掌握しつつあります。忠告しておきますが、これからドンドンと強敵が召喚されて出てきますよ」
「そこは、こちらも覚悟の上だ」
「洞主がシステムの完全掌握にまでかかる時間は、おそらく十日……早くて一週間かもしれません」
「待て、洞主の正体から先に言え。狂騒神か、それとも創聖神そのものなのか?」
次元転移装置『ゾロアリング』なんてものを使えるのは、神の力がないと無理だと思うが、召喚すれば言うことを聞かせられるシステムあたりが、どうもきな臭い。
創聖神そのものが敵意を持ってこちらに対峙しているなら、掌握する必要などないはずだ。
「それは……」
口をつぐんで、苦しそうに目を閉じる。
「口封じされて、言えないのか?」
「洞主の目的は地球と、この異世界をつなげることです!」
言外に、神宮寺は洞主の正体が地球の人間であることを示した。
「わかった、それで十分だ」
「ご賢察、痛み入ります」
神宮寺は、それだけ言うと転移フィールドから逃げようとする。
「待て神宮寺、最後に一つだけいいか」
「なんでしょう」
「お前はこれからどうするつもりなんだ」
こいつだって、ただ逃げるだけの玉ではないだろう。
もしも何か陰謀をたくらんでいるのであれば、言わないかもしれないけどな。
神宮寺は、ニィッと口を歪めると言った。
「真城くんにとって、私はこの前死んだばかりの存在のようですが、異なる次元では時間の進み方が違うのです。私は地獄のような亜空間で、すでに百年以上の時を過ごしています」
「そうか、道理で少し雰囲気が変わったとは思った」
どこか、老いたような落ち着いた雰囲気を感じたのはそのせいか。
「百年かけても、私は今の真城くんを倒せると確信するだけの力を手に入れられなかった。それでも、私は負けたとは思っていません。真城くん、私の種族を覚えていますか」
「確か、黄泉で神人になったんだったか」
成長速度は恐ろしく遅いが、いつかは神にまで手が届く高レベルの種族。
神宮寺らしい種族を選んだとは思ったが。
「こうして私の存在が続く限り、まだ終わってない。私はここで一度死んだと見せかけましょう。そして、忌々しい洞主と真城くんが争う隙を狙って、次元転移装置『ゾロアリング』の機能を奪い、何処とも知れぬ世界へと飛びます。そして、この神宮寺司は、今度こそ異世界の神となるのです!」
二度も死んで、なお異次元で百年の時を経ても、神宮寺は世界の支配者となることを諦めてはいなかった。
野望にギラつく双眸は、まさに狂気の沙汰にランランと輝く。
俺すらも利用して、洞主から次元転移装置の機能を奪ってみせると堂々と宣言すると。
神宮寺は、転移フィールドに飛び込んだ。
「ご主人様、追いますか?」
アリアドネに聞かれたが、俺は頭を振る。
「いや、止めておこう」
俺は、孤絶を鞘に戻す。
神宮寺が語ったことが真実かどうかすらわからないが、ただ、今はそのまま放っておいたほうが面白いと思った。
俺も洞主も出し抜いて神となるか。
いい度胸だ。
いつか本当に神となってみせろよ神宮寺。
その時、また俺の前に敵として立ちはだかるならば、神となったお前を俺が斬ってやろう。
それ以上構うことなく、俺達は再びダンジョンを先に進んだ。
次回10/1(日)、更新予定です。