181.肉の海
巨大な半透明の青白いブヨブヨ肉の塊が広がっていく。
「リリィナ!」
俺の叱咤に、呆けていたリリィナが指示を飛ばす。
「撤退中止。早く扉を閉めて、早く!」
そうだ、前方どころじゃない。
後方の門からの撤退ももう間に合わない。
リリィナが街の後方から出ようとしていた部隊を呼び戻す。
「ああ、ドミニクが!」
リリィナの悲痛な悲鳴が響いた。
ドミニク一等曹長が指揮する機械化歩兵部隊は、街の外壁からの援護射撃も虚しく、気色の悪い肉の海に飲まれてしまった。
無理もない。
曹長達は紅の騎士と戦っていた最中だったのだ。
まさか、あのブヨブヨ肉の塊が、津波のように押し寄せて敵のモンスターごと全てを飲み込むとは予想もしていなかった。
あの肉はなんだ、敵のモンスターですらないのか。
「私の、私のせいだ!」
リリィナは碧い瞳から涙を流して絶叫している。
「チッ」
周りの錯乱っぷりに引いたせいで、辛うじて意識を保ってる俺にしても、冷静とはとてもいえない状況だからしょうがないか。
地下十階層を飲み込んだ肉の海は外壁で阻まれているが、完全に囲まれてしまった。
街の中を探索していたみんなも、外の騒ぎを聞きつけて外壁に上がってきて声を失っている。
久美子がかすれた声で聞く。
「ワタルくん、これどうすればいいと思う?」
「俺に聞かれてもな。ともかく探索は中止だ、それどころじゃないのは見れば分かるだろ。何とか倒すか、ここから逃げるしかないんだろうが」
倒すといったところで、この肉の海をどうすればいいのやら。
「案外上を歩けたりとか?」
「いや、危険過ぎる」
俺達は、ドミニクの指揮する機械化歩兵が飲み込まれるのを見てしまった。
あのスライムのような肉の塊は何らかの意思を持っていて、敵対する生き物を飲み込むと見ていい。
スライムと思ってみて、俺はどっかで引っかかる物を感じた。
「燃やしてみるとか?」
「それは、一番可能性がありそうな選択肢だな。見た目から言えば、炎の攻撃は効果がありそうな感じはする」
こんな時でも、久美子はアイデアをくれるからありがたい。
ほんとにどうしようもない状況だが、それでも生き残る突破口を探すしかない。
「リリィナも、いい加減泣くのを止めろ」
泣いててもどうしようもないだろ。
「だって、私のせいでドミニク達が!」
「今更だろ」
犠牲が出るのは覚悟して進んでたんじゃないのか。
「だってこんなの私予想してなかったし、どうしたら良いかなんてわからないわよぉ……」
「おい、お前は? 参謀なんだろ!」
「いや、私に聞かれましても……」
リリィナの近くにいる参謀のスコット少尉にも聞いたが、こいつもクソの役に立たない。
なんだよ、IQ百六十の天才じゃなかったのか。
まったくエリートって人種は、想定外の事態に弱いな。
俺は、リリィナの震える肩をがっちりと掴む。
「予想外のことは起こるって何度も言ってやっただろ。お前がリーダーなら、最後の一兵が死ぬまで冷静に指揮をしろよ。まだお前も、お前の部下も生きてるぞ!」
それだけ言って、俺は手を離した。
ここまで言ってわからないなら、もうリリィナ達は諦める。
こんな状況だ。
俺もピーピー泣いている女をかまっている暇はない。
「わかったわ。まず、戦況を把握して……」
リリィナはようやく身体の震えを止めて前を向いた。
そして指示を出し始める。
そうだ。
耐えられないほどの恐怖のなかでも、何かやってりゃ心は落ち着く。
「ま、俺だって偉そうに言ってみたものの」
どうすりゃいいんだと、俺も頭を抱えるばかり。
「真城くん。この気持ち悪い肉を燃やすなら、ガソリンあるわよ」
和葉が、ガソリンの入った一斗缶を並べてみせる。
おおさすが、何に使うつもりだったのかは知らないが、こんなものまで持ってきてるとは和葉は物持ちが良すぎる。
炎球で燃やそうかと思ってたんだが、ガソリンで燃やしたほうがもっと燃えそうだ。
と、そこに。
「ドミニク!」
状況を見ていたリリィナの叫びが響く。
「おお!」
ドミニク一等曹長の機械化歩兵部隊が肉の塊から這い出してきた。
おお、どうやらご自慢のパワードスーツは肉の海にも耐え切ったらしい。
「ドミニク、よく生き残ったわ!」
「ハハ、自慢のスーツがちょっと汚れちまいましたが、俺達はそう簡単に死にはしませんよ。いまそっちへ――グッ」
アフターバーナーを吹かして、こちらの外壁まで飛び立とうとした曹長達の身体を後ろからズンッと鋭い槍が貫いた。
肉の海から突き出た触手が、硬質化して鋭い槍となって機械化歩兵達を突き刺していく。
「ドミニク、ドミニク、うわぁぁぁああ!」
次々に、機械化歩兵部隊は串刺しにされて力尽きた。
遅ればせにライフルの弾が飛んだが、強化装甲を貫いた槍状の物体を押しとどめられない。
こちらからは、どうしようもない。
「これは……」
唖然とする俺達の前に、醜い肉の塊がにゅっと盛り上がって人の形となった。
「久しぶりだなあ。会いたっがったよ、真城ぐん」
「お前は、御鏡なのか!」
例えその身体がブヨブヨした肉の塊でできていようと、あのブロッコリーみたいな特徴的なモジャモジャの頭は、見間違えるはずもない。
異形の巨大ゾンビスライムから現れたのは、死んで燃え尽きて消えたはずの御鏡竜二だった。
次回8/27(日)、更新予定です。
あと、新作始めましたので良かったら見てくださいね。
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