177.ひた走る
和葉の敷いてくれた褥で眠ると、三時間でさっと目が覚める。
布団になんらかの魔法がかかってるのかと思うぐらい、頭がスッキリしている。
「……のはいいんだが、重い」
ウッサーと久美子が争うように俺の上に乗ってるのを、手でかき分ける。
肌寒いはずのダンジョンなのに、こうも乗っかられると暑苦しくてかなわん。
かき分けても、かき分けても肉。
ダンジョンで仮眠をとるのに、もともと掛け布団なんて使わないが、あっても使わなくて済むのは経済的なのかなんなのか。
「起きたのワタルくん?」
「ああ、そろそろみんなを起こせ」
「……もう食べられないデス」
今時、恐ろしいぐらいに定番な寝言を言うウッサー。
撥ね退けても、撥ね退けても、くっついてくるのはなんなんだ。
「こいつ、起きてるだろ?」
半目あいちゃってるじゃねえか。
「むにゃむにゃ……あと五分、デス」
「よく寝てるみたいね」
俺には明らかに起きてるように見えるんだが、ウッサーに厳しい久美子がそういうならそうなのか。
ダンジョンで熟睡って、普段ウッサーが見せる鋭敏な感覚はどうしたんだ。
「ワタルくんの隣だから、安心して寝てるのよ」
「ふん、まあいいけどな」
その無垢な寝顔は、まあ一万歩ぐらい譲ったら微笑ましいかもしれんが、ここは戦場だ。
階層のモンスターはおそらく全滅しているとはいえ、何が起こるかわからない場所ではあるのでさっさと起こす。
「おっさんも起きてたのか」
「はい、まだリリィナ大尉達の精鋭部隊は無事なようです」
俺達が床から起き上がる頃には、おっさんはすでに通信機器で部隊の動きを探っていた。
「リリィナ達の動きが気になって、よく眠れなかったか?」
「いえ、きっちりと三時間休みました。私も軍人です。どんな状況でも眠って食えるようには訓練しております」
そりゃ重畳だが、俺に向かって敬礼はしなくていい。
おっさんの顔を見ると、リリィナ達はまだ襲撃を受けていないようだな。
「リリィナ達は、今どこまで進んでいる?」
「もう地下八階のボス戦だそうです」
「急ぎすぎだな」
「はい……」
「まあいい、俺達も荷物をまとめてさっさと降りていくことにしよう」
※※※
地下五階、地下六階、地下七階と次々に下っていく。
それなりに階層の壁には、凝った意匠が施されいるが前のジェノリアに比べてなんとなく安っぽい作りに思える。
やはり、天才が作ったダンジョンを凡人どもが弄り倒してしまった作品だからな。
それでも元の設計が優れているので、しっかりした作りにはなっているのだが……。
移動中に壁の意匠などを眺める余裕があるのは。
階層ボスも含め、地下四階にいた伏兵集団に加わっていなかった雑魚モンスターはリリィナ達が一掃していたからだ。
そのため、戦闘自体はなかったのだが。
「おい、ジョニーしっかりしろ!」
迷宮のところどころで、リリィナ達が置いていった脱落者が転がっていたのを見かける。
「……うう、リチャード教官」
「すごい熱だ。ヘルスポーションを!」
敗残兵に駆け寄ったおっさんがポーションを飲ませているが、それで治るなら置いていかれたりはしないだろう。
「おっさん。その症状は、おそらくポーションを飲ませても治らないやつだ」
「そうか。解熱剤が利かないタイプの……」
戦場経験が豊富なおっさんにも、覚えがあったらしい。
この症状は、外的な要因からくる怪我や病気ではない。
ダンジョンでずっと緊張を強いられたために起きた、心因性の発熱だろう。
人間の身体は、俺達が思うよりデリケートだ。
様々な原因で体調を崩すことがあるし、心因性の発熱はポーションでは治せない。
この世界の魔法にも法則がある。
ヘルスポーションとて、決して万能ではない。
「こうなったら、しばらく休ませておくしかない」
命にかかわる体調不良ではないから、置いていくのは正解だが。
それにしたって、いつモンスターが現れるかもわからない通路に放置しておくとは乱暴だった。
ジョニーという若い兵士は、うわ言のように「教官すみません……」とつぶやいている。
おっさんの心境を考えると、放置していくのも心苦しい。
だが、リリィナ達を追う俺達にもあまり時間はない。
比較的安全な扉で閉鎖できる部屋に寝かせておいて、後続部隊に救援させることにした。
通路を足早に駆けながらも、おっさんが憂い顔でつぶやく。
「ジョニーだって、全部隊員百八十六名の中で四十名しかいない精鋭部隊の一員なのです。神託板のランクでいけば、私よりも優秀な兵士のはずなのですが……」
対ジェノサイド・リアリティー特殊攻略部隊の中でも上位二割のエリートである、四十名の精鋭。
全員がマスターランクの精鋭部隊でも、実戦では脱落者が出る。
「問題は、経験のなさだろ」
「はい……」
リリィナ達は若すぎるのだ。
促成栽培で知識とランクを与えても、実戦経験が足りない。
若いから無理はできるが、無理をさせすぎればオーバーヒートするのは人間も機械も変わらない。
強さだけで、バランスが欠けているからこういうことになる。
「しかし、なんでこうもリリィナ達は無理をする」
「私達に対する反発かもしれません。教官として赴任してから二年半、幼年兵達にはできる限り教えたつもりなのですが、不徳のいたすところです」
苦しげに、おっさんはつぶやく。
さっきのジョニーって幼年兵は、素直におっさんを慕っていたようだったが。
高校生ぐらいの年齢だから、おっさんが親切にしてやっても反発する奴もいるだろうな。
かつての俺も、何もできないくせに偉そうにしている教師なんかは大嫌いだった。
どちらかといえばリリィナ達みたいなひねくれ者だったから、それについては怒る気にもなれん。
そりゃ人間だから、感情の行き違いはあるだろう。
だが、迷宮では意地の張り合いではすまない。
どこかに無理があれば、すぐ死に直結する。
「ともかく急ぐぞ」
「はい……」
俺達は無言で、ひたすら下を目指してひた走った。
地下八階の階層ボスもリリィナ達はすでに倒したらしく、地下九階に降りたところで、通路の向こう側から激しい機銃と爆撃の音が響いている。
「ようやくか」
地下九階で俺達はようやく、リリィナ達一行に間に合ったようだ。
次回7/30(日)、更新予定です。
夏休み開幕ですね。
おかげさまで、「ジェノサイド・リアリティー 異世界迷宮を最強チートで勝ち抜く」 (GA文庫)第一巻も
先週の書泉ブックタワーのライトノベル週間ランキングで8位、TSUTAYA週間ライトノベル19位と順調に売れてるみたいです。
ジェノサイド・リアリティー1巻は、全国書店のライトノベルコーナーで平積みになっていると思いますので
まだお読みでない方は、ぜひこの夏休みにご一読いただければ幸いです!