173.狂獣の騎士
地下三階のボス、狂獣の騎士は中級師範でようやく互角に戦える相手だ。
戦士ランクが専門家に過ぎないリチャード中尉には厳しい強敵。
だが、おっさんには現代科学の武器がある。
おっさんは、持っていたライフルをフルバーストでぶっ放した。
地下三階とはいえボス。
狂獣の甲冑の硬さは伊達ではない。
ベテラン軍人のおっさんは、的確な射撃で甲冑の腹部を狙って撃ち続ける。
タングステン超芯徹甲弾は、すぐさま分厚い鎧を打ち砕いて穴だらけにしていく。
だが狂獣の騎士の足取りは止まらない。
「化物め!」
続いて、C4とかいう指向性爆弾も撃って相手を吹き飛ばす。
激しくあがる爆炎。
「最初から畳み掛けていくか」
悪くない判断だ。
だが、この程度のダメージでは狂獣の騎士は倒せない。
「ギィヨオオオオ!」
もうもうと上がる煙の向こう側から狂獣の騎士の雄叫びがあがった。
猛り狂ったこのモンスターに知能があるのかどうかはともかくとして、銃と初めて戦ったであろう狂獣の騎士には多少の混乱が見られた。
だが、やられっぱなしでは終わらない。
上がる爆炎と立ち込める煙を利用して、おっさんの隙を突いて襲いかかった。
「この!」
輝く剣を振り回してライフルの乱射を撥ね退け、全力で斬り込む狂獣の騎士。
おっさんは、腰の手斧を抜いて何とかその斬撃を止めた。
あの爆弾は煙が多いのが難点だな。
一撃で倒せなければ、敵にも利用されてしまう。
「ギィヨオオオオ!」
奇っ怪な叫びを上げながら、狂獣の騎士剣を振り回す。
その動きは騎士と呼べたものではなく、まさに狂える獣。
そのパワーとスピードに、おっさんは為す術もなく押し倒されてしまった。
「いや、まだだ」
腰の聖剣の柄に手を当てて、助けにはいろうとしたアリアドネを止める。
「しかし」
いや、まだおっさんの眼は勝負を諦めていない。
まだ何か手を残している。
すると、敵の押し切りに逆らわずに上体を崩したおっさんは、するりと敵の股ぐらをくぐり抜けて背中へと回った。
同時に腰から拳銃を引きぬいて、敵の後頭部にゼロ距離射撃。
これには堪らず、狂獣の騎士も、床に昏倒する。
「すごいデス!」
ウッサーが感心するほどの見事な体術、しかも銃を併用しての技は面白い。
軍隊格闘術というものだろうか。
おっさんはさらに畳み掛ける。
銃を五発続けて撃ち尽くすと、腰から抜いたナイフを兜の隙間から突き立てた。
ギギギギッと、ガラスを爪で引っ掻いたような狂獣の騎士の悲鳴が上がる。
手足をばたつかせていた、敵はそれでぐったりと動かなくなる。
「ハァ、ハァ、やりました!」
狂獣の騎士が動かなったことで、おっさんは勝利を確信したようだ。
そうだよな。
頭を潰したんだ、殺ったと思うだろう。
これが隙だ。
「ギィヨオオオオ!」
「ぬぁ!」
頭を完全に潰された狂獣の騎士は、それでも動きを止めなかった。
押さえ込んだおっさんを弾き飛ばすようにして立ち上がった。
「ギィヨオオオオ!」
「……ぐはっ」
慌てて立ち上がるおっさんに、狂獣の騎士は、鎧の尖った肩当でショルダーアタックを仕掛けた。
さらに、倒れたおっさんに向かって振るわれた剣。
だが、それは辛くも外れた。
頭を潰されたせいか、おっさんの姿が見えなくなっているのかもしれない。
「どうしたおっさん、もう終わりか?」
「まだだ!」
おっさんは再び立ち上がると、剣を振るう右手に向かって手斧を突き立てた。
一度では切り落とせない。
だが、視覚を失っているらしい狂獣の騎士は格好の的だった。
何度も何度も手斧を振り回して、ついには長剣を握る腕を切り落とした。
腕が落ちると同時に、狂獣の騎士は前のめりに倒れてそのまま動かなくなった。
「よし、そこまでだな」
「た、倒したのですか?」
「ああ、狂獣の騎士の甲冑の中を見てみろ」
俺に言われるままに、おっさんは半ば壊れた甲冑をめくってみせる。
「空っぽ?」
「そうだ。狂獣の騎士の正体は、この手に持ってる狂獣の剣のほうだったようだ。剣が甲冑から切り離されたから、倒せたわけだ」
「最初から剣を狙って潰せばよかったのですね」
苦い顔をするおっさん。
まあそうなる。
狂獣の騎士の正体が、剣であることは俺も知らなかった。
ゲームではやたらヘルスが高くて、ボコボコにして倒すと剣を残す敵だったのだが、こういう裏設定があったということなのだろうな。
「だがおかげで、狂獣の剣を手に入れることができた。おっさんが倒したんだ、この剣はおっさんが使うといい」
俺が、狂獣の剣を拾って渡そうとするとおっさんが躊躇した。
「どうした?」
「これ、呪われてはいないのですか」
「ああ、安心しろ。大した呪いじゃないから」
「大したって……わかりました。使える武器ならば、呪われるのも覚悟の上です」
おっさんは意を決して狂獣の剣を握りしめた。
本当に大した呪いじゃないんだけどな。
戦闘になると、獣の雄叫びを上げてしまうぐらいだ。
ステータスに不都合があるような呪いなら、そもそも手に持ったら解呪しないと外れなくなる。
「その防護服の性能は軽くて悪くないが、戦士として戦うなら武器は迷宮のものを使ったほうがよさそうだからな、この狂獣の肩当なんかもつけてみたらどうだ。さっきのショルダーアタックは、なかなか強かっただろ」
甲冑はボロボロになって使えないが、肩当ぐらいは使えそうだ。
おっさんは、言われた通りに装備する。
想定よりも強い敵を倒すためには。
こうやってダンジョンで強くなっていく必要があるのだ。
「銃や爆弾が、決定打にならないことはさっきの戦闘でわかりました」
それだけわかれば上出来だ。
おっさんのステータスを神託板で調べたら、戦士ランクと軽業師ランクが下級師範に上がっていた。
これも死闘を繰り広げた成果であろうが、低ランクだと上がりやすくて羨ましい。
「みんなもいいな。俺はこのおっさんを仲間として……いや、戦力として使うからな!」
俺がそう言うと、ウッサー達も笑顔で頷いた。
あれだけの覚悟を示したのだから、受け入れられるのも当然だろう。
さて、では地下四階の攻略に移ろう。
次回7/2(日)、更新予定です。