178.スペシャルフォー
通路の角を曲がると、激しい閃光が見えた。
大頭竜を前にして、凄まじい爆撃を繰り広げているところだった。
「放て!」
リリィナの合図と同時に、前衛がライフルで一斉射撃。
それが終われば、今度は後衛からドン! ドン!とC4爆弾が撃ち出された。
「グォオオオォォオオオーッ!」
地の底から響くような大頭竜の絶叫。
地下三階では、それだけで兵が恐慌状態に陥っていたがここにいるのは精鋭だけだ。
「ワタル、来たのね」
「ああ……」
私の兵を見なさいと言わんばかりのリリィナは、部下の動きを眺めている。
まあ、得意げなのも無理はないか。
特殊部隊最強であるリリィナが出るまでもなく大型の竜を倒しているのだから。
だが、この階層では大頭竜は雑魚敵だ。
後から後から、次々と湧いてくる。
飛び道具だけに頼っていては、いずれ押し切られて距離を詰められる。
そう思って見ていたら、後ろから前に出た増援の姿に、俺は思わず吹き出しそうになった。
「どう、あれが特殊部隊の機械化歩兵よ!」
「まさか、パワードスーツとはな」
強化外骨格とでも呼べばいいのか。
サイエンス・フィクションじみた機械化装甲を身に着けた兵士達が、近づく大頭竜を巨大な黒い両手剣を振り回して果敢に斬り払っている。
あまりにも場違いな光景に、ファンタジーRPGを舐めるなと言いたいところだが。
意外や意外、通路を埋め尽くさんばかりの大頭竜相手でも、機械化兵は負けていない。
重たいはずの装甲を付けながら、これほど動きがいいとは。
アクションヒーローじみたその勇姿に、つい興奮してしてしまう。
「あれが、ケプラー繊維を超える丈夫さと軽さを兼ね備えた新素材カーボンナノベルトによって開発に成功した、対ジェノサイド・リアリティー重装操縦者スーツ。名付けて、ダイダロスよ!」
「なるほど。足りない近接戦闘力を、無理やり機械化装甲で補おうって発想か」
いかにもアメリカ流の強引なやり方だ。
だが、悪くはない。
これは、死力を尽くした殺し合いだ。
できることならば、何をやってもいい。
キーンと戦闘機のようなジェット音をさせながら(なんと、機動性を上げるために脚にジェットエンジンを付けている!)
ダンジョンを所狭しと走り、跳躍し、瞬く間に敵をなぎ払っていく機械化歩兵。
確かにこのパワーとスピードなら、冥闇の騎士の奇襲にも、大頭竜のパワーにも十分対抗できる。
「ドラゴンのような大きな敵に対して、どう戦うかは大きな課題だったけど。ダンジョンに装甲車や戦車を持ち込むのは不可能。だったら、兵士そのものを重装装甲で固めて、機動力をジェットエンジンで補って、機動兵器とすればいいというわけよ」
「リリィナ、これがお前達の切り札というわけか」
「いいえ。まだよワタル。まだ見せたいものがあるの……この先のボス、赤竜を倒すのに私は手を出さないわ」
「……どういうことだ?」
「貴方にも、私の部下の力を見せて上げようっていうのよ」
「おいリリィナ、この先のボスの力をわかって言っているのか?」
地下十階の中層街への入り口を守る地下九階のボス、赤竜は竜族最強のパワーと巨体を誇る。
強敵揃いのジェノサイド・リアリティーⅡでも一、二を争う危険な敵。
このダンジョン自体の中ボスといってもいい。
油断できない強敵である。
「だからこそ言ってるのよ。赤竜を、私の部下四人だけで殺ってみせる。貴方にも紹介するわね、私の軍の最強の四人。四小隊長よ」
そう言って紹介されたのは、リリィナの近くに居た見知った顔もいるし見知らぬ女もいる。
奇妙な武装を持つ、若い男女四人だった。
皆、真っ直ぐな瞳でこちらを見て、自負心の強いリリィナと同じく自信と確信に満ちている。
「どうなっても知らんからな」
リリィナがあまりに自信満々なのと。
その実力の底を見てみたいという気持ちもあって、任せてみることにした。
「さあ、みんな戦争の続きよ。行って、勝って、敵を完膚なきまでに屈服させなさい!」
連戦の疲れを見せず、張りのある命令は部下の士気を極限にまで高める。
やはり、リリィナには指揮官のカリスマ性がある。
特殊部隊の精鋭達は、リリィナの命じるままに地下九階の完全攻略を目指して突き進む。
※※※
そして、地下九階最下層。
この部分だけは、まるで自然の洞穴のように壁が荒削りになっている。
所々に、巨大なドラゴンの鋭い爪の痕がついている。
こんなこけおどしの飾りに恐れるような兵士は、ここにはいない。
「いよいよか」
洞穴の奥の巨大な空間に、その巨体は存在した。
地下九階のボス、赤竜。
その巨体は、まさに恐竜である。
素早く動くこともできるが、圧倒的なパワーを持つ赤竜は焦らない。
まずこちらの集団にめがけゆっくりと鎌首をもたげて、赤竜の口から獄炎のブレスを吐き出した。
本来ならば、死の洗礼となる攻撃。
「今よ、マーヴィン少尉!」
「シールドいきます!」
吐き出された獄炎のブレスを、巨大な大盾をかかえて前に出た兵士が拡散させた。
「なんだありゃ。盾の効果にしてもおかしいぞ」
「ふふ」
獄炎のブレスは、盾のだいぶ手前で掻き消されている。
「どうやってブレスを拡散させている?」
「あれは盾じゃなくて、マーヴィン少尉の使っているプラズマシールドから発するバリアに当って掻き消されてるの」
リリィナが先程紹介した、四天王だか四小隊長だか知らんが、最精鋭の一人。
どうやら、マーヴィン少尉の持つあの奇妙な盾が、放物曲線を持つ反射器になっていて、バリアを発生させているらしい。
「まるで魔法だな」
「正確には、パラボラアンテナから発するアーク放電のバリアね。パラボラから発生させたプラズマの帯が、赤竜のブレスの衝撃波や摂氏一万度の超高熱を完璧に中和しているわけ」
得意の獄炎ブレスを科学の力で掻き消された赤竜は、かなり混乱している。
「いまだスカーレット!」
前でガードしているマーヴィン少尉の合図で、続いて女軍人が銃を構えて放つ。
ドラゴンの顔面に、紫色の電光が飛んだ。
「今度は、レーザーか」
「いえ、あれはジェノサイド・リアリティーの魔法よ」
アッシュブロンドの長い髪をポニーテールにしている女軍人が、パラボラアンテナの盾の後ろからビュンビュンと、レーザービームっぽいのを撃ちまくっている。
こいつも四小隊長とやらの一人。
「リリィナ、あれのどこが魔法だ。思いっきり、銃からレーザーが出てるぞ」
「原理は、レーザーに近いかもね。でも、スカーレット准尉は、我々の中でも最強の魔術師よ。ジェノサイド・リアリティーの電撃の魔法を撃つときに、あの銃で一点に収束して威力を高めているの」
なるほど、そういう機構の兵器か。
あのレーザー銃を使うと、電撃の魔法を収束増大させて、威力がワンランク上がる仕組みらしい。
魔法といえど電撃の攻撃だから、科学的に増幅もできるわけか。
ようは、虫眼鏡の焦点を合わせて火をつけるようなものだな。よく考えたものだ。
スカーレットという女軍人が使ってる魔法が最上級クラスだとすると、最終クラスにまで威力が上がっている。
その鋭い光線で、赤竜は眼を執拗に狙われているのだからたまらない。
眼球を焼かれた赤竜は、激痛に我を忘れて暴れまわっている。
その隙に近づいていくのが、前に仁村と対決をやらかしたドミニク一等曹長という浅黒い顔の大男。
そして、リリィナにいつもくっついているスコット少尉とかいう、そばかすメガネの二人だ。
二人とも普通の兵士よりも、更に大きなパワードスーツを身に着けている。どうやら特注機のようだ。
「あの二人の機体は、普通と兵装が違うのか」
「ドミニク一等曹長の腕には、杭打砲って兵器が内蔵されているわ」
ジェットエンジンで天井近くまで大きく飛び上がったドミニクは、大きな金属の杭を赤竜の頭にめがけて乱れ撃つ。
バシュ! バシュ!と大きな音を立てて射出された大きな金属の杭は、赤竜の頭に見事に突き刺さった。
暴力的な威力!
頭を潰されては、さすがの赤竜の動きも弱る。
そして、その動きに呼応してスコット少尉の機体も走っていた。
頭を潰されて、なおも暴れまわる赤竜の胸めがけて、スコット少尉は黒い両手剣を突き刺す。
赤竜の巨体が砂煙を上げてドスンと倒れ、二度と動かなくなった。
一番地味だが、それこそが確実な決め手だった。
「あのメガネ、意外にやるな……」
大型の竜の生命力は凄まじく、頭を潰してもまだ激しく攻撃を仕掛けてくるのだ。
だが、頭と同時に心臓まで潰してやれば、さすがに倒すことができる。
口で言うのは簡単だが、暴れまわる恐竜の懐に飛び込むのだ。
一歩間違えれば、自殺行為にもなりかねない特攻。
一番の武闘派らしいドミニク一等曹長が飛び込めたのはわかるが。
ひょろっとした頭でっかちのメガネだと思っていたスコット少尉が、ブースターを全開にして赤竜の土手っ腹に飛び込んで。
見事に黒の両手剣で、心臓を刺し貫く活躍をみせたのはかなり意外だった。
「ワタル。スコット少尉を舐めないほうがいいわよ。彼は部隊全体の参謀長で、IQ百六十の天才なんだから。このジェノサイド・リアリティーⅡのモンスターのデータを全て吸収した上で、繰り返し分析して、こうして戦闘に生かす術も持っている」
だから、あれほど的確に急所を狙えたのか。
ジェノサイド・リアリティーがリアルであったとしても、ゲームが元になっていることに違いはない。
「まあ、バカにはできないな」
机上の空論も、意外と使える場合もあるということか。
「どう、これで半分の攻略が完了したわね。私達の力だけでジェノサイド・リアリティーⅡをクリアしてみせるって、少なくとも口だけじゃなかったでしょう?」
リリィナ達なりに、やれる根拠を持ってここにやってきたのはわかった。
その力も、こうして見せてもらった。
何より、部下と相手の力量の差を正確に計り、強い力を持ちながら信じて任せる事ができているリリィナにはリーダーとしての資質がある。
ざっと信託版でリリィナの主だった幹部の数値を測ると、みんな一、二ランクは実力を上げてきている。
ただ飛び道具に頼り切りになって、訓練を怠っているわけでもなかった。
彼らも脱落者を出しながら、ここまで必死に戦い抜いて来たからこそ精鋭なのだ。
リリィナは、きちんとダンジョンで部下を成長させた。
たとえ地下十階の中層街に、下層階の敵が大挙して待ち構えていたとしても、絶対に負けることはない。
リリィナの青い瞳は、そんな確信に満ちていた。
俺に向かって褒めろと言わんばかりの顔をしているので、仕方がない。
ちょっとは褒めてやるか。
「先程の赤竜を鮮やかに倒した手際は見事だった」
「ふふふふふふふふふふ……これで貴方も、私達の実力を認めてくれたってことよね!」
ちょっと褒めると、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をするリリィナ。
感極まっているのか、ちょっと瞳が潤んでいた。
調子に乗らないかと心配になるが、認めるべきところは認めるしかないからな。
「このままゲーム通りの展開が進めば、クリアできるだけの実力があるとは認めてやる。じゃあ、行くか地下十階」
「ええ、これから先も私達に任せておけば万事大丈夫よ! どんな敵が待ち受けていようとも、優秀な私の部下達なら絶対に勝てるわ!」
リリィナが、そう自信を持って断言するのも無理はない。
今のところは、それを止める言葉を俺は持たない。
だがそれでも、これで終わりになるほどジェノリアは甘くないだろう。
あまりにもリリィナの計画通り順調に進みすぎた攻略に、俺は悪い予感のようなものを拭い切れないでいた。
次回8/6(日)、更新予定です。