171.冥闇の騎士
俺は、竜の影から姿を現した冥闇の騎士一体切り捨てた。
一体どれほどの数が隠れていたのか、冥闇の騎士はたくさん湧いてくるが、俺の叫びに呼応して控えていたウッサーやアリアドネ達も動いてくれる。
地下八階から登場する冥闇の騎士は、その戦闘力こそさほどではないが、極めて高い隠密スキルを持つ厄介な敵だ。
隠れる影を伝って音もなくヌルヌルと移動してくるのが気持ち悪い。
こいつらの領域では気を抜けない。
大頭竜を倒した瞬間を狙って攻撃してきたのは、狡猾な知性を感じさせる。
強敵を倒したと思った瞬間こそが、最大の隙だ。
だから武道では技を決めたあとに、残心というものがある。
やったと思った瞬間こそ最も警戒しなければならない。
戦闘経験が少ないと、この罠に簡単にハマってしまう。
冥闇の騎士どもは、特殊部隊のリーダーがリリィナであることも見抜いていたのだろう。
こうして奇襲が失敗しても、逃げずに立ち向かってくるのも手強い。
竜の影からだけではなく、ダンジョンの向こう側からも無数の冥闇の騎士が姿を現す。
やっぱり、大量に潜んでいやがったのか。
「うぁぁあ! こいつらなんだよ!」
恐慌を起こした兵士達はやたらめったらに銃を乱射するが、滑るように移動する冥闇の騎士はそんな弾があたるほどやわな敵ではない。
このままじゃマズいな。
錯乱した兵士にさっきの爆弾でも使われたら、せっかくの敵を叩くチャンスを逃すことにもなる。
「乱戦で飛び道具はやめなさい。接近戦用の武器を使うわよ!」
俺に吹き飛ばされて呆然としていたリリィナだが、直ぐ起き上がるとさっきの超振動チェーンを振り回して冥闇の騎士をなぎ倒し始めた。
リリィナの命令で、特殊部隊達は士気を回復したらしい。
なかなか良い判断だ。
爆弾を使って敵を逃してしまうほどバカではないらしい。
少し遅かったが、ようやく対ジェノサイド・リアリティーの特殊部隊らしいところを見せてくれたか。
足手まといになられるとこっちも迷惑なのでホッとする。
兵士達はナイフだけでなくトマホークと呼ばれる小型の斧を装備しているようだ。
悪くない選択に思える。
接近戦の経験が少ない兵士が使うには、剣よりも手斧のほうが使い勝手がいいだろう。
悪くないとは思うが、あらかじめ警戒していた俺達とは違い特殊部隊達は不意打ちを受けている。
接近戦では、すぐに戦線が崩壊して敵に押しまくられた。
あまりにも脆い。
銃に慣れている兵士達は、接近戦で冥闇の騎士と相対するには経験不足だったようだ。
「たくっ、何やってんだ!」
こっちはウッサー達に任せて、俺は戦線を立て直すべくリリィナ達のところに向かった。
「ひいっ!」
幼年兵が手に持っていた銃を冥闇の騎士に叩き切られて、腰に差している手斧を取り出すこともできずに腰を抜かした。
あっ、あいつ死んだなと思った瞬間、リチャード中尉が腰を抜かした幼年兵の前に飛び出して斬られた。
「おい、おっさん!」
リチャード中尉は、決して強い兵士ではない。
だが斬らせた代わりに、ちゃんと敵の首筋に手斧を叩き込んでいた。
相打ち覚悟か、根性を見せたなおっさん!
いかにヌルヌルと動く冥闇の騎士といえど、攻撃の瞬間には隙ができる。
そこを狙うあたり、さすがは経験豊かな兵士だ。
超合金でできた手斧はアダマンタイト級の威力を持っていて、冥闇の騎士の首元に突き刺さってきちんと打撃を与えている。
おっさんの思わぬ抵抗に怯んだ冥闇の騎士を、駆け込んだ俺が叩き伏せる。
「おっさん、あんまり無茶すんな」
「私は、なら平気だ。それより部下たちを!」
「おっさん、これでも飲んでおけ!」
「ああ……」
俺はヘルスポーションを投げ渡す。
一撃で死ななきゃ、回復して何度でも立ち上がれるのがジェノサイド・リアリティーのいいところだ。
さすが、カーボンナノベルトとかいう新素材の防護服。
肩口から胸にかけて強烈な斬撃を受けたリチャード中尉だったが、防護服は冥闇の騎士の打撃を緩和したらしい。
ただ、かなり破れてしまっているから、そう何度もは受けられないだろう。
リリィナの軍に防護服の予備がどの程度あるかも知らないが、ジェノサイド・リアリティーの街の鍛冶屋でも直せるといいのだがな。
「なんでよ! 侵攻は一体ずつじゃないの!?」
超振動するチェーンを振り回して敵を切り崩しながら、リリィナが叫んでいる。
ジェノサイド・リアリティーに来た時の俺と、まったく同じ事を言っていて苦笑する。
まるで昔の俺を見ているようだ。
俺も隣で敵を斬り払いながら、教えてやる。
「リリィナ、ゲームの頃の常識は捨てろ。侵攻は一体ずつとは限らない。むしろ集団で上がってくる事が多い。さっきの攻撃を見ただろ。敵には連携攻撃を仕掛けてくる狡猾さもある」
「もしかして、こちらに気が付かれないようにカメラを潰していたのは冥闇の騎士?」
ようやくそこに気がついたのか。
まあ、侵攻が一体だけなんて思い込みをしていたら、可能性に行き当たらなくても仕方がない。
「おそらくそうだ。この付近でそんな技ができる敵といえば冥闇の騎士じゃないかと思っていた」
さらに下階には、もっと厄介な敵もいるが。
侵攻といっても、下層階から上がってくるのには時間がかかる。
最初の侵攻に間に合ったのがちょうど地下八階、九階レベルの大頭竜と冥闇の騎士のコンビだったのだろう。
地下の浅い階層で、こいつらのコンビネーションで先制攻撃を加えることで、油断しているこっちを一気に殲滅しようと考えたというあたりか。
現実なったジェノサイド・リアリティーでは、敵もそれぐらいの高度な思考ルーチンを持ってリアルに動いていると考えるべきなのだ。
あるいは、これだけ組織立った侵攻を見れば、モンスターがプレイヤーレベルの高い知性を持った何者かに『動かされている』可能性も考えるべきか。
下階から立ち上る、見えない悪意に目を凝らすように俺は目の前の闇を見つめる。
まあしかし、敵の攻撃はここまで。
一度戦線を押し上げることができれば、不意打ちの効果はなくなる。
残存の冥闇の騎士を叩きのめしていって、この戦いは俺達の勝利に終わった。
残すと厄介な敵なので、一匹も逃さずに討ち果たす。
これで、敵の最初の侵攻は打ち止めのようだ。
「ともかく、さっきは助かったわ」
リリィナが妙なことを言う。
「お前に礼を言われる覚えはないが?」
「不意打ちを受けそうになった私をかばってくれたじゃないの!」
「別に、敵を倒すのにノンビリつったってるお前が邪魔だっただけだ」
「ふーん、素直じゃないのね」
よくわからんことをほざいてるリリィナを無視して、俺はウッサー達に出立の準備を急がせる。
敵がこれだけ組織立った動きをしている以上、時間をかけていては敵にさらなる準備を許すことになる。
「戦いは先に攻めた方の勝ちだから、この勢いで攻略を進めていくぞ」
俺がみんなに声をかけていると、リリィナがまた妙なことを言ってくる。
「ねえ、真城ワタル。やっぱり私達共闘しない。目的は一緒なのだから、問題ないはずでしょう?」
何を言うのかと思えば。
俺が返答しようとすると、リリィナ大尉の側に居た白人のメガネが叫んだ。
「リリィナ大尉、こんな奴らの手を借りることはない。我々だけでいけますよ!」
「スコット少尉……」
こんな奴らとは、ご挨拶だな。
「我々は、厳しい訓練を勝ち残ってきたアメリカ軍、いや世界最強の精鋭部隊であります! さっきは不意打ちを受けて不覚を取りましたが、我々だけで十分であります!」
メガネのスコット少尉が胸に手を当ててそう絶叫すると、特殊部隊からも、「そのとおりだ!」と叫び声があがった。
まったくバカどもだな。
自分達が世界最強などとも叫んでいるが、聞いて呆れる。
戦場で先手を打たれた理由が不意打ちから受けたからなどと、何の言い訳にもならない。
こいつら、本当に兵士の教育を受けてるのかよ。
そっちから断らなくても、俺は共闘などするつもりはなかったから別にいいのだが。
戦闘中に錯乱されて銃弾や爆弾を撒かれたら、たまったものではない。
使えない味方は、敵より厄介だ。
「リリィナ大尉、プランBの早期発動を要請します!」
スコットがそう叫ぶ。
リリィナもそれに頷く。
「プランB。そうね、こうなれば普通の兵士達では先には進めないでしょう。スコット少尉の提案を受け入れます。攻略予定を一週間から、補給ありの十日に変更するわ」
別に興味もないが、プランBとはつまり精鋭部隊による攻略に切り替えるということのようだ。
まあそれは正しいだろうな。
特殊部隊は、ここですでに三十名近い犠牲を出している。
どれだけ特殊な弾丸か知らないが、銃の攻撃などでダンジョンは進めないと考えるべきだ。
「リリィナ大尉、ダンジョンを知る彼の経験は重要です。ここは、頭を下げてでも協力を要請すべきです」
リリィナにそう食い下がったのは、初老の副指揮官リチャード中尉だった。
「中尉、貴方はまた私の命令に逆らったわね!」
「小官は、それが最善だと判断したからそうしたまでです。現に、彼の助けがなければ我々はもっと多大な犠牲を払っていた。それは大尉も自覚されているのでは?」
「……リチャード中尉、副指揮官の任を解きます。臆病風に吹かれた貴方の指導など、私達には必要ありません。勝手にしたいなら、やりたいようになさい!」
別に俺はリリィナ達を助けた覚えはないが。
おっさんが、俺を動かしたからリリィナ達が助かったのは事実だ。
それなのに命令違反がリリィナの気に触ったのか、ついに解任されてしまった。
おっさんは、身を呈してまで幼年兵を守っていたというのにこんな扱いかよ。
まったく、真面目な奴ほど貧乏くじを引かされるものだ。
「おっさん、気を落とすなよ」
「真城殿、どうか気を悪くしないでいただきたい。彼らは、国から強烈なエリート教育を受けさせられているので……」
俺にだけ聞こえるようにおっさんはそう言う。
この期に及んで、まだコイツらの心配かとも思ったが、おっさんの冴えない顔色を見て大体事情は理解した。
幼年兵達がおっさんの提案にやけに反発するのは、反抗期だからかと思ったがそれだけではないようだ。
エリート教育といえば聞こえはいいが、無謀な作戦をやらせるために自分達は強いと思い込まされているのだろう。
一種の洗脳みたいなものか。
子供ほど、そういった刷り込み教育の効果は高い。
そりゃ、こいつらに何を言っても無駄だな。
だが、一言だけは言っておく。
「リリィナ、一つだけ忠告しておくが、ゲームのときのジェノサイド・リアリティーⅡとはもう一緒にするなよ」
「ご忠告、感謝するわ。私達も、もう油断しない。全力で攻略するから」
本気を出すってことか。
だが、それだけでは認識不足だ。
「もしその、プランBとやらでも対処出来ない事態が起きたらどうする?」
「私達は、ジェノサイド・リアリティーⅡのあらゆるモンスターに対処できる能力を有した部隊よ。対処出来ないなんてことはありえないわ」
これは処置なしだなと、俺は肩をすくめた。
まあ、勝手にやればいいさ。
俺の邪魔にならなければ、それでいい。
今のこいつらに、想定の範囲を超える危険を説いても無駄だろう。
起こり得ると思ってないことなのだから、想像できるわけがない。
残念なことだが、痛い目を見るまで人は学べないのだ。
「おっさん、勝手にしろと言われたのだろう。俺達についてきたらどうだ」
「申し訳ないが、そうさせてもらう……」
リチャード中尉がこちらにいれば、向こう側にも注意喚起ぐらいはできるだろう。
それで向こうがどうするかまでは責任が持てないが。
それこそ勝手にやれって話だ。
次回6/18(日)、更新予定です。