165.次なる転移
カーンの都に作った闘技場で、俺は黄泉産のレアアイテムでマックスまでランクアップされたヴイーヴルと争っている。
凄まじい超スピードの炎の爪が、襲い掛かってくる。
「むっ、ご主人。もう我が爪を見極めるようになったのか?」
すでに俺の眼は、大気そのものを切り裂く鋭い爪の動きを捉えられている。
だが、この超絶スピードだと大振りな野太刀である孤絶は不利だ。
いなすのが難しいから、小太刀でも使ったほうがいいのだろうとはわかっていた。
それでも俺が使う武器は孤絶一本だけだと決めている。
こだわりもあるが、実際の戦いにおいていちいち武器を切り替える余裕などはない。
俺の得物は、孤絶だ。
それで勝てなきゃ意味が無い。
攻撃の隙間を縫って、渾身のスピードで刀身をヴイーヴルの首に当てた。
――と同時に、俺の肩口の手前でヴイーヴルの爪が止まる。
「どうした、今のは当てられただろ?」
本気でやれといったのに、寸止めか。
「ご主人の勝ちだ。今のは首を落とされただろ。我の攻撃は、致命傷にはならない」
いや、そんなことはない。
ヴイーヴルには『絶守の首飾り』があるから俺の致命傷は外せる。
そうすると、これは引き分けだ。
まだ俺の動きは遅い。
ヴイーヴルの攻撃をかいくぐって、二度は致命傷を与えられるようにならなければ勝てない。
前のヴイーヴルとの戦いは結局仲間に助けられての勝利だったから、今度こそ俺の孤絶だけでヴイーヴルに勝利できるようになっておかなければ。
まあ、簡単に勝てても面白くない。
ほぼ同じぐらいの強さの相手と戦えるのは、得難い経験なのだ。
ヴイーヴルぐらい俺の訓練相手ができる奴がもっと増えてくれるといいんだがと、横を見れば。
そっちでは、木崎とウッサーも訓練している。
ウッサーは俺の子を妊娠しているはずなのだが、「訓練の相手ぐらいはできマスよ」とか言ってた。
大丈夫かと思ったのだが、むしろ大丈夫じゃないのは木崎のほうだった。
足元がふらふらで、息も絶え絶えになってる。
そんなになるまでウッサーと訓練できる(というか、遊んでもらってるって感じだが)ぐらいまで、木崎が強くなったってことでもあるのだが。
「ハァハァ……」
「ほら、どうしましたデス。ワタシに一太刀でも当てられたら、木崎も旦那様の後宮に入れてあげますデスよ」
またアホな冗談を言ってる。
久美子が変なことを吹聴してるもんで、みんな影響されてるな。
どうせなら瀬木にも強く薦めてくれないかなと思うのだが、なぜか久美子は瀬木にはあんまり言わないのだ。
なぜだろう。
そんなことを考えてたら、ついに木崎が攻撃した隙をついてウッサーに足をかけられて転ばされてしまった。
これで終わりか。
「キャッ」
「隙だらけで、思わず蹴ってしまったデス。木崎はパワータイプなので大振りはかまいませんデスが、その時に敵に対してどういう体捌きをするかは意識してなきゃダメデスよ」
「はい!」
転ばされた木崎は、起き上がってまた斧を構え直す。
「木崎、ふらふらしてるじゃねえか。とりあえずポーション飲んどけ」
俺は、予備のスタミナポーションを渡してやる。
「……ケホケホ」
「慌てずにゆっくり飲め。あと、さっきウッサーも隙があるって言ってたが、回復するタイミングは最大の隙になるからそこも意識して動きにセットしろ」
「ありがとう。真城……」
思わず声をかけてしまう。
それだけの気迫が木崎晶にはあった。
みんな戦が終わって気が抜けてるときに、こいつだけはさらに自分の技を磨き上げようとしている。
こいつはきっと、もっと強くなることだろう。
俺も頑張らなきゃな。
「おいヴイーヴル。もうちょっと訓練付き合えよ」
「ふう、マックスで動くのはこっちだって疲れるのだが、ご主人の命ならばもうちょっとやるか!」
ヴイーヴルがそう言いながら、突き立ててくる爪を孤絶でガードする。
そのまま力押しのつばぜり合いになる。
「よっし、いい斬り込みだ!」
俺はヴイーヴルを力ずくで突き飛ばして、再び戦いへと身を躍らせた。
※※※
「待ったご主人、もう疲れた!」
「……お前でも疲れるんだな」
俺がヘトヘトになるまで相手をしてもらったら、さすがにヴイーヴルの動きも悪くなってきた。
「当たり前だ、ご主人は我をなんだと思ってるんだ」
「いや、最初に立ち会った時は、正直勝てねえと思ったよ」
和葉に助けられてようやくって感じだったから。
「今はご主人より、弱いメスじゃぞ。竜人をヒーヒー言わせるとは、ただの人族とは思えぬタフネスじゃな。実は戦闘種族だったりしないのか?」
「そんなわけないだろ。俺もまだまだだ」
まだ三本のうち一本は取られてるからな。
ヴイーヴルに完全に勝てるようになるまでみっちりやっておきたい。
しかしヴイーヴルのこうも動きが悪くなったら、もう訓練にならないので今日はそろそろ上がっておくか。
「真城くん、おつかれ。はいタオル」
俺達の訓練を見ていた瀬木が、かいがいしくタオルを渡してくれる。
「ありがとう」
「なんでお礼を言いながらタオルの匂いを嗅ぐの、ちゃんと洗ってるよ」
いや、そういうことじゃなくて。
瀬木が洗ってくれたタオルだからいい匂いがするなと思って、なんか嬉しいな。
「もー、そんなことやってないで拭きなよ」
「瀬木が拭いてくれないかな」
「こんなに汗かいて、早く拭かないと風邪引いちゃうよ……」
えっ、マジで拭いてくれるんだ。
頭にタオルを被せるようにして、ワシャワシャ拭いてくれる。
嬉しいけど、顔が近くてめちゃくちゃ緊張してしまった。
冗談で言ったのに、まさかほんとに乗ってきてくれるとは……。
「あーなんだ、瀬木は訓練やらないのか?」
ちょっとドキドキしてしまい、密かに呼吸を整えた俺は誤魔化すように言う。
「僕はいいよ。元から荒事は苦手だから」
「そうか、それもいいかもな」
元から瀬木に戦闘力は求めていない。
本人が戦いたくないというなら、それでいい。
近頃また凶悪なモンスターの群れが発生するという話しもあって、今も久美子とアリアドネが先発隊を引き連れて各地を回っているが、後方支援担当の瀬木達までもが戦う事態にはもうならないだろう。
「そりゃ僕だってジェノサイド・リアリティーに閉じ込められてたときは仕方なく――」
瞬間、瀬木の顔がぶれた。
エレベーターで下りていくときのような、ふわりとした浮遊感を感じる。
「転移魔法?」
「……真城くん!」
驚いた瀬木が思わず俺に抱きついてきた。
その瞬間に、周りの光景はジェノサイド・リアリティーの街の広場に変わる。
「何で急に、転移魔法が発動したんだ」
緊急事態だ。
俺は辺りを警戒する。
抱きついてきた瀬木の身体の女性らしい柔らかさを楽しんでいる暇などない。
「真城くん、ちょっと痛い……」
「ああ、すまん」
ちょっと強く抱きしめすぎた。
俺達と一緒に、近くに居た木崎やウッサーも飛ばされてきている。
「真城、これは一体どういうことだ」
「ここは、街デスか。いつ転移魔法なんて使ったんデス?」
「いや、ウッサー。これは『アリアドネの毛糸』の転移じゃないぞ」
そう言えばさっきのメンバーで、ヴイーヴルだけがいない。
ウッサーはいるということは、街に選ばれて飛ばされたのは旧ジェノサイド・リアリティーの討伐に参加した人間だけか。
なんだか嫌な予感がする。
「とりあえず外に出てみるか」
どうも、いつもの街の光景にも少し変化があった。
中世風の街並みに混じって、コンクリート製のビルが混じっている。
この感じ……。
ともかく外から俯瞰したくて急ぎ街から階段を登って外に出ようとするが――
壁にぶつかった。
閉じ込められている!
街の天井に見えない障壁が発生していた。
「なんで結界が……新しいゲームが始まったってことか?」
ゲームを再開できるのは、この世界の創造主である創聖神だけだろう。
しかし、なぜ今さら奴がこんなことをした?
創聖神は、この世界に希望が生まれたことで満足していたのではなかったのか。
次回5/7(日)、更新予定です。
重大発表ということで、ジェノサイド・リアリティーの書籍化が決まりました!
発売は6/15日の予定です。詳細は活動報告に書きましたのでよろしければ、ぜひお読みください。
ジェノリアもついに第三部突入に突入します。
今後もおつきあいいただければ幸いです。