169.見えない敵
「なんでモニターが潰れていくのよ。ジェノサイド・リアリティーⅡの情報は完全に把握しているし、その性質に合わせてモンスターに潰されないステルス機を開発したはずでしょうが」
「大尉、私に言われましても」
本部テントで、年長の技術将校に怒鳴り散らすリリィナ。
上手くいかないと、途端に駄々をこねる。やはりまだ子供か。
「技術士官の責任でしょうが、あなた達はなんのためにいるのよ!」
ベテラン士官達は困惑している。
言われても困るだろうな。これはおそらく機材の調子が悪くなったわけじゃない。
「どうやら、敵に対策を取られたようだな」
「……対策ってどういうことよ?」
「ゲームの時のジェノサイド・リアリティーではないということだ。これだけの準備と対策をお前達がしてきたように、向こうだってやられっぱなしじゃなく対策を取ってくるのは当然だろう」
これは、まずこちらの眼を潰したというところだろう。
リリィナが情報を掴んでいたといっても、それは所詮ゲームのときのものだ。想定外の事態は当然起こりうる。
「向こうって誰よ!」
「そんなこと俺が知るか。ともかく、カメラの不調などと思うなよ。リリィナ。お前がリーダーなら、最悪の事態を考えて想定しろ。まず眼を潰されたなら、次は本格的な侵攻があるぞ」
何で十五歳の少女が指揮官なんだろうな。
これなら、七海修一が指示していたほうがよっぽどマシだ。
「こんなのシミュレーションにはなかったわよ!」
戦場を前にして、今さら言うことか。
「目の前の戦闘は、ゲームじゃなくて現実だ。現実の戦闘ならば、敵はこちらの都合通りには動かない。さっさと兵を引かせろ。このままだと犠牲が出るぞ」
モニタリングの画面では、この瞬間にも次々とカメラが潰されている。
その姿すら見せない敵は恐ろしく狡猾だ。
確かにジェノサイド・リアリティーの事前情報は役に立つ。
だが、たかがゲームと侮り俺がかつてやってしまったミスをリリィナは繰り返そうとしている。
このままでは、手痛い犠牲を伴う事となるだろう。
突然叫び声がモニターから上がった。
「こちら第三分隊、急に前衛との連絡が……何だ、あの化物、ぎゃぁああ!」
その瞬間、モニターがまた一つ消えた。
「大尉! 先発していた第三分隊の応答が地下三階中央部でロスト!」
「再度、応答を呼びかけなさい!」
「応答ありません……最後の映像、モニターに回します」
画面に映っていたのは、仄暗いダンジョンを埋め尽くすほど巨大な、竜の頭のような化物の影だった。
大きく口を開いたそこに、兵士は飲み込まれて喰い尽くされたのだろう。
おおよそ、地下三階に出てくるようなモンスターではない。
「近隣の第一から第五分隊を現場に向かわせなさい!」
それでは戦力の逐次投入になる。
最悪の判断だぞ。
「おい、リリィナ。さっさと引かせろと言ってるだろ。無駄に犠牲を増やす事はない」
「部外者は黙ってなさい! 第三分隊のカバーに向かわせるのよ。撤退なんてあり得ないわ。アメリカ軍は絶対に味方を見捨てないんだから」
「だ、第一小隊、第四分隊の反応もロストしていきます。大尉――」
地下三階をモニタリングしていた技術将校が判断を仰いで振り向く。
なんだこれは……。
さっきの竜にやれたんだとしても、殺られるのが速すぎる。
「三個分隊が一瞬で全滅とかありえるわけないでしょう。何よ、下で何が起こってるの。なんで誰も応答しないのよ」
「大尉! これは明らかに異常な事態です。これ以上は危険すぎます!」
一瞬、黙り込んだリリィナを押しのけて、短髪のベテラン士官が声を上げる。
「残存の第二、第五分隊をすぐ地下二階まで後退させろ。先発している全隊まとめて、地下二階出口まで後退だ! 地下三階への階段前に防衛ラインを構築、急げ!」
「リチャード中尉、指揮官は私よ。何を勝手な真似を!」
低い声で指揮を飛ばした士官。
リチャード中尉と呼ばれた、いかにも叩き上げといった風情の褐色の短髪に白いものが混じった五十絡みの軍人は、振り向いてリリィナの問に答える。
「大尉……お言葉ですが、小官はイラク戦争の従軍経験があります」
「それが何か?」
「イラクでは、現地の情報を軽視して先任の指示を聞かない隊が被害を出しました。そこの彼はダンジョン戦闘の熟練者なのでしょう。だったら、その情報を重要視すべきです」
「大隊長は私よ!」
「では、それをお諌めするのが副隊長たる小官の責務です。抗命罪で軍法会議にかけるとおっしゃるならご自由にどうぞ。これ以上大尉が私の教え子達に無駄な犠牲を出させるおつもりなら、小官はそっちのほうがマシです」
「……臆したわね中尉。これぐらいの事態が何よ! 私は本隊を連れて、地下三階に救援に向かいます。貴方はせいぜい司令部で震えてなさい」
リリィナは、精鋭の本隊を連れて司令部を去ってしまった。
年配の士官は、俺に向かって深々と頭を下げる。
「なんのつもりだ?」
「貴方に頼める義理はないとわかっておりますが……どうか、小官とともに部下達を救うために動いてはくださらないでしょうか」
「いいのか、おっさんは本部に残ってろと言われたんだろ。命令違反じゃないのか?」
「最新兵器を運用する特殊部隊と言えば聞こえはいいが、後続の応援もない今回の作戦はあまりに無理がありました。小官は何度も本国に反対したのです。何もわからぬ異世界に、まるで兵を使い捨てるような酷い作戦です」
年配の士官は、憤懣やるかたないといった調子で言った。
無謀なガキばかりかと思えば、物の分かった大人も多少はいるようだ。
「ふむ……」
「しかも、リリィナ大尉を含めて軍属とは名ばかりの、みんなまだ戦争を知らない幼年兵なのです。しかし、ダンジョンでの戦闘を生き残ってきた貴方は違います、そうですよね?」
「まあな」
「だから、こうしてお助けくださいと伏してお願いするのです。日本では、こういう時は土下座をするのでしたか?」
その場で跪こうとする年配の中尉を俺は止めた。
「いや、いい。どうせ俺もそろそろ動くつもりだった。ついでに、お前らが勝手に助かるかもしれんが知ったことではない」
「真城殿……」
「ふん、別にお前らを助けるためではないから勘違いするなよ。俺達が地下三階を討伐しに行くのに、お前らが勝手に付いてくるのは構わん。ウッサー!」
「はい。ようやくデスね。もちろんみんな用意はできてるデス」
こうやっている間に、ウッサー達はみんな準備を済ませてくれていたらしい。
ウッサーの兎人族の小隊と、アリアドネの天人族の小隊、そして俺達のパーティーか。十分な戦力だな。
「あんたも好きにするといい、えっと……」
「リチャード・アンダーソン中尉と申します。ご助力、感謝いたします!」
別に助けるわけではないというのに、目に涙を浮かべて俺に礼を言った年配の中尉を伴って。
俺達はリリィナを追うようにしてジェノサイド・リアリティーのダンジョンへと下っていった。
次回6/4(日)、更新予定です。