167.謎の一団
黒ずくめの一団が、行列を作ってダンジョンから現れた。
目の前の指揮官らしき年配の男が号令をかけて、次々に整列している。
揃いの黒いヘルメットに黒いジャケット、黒いオーバーコートを羽織っている兵士達。
その所作は、まるで軍隊のようだ。
いや、ライフルらしき武器を携帯しているところを見ると、これは本物の軍隊だと思って対処すべきだ。
黒い軍列は、瞬く間にダンジョンの入口を固めて占拠し始めている。
「ねえ、何よあれ! モンスターなの?」
ダンジョンであんなものに遭遇して驚いた京華が、俺の後ろに回ってワーワー騒いでいる。
おい、のんきに騒いでる場合じゃないぞ。
「俺が知るかよ。あんなモンスターは知らないが、想定外の事態はジェノサイド・リアリティーには付きものだ。ともかくお前らは下がれ。久美子、ウッサー、アリアドネこっちに来い。あいつらがモンスターなら戦闘になるぞ!」
街で禁止されているのは、『プレイヤー同士のネガティブ行為』だ。
モンスターの攻撃は禁止されていない。
前回の戦いでは、一度それで街を襲撃されて多大な犠牲を出している。
しかし、この大多数でライフルまで所持してる軍隊と撃ち合いになったらこちらに甚大な被害が出る。
「真城ォ、俺もいくぞ!」
「バカ、一人で先行するな!」
京華の前でカッコつけたかったのか、仁村流砂が前に出てしまう。
あいつも相当鍛えてやったから、今さらライフルの連射ぐらいでは死なないだろうが、敵の攻撃がそれだけとは限らない。
未知の敵に突っ込むなどバカがやることだ。
まあ、俺も戦闘バカだから仁村がやらなきゃ俺がやってたかもだが、他の奴に先にバカをやられると頭が冷える。
「もらったァ!」
前に出た仁村は光り輝く聖銀のエストックを振りかぶって、浅黒い肌の大男に鋭い突き攻撃をかけようとして。
――止まった。
「おいおい、なんだよテメーら、大層なご挨拶だな!」
「何だァ?」
浅黒い肌の大男と、エストックを突き刺そうとした仁村はお互いに睨み合ったままで止まっている。
ネガティブ行為禁止ルールが働いている。
「……とすると、相手は人間か?」
街で攻撃できないとなれば相手は人間。
そうすると、街でぶつかったのはラッキーだったといえるだろう。
「ドミニク一等曹長、下がりなさい! 戦闘は許可できません。そこのあなた達、まず代表者をだしてください。こちらには話し合う用意があります!」
「わかった。仁村も下がれ。どうせここで人間同士が殺り合おうとしても無駄だ」
前に出たのは、黒い制帽を被った将校服だった。
やけに小柄……子供? いや少女か。
若いというか、まだ顔立ちに幼さが残る。
俺よりは確実に年下だろう。
淡い金髪で蒼い瞳の少女将校は、見た目はただの可愛らしい顔立ちをした子供だった。
身長はやたら低いガキだ。
ただ蒼くクリクリとした瞳がとても大きく、よく見るとなんだか眼力が物凄い。
軍服を着せたフランス人形みたいだ。
だがジェノサイド・リアリティーでは、相手を見た目だけで判断するのは危険なので警戒しておく。
「貴方が代表者ね」
「まず聞くが、お前達は本当に人間なのか?」
「もちろん人間のつもりよ。だけど……そうか、人型のモンスターもいるから、まず出合い頭に人間なのかって聞くのがダンジョンの作法なのね」
少女将校は、頬にほっそりとした指を当ててそう独りごちている。
何をゴチャゴチャ言ってやがる。
「作法もクソもないが、見た目だけで相手を断定できない場所だ。こちら側が先走ったことは謝罪するが、お前らは何者だ。一体どっから来た?」
「そういう貴方は、もしかして真城ワタル?」
見知らぬ少女にいきなり名前を呼ばれてゾワッと総毛立った。
「……なぜ、お前は俺の名前を知ってる」
「やっぱりそうなのね。ここで会えると思っていたわ」
「答えろ。お前は一体……」
「貴方のことを知らないわけがないじゃない。ジェノサイド・リアリティーの覇者であり、異世界に自分の大国まで打ち立ててしまった先発攻略者のリーダーさん」
そこまで知ってるのか。
向こうが俺の事を知っていて、こっちが何もわからないという状況は不愉快だ。
「もう一度聞く、お前らは何者だ?」
「私達はアメリカ陸軍所属、対ジェノサイド・リアリティー特殊攻略部隊よ」
「アメリカ軍の特殊部隊だあ?」
いきなりゲームから遠く離れた名称が出てきてびっくりした。
よく見れば、黒ずくめの軍隊は俺達のようなアジア人だけでなく肌の黒いのやら白いのやらがたくさん混じっている。
なるほど、多種多様な民族がいるアメリカ合衆国から来たというのはわからなくもない。
「私と同じぐらいの年若い隊員達百八十人と、ベテランの軍事教官が六人。こう言えばわかるかしら」
「……そうか、わざと集団転移してきたんだな!」
この人数構成は、地球に逃げた人族の祭祀王の率いた人数と一緒だ。
俺達優凛高校の生徒のような偶発な転移現象ではなく、このジェノサイド・リアリティーⅡが発生すると同時にわざと狙って飛んできたのか。
「さすが、経験者は話が早いわね。まず、自己紹介させていただくわ。私は、部隊長のリリィナ・ロードナイト大尉よ」
大尉?
結構な上級士官だろ。
士官学校も絶対出てなさそうなガキが、ドヤ顔でアメリカ軍の大尉を名乗るって漫画かよ。
いや、問題はそこじゃない。
「ロードナイトって、ジェノサイド・リアリティーを作った高貴なる夜と何か関係があるのか?」
「ふふん、よく気がついたわね。ジェノサイド・リアリティーの創設者にして、正統なる人族の祭祀王。高貴なる夜は、私の父よ」
高貴なる夜の娘だと?
確かジェノサイド・リアリティーのMMO版を作った後、引退して城みたいな家に住んでいるとゲーム記事の載っているのを読んだが。
こんな大きな娘がいるとは、知らなかった。
「信じられないな……」
「だったら、携帯用の神託板で私のステータスを確認すればいいわ」
そんなことまで知っているのか。
俺は、言われるままに確認した。
『リリィナ・ロードナイト 年齢:十五歳 職業:祭祀王の娘 戦士ランク:上級師範 軽業師ランク:上級師範 僧侶ランク:最上級師範 魔術師ランク:最上級師範』
「これは……」
祭祀王の娘という職業になるのか。
しかも、かなりの高ステータスだ。
「あなた、いま私が高ステータスだって思ったでしょう!」
リリィナは、自慢げな顔をする。
何か判断しようにもこいつらの情報が少なすぎる。
ガキに偉そうにされるのは気に食わないが。
ここは調子に乗せて、しゃべらせてやったほうがいいな。
「……違いない。どうしてこんなに強いんだ?」
「地球は極端にマナが少ない環境だけど、それでもランクを上げることはできるのよ。生まれついて高貴な血筋と高い素質を持った私がちょっと修行すればこんなものよ」
ちょっとではないのだろうな。
こいつは明らかにテスト前に徹夜で勉強してるのに、「勉強全然やってないわー」って言うタイプだ。
「もしかして、他の連中もそうか?」
俺は、周りの部隊の連中も調べて回ったが、そこそこのランクの連中ばかりだった。
特にリリィナの周りの連中は、マスターランクまで上がってきている。
これはバカにならない戦力だろう。
「私達の部隊は、この世界の人族のエリートの血筋を引いている者が多いからよ。『ジェノサイド・リアリティーⅡ 再帰の冒険者』とはすなわち、私達のことに他ならないわ」
「そうかよ」
向こうも携帯用の神託板を持っているらしく、こちらのステータスを抜かりなく測っていた。
まあ情報を隠し立てするつもりはない。
「ふーん、貴方はもう限界突破してるのね。さすが前回のゲームの覇者、と褒めておくわ。まあ、祭祀王の娘である私なら、すぐに貴方を追い抜くけれども!」
「すごい自信だな」
相当な負けず嫌いなのだろう。
だんだんリリィナの性格がわかってきた。
こまっしゃくれたガキは好きになれないが、向上心があるのは良いことだ。
それが強い奴ならば歓迎だ。競い合うつもりなら相手をしてやってもいい。
リリィナの後ろから声が上がった。
「なあ、姫様よ。いつまで悠長な話をやるつもりだよ」
「スコット少尉。次にその名で私を読んだら軍法会議にかけるわよ!」
「へいへい」
「ハイの前と後にサーをつけなさい無礼者!」
「へいへい、イエスマム!」
「へいへいは余計よ!」
注意されたスコットという白人のメガネが肩をすくめると、ハハハと笑い声が上がった。
なんとなく、洋画を見てるような陽気なやり取りである。
これ、おそらく英語で喋ってるんだろうな。
創聖神と連絡が付かない状況でも、自動翻訳の魔法やダンジョンのルールに変化はないようだ。
「しかし、リリィナ大尉。スコットの奴が愚痴りたくなる気持ちもわかりますぜ。いつまでそのジャポーズとくっちゃべってるんですかい。オレ達は、突撃の命令を今か今かと待ってるんですぜ?」
身長二メートルはありそうな、浅黒い顔の男が愚痴をこぼす。
さっき仁村とやり合った奴だ。名前は忘れたが、どっかのバスケット選手に似てるな。
「ドミニク一等曹長。彼は仮にもアメリカの同盟国の出身で、現地政府の代表者なのよ。事前に話を詰めておく必要があるの!」
どうやら、この反応を見ると俺達と敵対するつもりはないらしい。
「リリィナ、早く話を進めてくれというのは俺も一緒だ」
俺がそう言うと、そうですかと口にして続けた。
「では、単刀直入に交渉します。私達の狙いは、このダンジョンの最下層にあるはずの次元転移装置『ゾロアリング』よ」
次元転移装置『ゾロアリング』は、再び世界を滅びに導こうとした狂騒神が創り出した装置だ。
動き出した装置は、時間が経つごとに次元の穴を広げていき、異界から凶悪なモンスターを呼び寄せる。
この『ジェノサイド・リアリティーⅡ 再帰の冒険者』は、悪に支配された異界と通じてしまったジェノサイド・リアリティーを再び封印するため、前作の勇士が訪れるというストーリーになっている。
今回のラスボスも、創聖神の狂った人格の一つである狂騒神というわけだが……。
おそらく俺は、そんな簡単な話では終わらないと見ている。
打ち切りになって制作中止になった三部作の三作目では、狂騒神を操っていた黒幕が存在したというシナリオであったと言われているのだ。
本当の敵は、他にいると疑って当然である。
「俺は『ゾロアリング』に興味はない。この世界の滅びが止められばいいだけだ」
「そう、では私達の利害は一致しているということになるわね」
「そこまではまだわからん。お前達が『ゾロアリング』を使って何をやろうとしているのかにもよる」
もし、アメリカ政府がろくでもないことを考えているのであれば、そちらも阻止しなければならないだろう。
「アメリカが欲しいもの、それは新しいフロンティアよ!」
「はぁ?」
「次元転移装置を研究すれば、新しい惑星にだって植民できるようになるわ。アメリカには、新しいフロンティアが必要なの! それに比べたら他のことは瑣末なことね」
「そりゃ、夢いっぱいだな」
ジェノサイド・リアリティーの利権をめぐる話になるかと思ったのだが。
違う惑星への入植なんて突拍子もないことを考えているとは思いもよらなかった。
このゲームの設定である『ゾロアリング』は、未来技術的な転移装置である。
いわゆるワープと呼ばれる技術なので、そういう使い方もできるかもしれない。
「もちろん貴方達がこの異世界と地球を行き来するのは邪魔しないわよ。日本はアメリカの大事な同盟国ですもの、この世界につくったあなたの国ともそうなれるといいと思っているわ」
やたら同盟国を強調する。
なるほど、リリィナは俺達の情報を日本政府を通して手に入れたのか。
俺の兄貴は親父を追い落として政府を味方に引き入れたが。
それは同時に、政府から同盟国であるアメリカに情報が伝わったということでもある。
「まあ、そういうことならこっちとしては邪魔はしない」
「邪魔はしないって、協力して攻略はしないってこと? もしよかったら、私達の攻略に参加してもらってもいいんだけど?」
「そっちはそっち、こっちはこっちだな。知らんやつと一緒に戦う気はない」
裏にいるアメリカ政府の真意まではわからんから信用できたものではないが、リリィナは無邪気な娘だとわかった。
とりあえず、今の段階では敵対する必要はないだろう。
「まあいいわ。では、私達の力を見ていってよ。私達の攻略法を見たら、きっと協力したいって言うようになるから」
「ふーん、まあお前らがどう戦うつもりなのかは気にならないこともないな」
「宣言しておくわ。私達は一週間以内にジェノサイド・リアリティーⅡをクリアする。そして、最下層にある次元転移装置『ゾロアリング』を手に入れて見せる!」
対ジェノサイド・リアリティー特殊攻略部隊部隊長リリィナ・ロードナイトは、自信満々に宣言した。
作戦開始の伝達が黒尽くめの部隊を駆け巡り、陽気な兵士達が「ゴー! ゴー! ゴー!」と掛け声を上げてダンジョンへと飛び込んで行くのが見えた。
「まっ、お手並み拝見といくか」
どうせ敵の強さを測らなきゃならないのだからちょうどいい。
せいぜい試金石になってくれればいいさ。
「何か言った?」
「いや」
彼らは現代の地球が用意した最強の攻略部隊ではあるのだろう。
だが、現実となったジェノサイド・リアリティーの凶悪さを身をもって経験している俺から見ればそれはあまりにも危なっかしいものだった。
このリリィナの余裕。
おそらくゲームだった時のジェノサイド・リアリティーⅡの情報を過信しているのだろう。
その姿は、かつての自分を見るようで面映くもある。
次回5/21(日)、更新予定です。